こんなに怖いのは懲り懲りだ!

それは一仕事終え、シャワーを浴びて戻ったところだった。

霊丞が、借りてきたDVDを観たいと言い出した。
仕方なく付き合ってやろうと再生したものは、それはそれは恐ろしいホラー映画。テレビ放送で死を予告された主人公が、死を回避しようと奮闘する話、だったかな。何が怖かったかと言うと、映画の演出。正直あまりにも怖すぎて思い出したくないので、言えないが…。
特段怖いものが苦手でもない僕ですら、今こうして恐怖で寝られない。暗闇に行けない、どこかから人の声がする、背後に気配を感じる。くそっ、この後仕事があると言うのに…!てか、夢にも出てきそうなのだが!霊丞、あいつ後で覚えとけよ……!!
恐怖で眠れず、仮眠室で一体何回体を転がしただろうか。突然、雷鳴の如きノック音が響いた。体が自分でも驚くほどに大きく跳ねる。
「もしかして、そこに燐太郎クンいるかしら?」

「そうか、やっぱりゆゆ姉ぇも………。」
俺の上司、勇野紫。花のように美しい女性で、GEAのマドンナのような人だった。
どうやら彼女も怖くて寝れず、僕を探して来たそうだ。自販機の暖かいレモネードまでくれて、なんて優しい人なんだろうか。
「私も怖いものはへっちゃらだと思ってたんだけど、あの映画はちょっと怖かったわ。りょーちゃんは、ゲラゲラ笑ってたけど…。」
いや、あいつは多分ギフテッド使って逃げたかと。それかそのギフテッドの特性上、霊と関わってるから慣れたかのどちらか。
開けたレモネードの温度が、手を通して伝わる。心まで暖かい気持ちになっていると、盛大に腹の虫が叫んだ。
「ゲ………すまない。」
「良いのよ、映画観てる時に食べ物なかったものね。買い物行かない?私ついていくわ。」
ゆゆ姉ぇに持ちかけられたナイスな提案を承諾して、仮眠室を後にした。


映画を観たのが、22時すぎだったはず。通り過ぎた公園の時計は、4時過ぎを指していた。
コンビニで適当に食べ物を買った僕たちは、帰路を進んでいた。ゆゆ姉ぇは何度目かのダイエット宣言をしているから、とグレープフルーツのカップだけ買って帰り道でつまんでいた。
5月となると日が昇るのが早く、歩いているうちにどんどん空が明るくなっていく。その様を見ながら、歩を進めていた。
通過した洋菓子屋から、甘い匂い。恐らく、パイか何かを焼いているそそる匂いがした。こんな時間から準備しているなんて、早いんだな。そんなことを思っていたら、ゆゆ姉ぇの足はいつの間にか帰路から外れていた。
「ちょっ、ゆゆ姉ぇ〜?どこ行ってるんだ!」
「えぇ〜でもぉ〜…食べたくなっちゃった。ダメ?」
「駄目だ!さっきダイエットするって言ったのはどこの誰なんだ……。」
ゆゆ姉ぇの首根っこをつまんで引き戻し、彼女のグレープフルーツがなくなる頃、やっと着いた。


歩いているうちにぬるくなった肉まんを温め直そうと、給湯室のレンジを開けた時。ここへ向かう途中に、パソコンの光が煌々と輝く誰もいない部屋とゆゆ姉ぇが言った。
「えぇ…行く?僕は嫌なんだけど…」
「でも、一人は怖いんだもん……ねぇ、さっきのレモネードのお礼だと思って、お願い?」
そうやって手を握って、上目遣いで見つめる。あぁ、そんな潤んだ目でお願いされたらすごく断りづらいだろ…!
20分ほどの攻防の末、結局こちらが折れてついていくハメになった。どうやら僕は、ゆゆ姉ぇに甘いところがあるようだ。
手を引かれて着いたところは、情報管理部隊のデスクだった。
残業してる隊員の寝落ち…?だとしたらパソコンのスリープ機能は…まぁ、起こしてあげるか仮眠室に運ぶかした方が良いか。そんなことを考えながら部屋に入る。
しかし、そこには誰もいない。人がいる痕跡すらもなかった。
「ゆゆ姉ぇ僕嫌なんだけど…戻ろう。」
「ダメよ!あの映画観てから一人が怖いもん!」
「僕だって怖いんだが?!」
パソコン画面の前で口喧嘩をしていると、突然画面に夕焼けの映像が映った。
そして、軽快な音楽とともに流れる人名。どうやら日本だけじゃなく、世界各国の人も表示されているようだ。なんだ、これは…。
「あれ…さっき映った名前、お昼に医療部隊の人が死亡確認って言ってた人のような…。」
「やめろよ!それじゃあさっきの映画みたいじゃないか!!」
怯えて抱きしめ合う二人は、騒ぎながらも何故か画面から離れることができなかった。
そして最後に表示された名前は__________


その時、早朝のGEA中に若い男と女の絶叫が響いた。


「ん〜?ねーちゃんたち〜?」

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