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国際刑事裁判所(ICC)、子どもに関わる犯罪の捜査・起訴についての新たなポリシーを発表

 国際刑事裁判所(ICC)検察局は、2023年12月、子どもに関する新たなポリシーPDF)を発表しました。2016年に策定されたポリシーを改訂するものです。ICC主任検察官であるカリム・A・A・カーン氏の声明(12月8日付)がICCのサイトに掲載されています。

★ Office of the Prosecutor of the International Criminal Court publishes new Policy on Children: Statement by ICC Prosecutor Karim A.A. Khan KC
https://www.icc-cpi.int/news/office-prosecutor-international-criminal-court-publishes-new-policy-children-statement-icc

 要旨(Executive Summary)によれば、この改訂ポリシーの目的は次の6つです(pp.1-2;太字は平野による)。

a.国際刑事司法プロセスにおいて子どもが十分に代理されず、かつ子どもの関与が欠如していたこれまでの状況を是正する一助とする。
b.ローマ規程上のすべての犯罪が、子どもに対して行なわれ、または他の無数の形で子どもに影響を与える可能性があることを強調する。
c.子どもに関連するすべての対応において、検察局が、子どもの最善の利益を指針とする子どもの権利アプローチ、子どもに配慮したアプローチおよび子どもへの対応の適格性アプローチをとることを確保する。
d.交差性(インターセクショナリティ)、子どもの発達段階の違いならびに子どもの発達しつつある能力(capacities and abilities)に関連する問題を積極的に反映させ、実務を適合させていく。
e.子どもに対する犯罪および子どもに影響を与える犯罪の効果的な捜査と訴追を促進する制度的環境を――採用、研修、外部連携ならびに意味のある実施・モニタリング・評価のための措置などを通じて――確立することに対する検察官のコミットメントを強調する。
f.責任(アカウンタビリティ)を確保するための国内的・国際的努力から得られた教訓およびベストプラクティスの交流を促進する。

 カーン主任検察官は声明で次のように述べています。

子どもの権利アプローチ、子どもに配慮したアプローチおよび子どもへの対応の適格性アプローチをとるにあたって、私たちは、子どもたちが司法プロセスからほぼ排除されている法廷での、大人中心の見方に対処することを目指します。アフガニスタン、バングラデシュ/ミャンマー、ダルフール(スーダン)、パレスチナ国を含むさまざまな事態で私たちが行なってきた捜査には、子どもに対する犯罪と子どもに影響を与える犯罪の捜査および訴追もともないます。このポリシーを正式に発表する前の段階でも、私たちは、ウクライナ事態における子どもの不法な送還・移送の告発〔平野注/ロシアのプーチン大統領とマリア・アレクセーエブナ・ルボバ-ベロワ大統領府子どもの権利コミッショナーを対象とする逮捕状の発行を指す〕などで、このアプローチの実施を進めてきました。

 カーン主任検察官も強調している3つのアプローチについて、少し詳しく紹介しておきます。

 まず子どもの権利(child rights)アプローチについては、「子どもの権利の主流化」に関する国連事務総長ガイダンスノートを踏まえ、次のような認識に立つものであると説明されています(パラ39)。

a.子どもは、親または保護者とは独立に固有の諸権利を持った権利保有者であり、特別な考慮が必要とされる。
b.子どもは自分自身の生活に関する専門家であり、意味があり安全な子どもの参加が、十分かつ効率的な司法・責任追及プロセスを前進させるために必要である。
c.子どもは、子どもであるがゆえに、自己の権利の行使および主張に関して特有の障壁に直面する。
d.子どもの権利は、ICCのあらゆるアドボカシー活動、政策および活動に関連するものである。
e.ICCによる対外的・対内的なアドボカシー活動、政策およびプログラムは、子どもたちに、大人とは異なる影響を及ぼす可能性がある。

 こうした認識に基づき、ICC検察局では、とくに意見を聴かれる子どもの権利(子どもの権利条約12条)を効果的かつ安全に保障するための取り組みを進めるとともに、その目的で子どもの最善の利益評価を実施していくという方針を明らかにしています(パラ41-42)。

 次に、子どもに配慮した(child-sensitive)アプローチについては次のように説明されています(パラ43)。

43.第2に、検察局は子どもに配慮したアプローチをとる。「子どもに配慮した」というのは、子どもの経験とニーズに関する認識(awareness)を指している。すなわち、検察局およびスタッフは、ある状況に関連して子どもが経験したことの事実的側面を考慮しなければならないだけではなく、子どもの関与を得る過程でその最善の利益、関連の権利および福祉にも常に注意を払わなければならないということである。そのためには、司法制度を、そこに関わるようになった子どもにとって安全で落ち着けるものであるようにすることが必要になる。ここでは、子どもの視点とフィードバックがきわめて重要である。子どもに配慮したアプローチではさらに、子どもをひとりの個人として認め、子どもは状況によって脆弱にも、有能にも、あるいはその両方にもなり得ることを認識する。検察局はまた、スティグマが、子どもに対する犯罪および子どもに影響を与える犯罪にどのように関連しており(それによって子どもの発達およびウェルビーイングに影響が生じる可能性もある)、かつ、裁判手続への関与(または不関与)に関する子どもの希望にどのように影響するかも理解しなければならない。検察局は、子どもの安全確保についてのベストプラクティスにしたがう。検察局は、ローマ規程上の犯罪の現在の影響および長期的影響を考慮する際、子どもが受ける危害を幅広くとらえる。これには、将来世代に対する危害の考慮が含まれる場合もある。

 最後に、子どもへの対応の適格性(child-competent)アプローチとは、検察局という組織およびそこで働く職員個人の両方が、子どもに接する際に必要なスキルを有していなければならないということです(パラ44)。個別の子どもの背景、経験、ニーズ、能力および脆弱性に応じてアプローチを修正する能力も必要だと指摘されています。

 この3つのアプローチも含め、改訂ポリシーでは第V章で次の7つの原則が掲げられています。それぞれについて詳しく紹介する余裕はありませんが、これらの原則は、日本の刑事裁判のあり方をさらに見直していくうえでも参考になりそうです。

a.子どもの権利アプローチ、子どもに配慮したアプローチおよび子どもへの対応の適格性アプローチをとる
b.子どもの多様性を認知する
c.交差性アプローチをとる
d.サバイバー中心の、トラウマに配慮した
(trauma-informed)アプローチをとる
e.子どもについて積極的に考慮し、かつ積極的にその関与を得る
f.同意(コンセント)と了解(アセント)
g.協力と補完性

「ローマ規程上のすべての犯罪が、子どもに対して行なわれ、または他の無数の形で子どもに影響を与える」現実を、私たちはあらためて突きつけられています。ICCの活動にはさまざまな困難がともない、とくに大国がからむ事態ではなおさらですが、ICCがこれらの犯罪に少しでも効果的に対応していけるよう、各国がその活動を支持・支援していくことが必要です。

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