学校における子ども参加を重視するアイルランドのいじめ行動計画「キネオルタス」(2022年12月)
〈教育制度における子ども参加に力を入れようとするアイルランド:新たな「行動計画」より〉で紹介したように、アイルランドでは最近、教育省の政策の策定・実施への子ども・若者参加を確保することを目的として教育省内に生徒参加課(Student Participation Unit)が設置されました。
これは、2022年12月に策定された新たな「いじめ行動計画」の実施計画(2023年4月)の一環としてとられた対応ですので、その内容についても簡単に紹介しておきます。
2022年12月に策定された新たないじめ行動計画の名称は、「キネオルタス:いじめ行動計画――学校におけるいじめの防止と対応に対するアイルランドのホールエデュケーション・アプローチ」(Cineáltas: Action Plan on Bullying - Ireland’s Whole Education Approach to preventing and addressing bullying in schools)というものです(「キネオルタス」とは、“思いやり”や“親切さ”を意味するアイルランド語です)。策定過程では、多様な背景を有する子ども・若者170人(特別な教育上のニーズを有する子ども、トラベラー/ロマの子ども、ウクライナ出身の子どもおよび難民の子どもを含む)との協議も行なわれました(p.17)。
いじめについては次のように定義されています(p.20)。▽標的が明確な行動(targeted behaviour)であること、▽繰り返される行動であること、▽力の不均衡(imbalance of power)があることの3点がポイントです(p.21参照)。
「いじめは子どもの権利の問題である」(Bullying is a children's rights issue)と明言しているのも重要な点です。侵害される権利としては次のものが挙げられています(カッコ内は国連・子どもの権利条約の街頭条文)。
表現の自由に対する権利(13条)
思想、良心および宗教の自由に対する権利(14条)
結社の自由および平和的集会の自由に対する権利(15条)
プライバシーに対する権利(16条)
あらゆる形態の虐待およびネグレクトから守られる権利(19条)
到達可能な最高水準の健康を享受する権利(24条)
教育に対する権利(28条)
自己の文化、宗教または言語を享受する権利(30条)
副題にもあるように、「キネオルタス」ではユネスコ(国連教育科学文化機関)が提唱する「ホールエデュケーション・アプローチ」(whole education approach)が参照されています。このアプローチの中核となるのは次の9つの要素です(pp.13-14;太字は平野による)。
いじめ、学校暴力および子どもに対する暴力一般に対処するための強力な政治的リーダシップとしっかりした法的・政策的枠組み
いじめに対処する教員のためのトレーニングおよび支援と、生徒中心で思いやりのある(caring)学級運営
思いやりのある(すなわちいじめに反対する)学校の雰囲気を醸成するためのカリキュラム・学び・授業
心理的・身体的に安全な学校・学級環境
いじめの影響を受けている生徒のための通報のしくみと、それにともなう支援・付託サービス
学校共同体の全ての関係者(親を含む)の関与
生徒のエンパワーメントと参加
教育部門と広範なパートナー(他の政府部門、非政府組織、学界、デジタルプラットフォーム)との連携およびパートナーシップ
エビデンス:学校におけるいじめのモニタリングと対応の評価
こうした要素も踏まえ、「キネオルタス」では次の4つを主要な原則として位置づけています(p.15)。
防止(Prevention):共感の醸成と、知識、尊重、平等および包摂の基盤を提供するトレーニングの提供
支援(Support):学校共同体が協働するための枠組みを提供する一連のニーズに基づいた、実体的で焦点化された支援
監督(Oversight):目に見えるリーダーシップにより、子ども・若者および学校共同体の構成員全員にとっての肯定的環境をつくり出す。
共同体(Community):社会とつながっており、肯定的な関係とパートナーシップを支え育む、包摂的な学校共同体の構築。
これらの原則を踏まえ、(1)文化と環境、(2)カリキュラム(教育・学習)、(3)方針と計画、(4)関係とパートナーシップという4つの主要なウェルビーイング領域で取り組みが進められていくことになります。
(4)関係とパートナーシップの筆頭で取り上げられている生徒参加関連の施策について、訳出しておきます。3段落目に挙げられている「専門部署」が、最近設置された「生徒参加課」(Student Participation Unit)です。
ちなみに、最後の段落で触れられている「憲章法案」とは、2019年に上程された「教育(生徒・親憲章)法案」(Education (Student and Parent Charter) Bill)を指します。上院は通過したものの、下院での審議が滞っているようです(理由はよくわかりません)。これについても、機会があれば少し詳しく紹介したいと思います。
「キネオルタス」の成功の度合いをどのように測るかについて述べたページ(p.37)でも、「学校・国レベルでの政策・方針の策定および実施(学校におけるいじめの防止/いじめへの対処のための措置の策定および実施に関連するものを含む)への、子ども・若者およびその親の意見表明および参加の増進」が筆頭に挙げられており、児童生徒・保護者参加を重視していることがわかります(なお、2番目に挙げられているのは「生徒会および学校職員の構成における学校共同体の多様性の反映」です)。
「キネオルタス」実施計画(2023年4月)では、「キネオルタス」に掲げられた61の措置を教育省がどのように実行していくかについて、さらに詳しく述べられています。これらの措置の実施状況については、子ども・若者を含む関係者のフィードバックを踏まえた実施・評価報告書が毎年発表されることになっています。
このほど(4月12日に)発表された「意思決定への子ども・若者参加行動計画(2024~2028年)」とあわせて、アイルランドの教育・学校における子ども参加がどのように進んでいくのか、引き続き注目してきたいと思います。
noteやホームページでの翻訳は、ほぼすべてボランティアでやっています。有用だと感じていただけたら、お気持ちで結構ですのでサポートしていただけると、嬉しく思います。