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国連人権理事会、子どもの権利と「包摂的な社会的保護」に関する決議を採択

 国連人権理事会は、4月5日、「子どもの権利:子どもの権利の実現と包摂的な社会的保護」に関する決議(A/HRC/RES/55/29)を無投票で採択しました。現時点では決議案(A/HRC/55/L.18/REV.1)しか参照できませんが、最終的に採択された決議の原文はこちらのページから参照可能になる予定です。

 今回の決議では、表題にある「包摂的な社会的保護」に加え、「子どもの権利の主流化」にも焦点が当てられています。国連人権理事会は、この2つの問題をテーマとして、3月14日、子どもの権利に関する恒例の全日討議を開催しました(全日討議のコンセプトノートおよびプログラムはこちらのWordファイルを参照)。

「包摂的な社会的保護」についてはOHCHR(国連人権高等弁務官事務所)が昨年(2023年)9月に報告書を発表しており、チャイルドフレンドリー版もあわせて作成されています。

 この報告書については昨年10月のFacebookポストで簡単に紹介したので、まずそれを採録しておきます。

【子どもの権利と包摂的な社会的保護――国連人権理事会への報告書】

 OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)が「包摂的な社会的保護」に関する報告書を作成しており、世界中の子どもたちの意見を募集していることについて、今年2月の投稿で紹介しました。

 国連人権理事会第54会期に提出された報告書(A/HRC/54/36、先行未編集版)が9月1日に発表されましたので、報告しておきます。チャイルドフレンドリー版(添付画像参照)およびイージーリード(easy to read)版もあわせて作成されており、以下のページ↓からダウンロードできます。
https://www.ohchr.org/en/documents/thematic-reports/ahrc5436-rights-child-and-inclusive-social-protection-report-united

 報告書の作成には、24か国から600人以上の子どもたち(5~17歳)が参加したとのことです。今後もさまざまなテーマについてこうした取り組みが行なわれていくことになると思われます。

 報告書では、包摂的な社会的保護に対して子どもの権利を基盤とするアプローチをとる必要性が指摘され、そのための重要な手段のひとつとして、すべての子どもを対象とする「普遍的子ども手当」(universal child benefits)の支給が勧告されています。「包摂的な社会的保護」の定義や「普遍的子ども手当」のあり方については、note〈ILO/ユニセフ、子どもの社会的保護に関する報告書を発表〉(2023年3月15日投稿)でも紹介していますので、そちらをご参照ください。

 包摂的な社会的保護の追求は、「全てのこどもが、生涯にわたる人格形成の基礎を築き、自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ、心身の状況、置かれている環境等にかかわらず、その権利の擁護が図られ、将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現」(こども基本法1条)のために必要不可欠であり、こうした国際的議論も踏まえた検討を引き続き進めていくことが求められます。

 あわせて、ILO、ユニセフおよびセーブ・ザ・チルドレンによって今年(2024年)2月14日に発表された新たなデータも参照(Facebookでは紹介済み)。

1)ユニセフ(日本ユニセフ協会):社会的保護を受けられない子ども 世界で14億人 ユニセフなど、新たなデータを発表
https://www.unicef.or.jp/news/2024/0021.html

2)セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン:世界で14億人の子どもたちが社会的保護を受けられず
https://www.savechildren.or.jp/scjcms/sc_activity.php?d=4399

-児童手当のカバー率を把握し、格差是正に向けた政府やドナーに働きかけを強化するためのオンラインプラットフォーム Global Child Benefits Tracker
https://www.childbenefitstracker.org/

 今回の国連人権理事会決議(案)では、これらの報告書で取り上げられた世界の子どもたちの現状を踏まえ、前文において、▼世界中で17億7,000万人以上の包摂的な社会的保護の対象とされておらず、そこには相当な地域的格差があること、▼新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック、武力紛争、景気低迷、人道危機、食料危機、3重の惑星危機(気候変動・汚染・多様性喪失)および生活費高騰問題が、子どもたち(とくに女子)が直面している不平等や制度的差別をさらに悪化させており、子どもの権利に根ざした強靭・包摂的・包括的な社会的保護制度の切迫した必要性を明らかにしていることなどについて重大な懸念を表明したうえで、次のような認識を表明・再確認しています(要旨)。

  • 普遍的な子ども手当は、補足的支援介入策、必須サービスへのアクセスおよび現物給付ならびに世帯が受け取るその他の給付と並んで、子どもの包摂的な社会的保護およびジェンダー平等を向上させ、子どもの貧困を削減し、かつ子どもの発達を支え得るものである。

  • 子どもにケアと安全な環境を提供する家族・養育者の能力が促進されるべきであり、子どもをケアする親・養育者・法定保護者の能力の促進および強化に関して社会的保護は重要である。

  • 国には包摂的な社会的保護へのアクセスを確保する義務があり、そのために、このようなアクセスを妨げる諸要因に対処していかなければならない。

  • とくに、親または養育者の状況にかかわらず、すべての子どもがすべての人権を全面的に享受することを確保するため、包摂的な社会的保護(現金給付か現物給付かは問わない)が利用可能とされるべきである。

  • 包摂的な社会的保護給付の受給条件は合理的、比例的かつ透明なものでなければならない。包摂的な社会的保護の提供に関連する直接・間接の費用は、すべての人にとって負担可能な金額でなければならず、たの経済的・社会的・文化的権利の実現を阻害するものであってはならない。社会的保護は時宜を得たやり方で給付されるべきであり、受給者は、給付および情報にアクセスできるよう、社会保障サービス機関に物理的にアクセスできるべきである。

  • すべての子どもが包摂的な社会的保護の利益を得られるようにすること、また自己の生活に影響を与える意思決定(社会的保護措置の策定、実施および評価を含む)への包摂的な、効果的なかつ意味のある子ども参加を確保することは、重要である。

  • 子どもの権利にのっとった包摂的な社会的保護制度は、実質的平等および差別禁止の原則を遵守するべきであり、かつ、すべての子ども(障害のある子どもを含む)を対象とする平等、普遍的かつ包括的なアクセスおよび保護の提供を確保することに具体的に焦点化するべきである。

  • 包摂的な社会的保護は当該国の具体的な社会的・経済的・文化的・政治的文脈に応じたものである一方、包摂的な社会的保護に対する子どもの権利基盤アプローチの中核的要素はすべての国に適用されるのであり、関連する立法上・政策上の枠組みの中心に子どもの権利と国家の義務が位置づけられなければならず、また身体的・認知的・社会的・情緒的発達水準の違いに応じた子どもの固有の脆弱性およびニーズが認識されなければならない。

  • 子どもの包摂的な社会的保護への投資は、経済的・社会的・文化的権利の実現に関わる国の義務を履行することの鍵であり、とくに子どもたちにとって長期的な経済的・政治的・社会的利益を有する。

  • 子どもの権利を充足し、子どもの貧困および不平等を防止・緩和し、かつ「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を前進させる(とくに、持続可能な開発目標のターゲット1.3〔適切な社会保護的制度・対策の実施および貧困層・脆弱層の十分な保護〕および10.4〔税制・賃金・社会保障政策等の政策の導入による平等の拡大の漸進的達成〕を実現する)うえで、包摂的な社会的保護は枢要な役割を有する。

 以上のような認識を踏まえ、決議は、各国に対して次の措置をとるよう呼びかけました(要旨;太字は平野による)。

  • すべての子どもが、国際人権法にのっとり、包摂的な社会的保護にアクセスできることを確保する(パラ3)。

  • 子どもに影響を与えるすべての行動において、また子どもの包摂的な社会的保護との関連で行なわれる決定において子どもの最善の利益が第一次的に考慮されることを確保するための適切な立法、政策、制度および手続を整備する(パラ4)。

  • 子どもの権利条約にしたがい、社会保険を含む社会保障に対する子どもの権利の全面的実現を達成するために必要な措置をとる(パラ5)。

  • 家族のために可能な最大限の包摂的な社会的保護・援助を確保する。その際、必要な場合にはすべての子どものために関連する特別な保護・援助措置をとり、かつ、包摂的な社会的保護措置が利用可能であり、十分であり、かつアクセス可能であることを確保する(パラ6)。

  • 子どもの権利にのっとった包摂的な社会的保護に投資する(パラ7)。

  • 強制避難の状況にある子どもおよび移住者・難民である子どもの特有のニーズおよび能力に対応できるよう、包摂的な社会的保護制度を構築・修正する(パラ8)。

  • 子どものための効果的かつ包摂的な社会的保護および子どもの権利(社会保障に対する権利を含む)の実現を確保するため、十分な資源を配分する(パラ9)。

  • すべての子どもが普遍的かつ包摂的な社会的保護の対象とされるようにするため、漸進的な取り組みを進める。そのための手段としては、普遍的な子ども手当を実施すること、そしてそれを補完的サービスと統合することなどが挙げられる(パラ10)。

  • 包摂的な社会的保護体制を通じ、障害のある子どもに対して、十分で適合的な支援(子どもにケアを提供する個人への報酬を含む)が、援助および支援への特別なニーズを反映した尊厳のあるやり方で提供されることを確保する(パラ11)。

  • すべての子どもがすべての人権を享受することを確保し、かつ、規制・執行のための効果的なしくみを通じて包摂的な社会的保護サービスへのアクセスを確保するために必要な措置をとる(パラ12;後述)。

  • 包摂的な社会的保護との関係で自己の権利を侵害されたすべての子どもが、司法および被害者支援その他の救済措置にアクセスできることを確保する(パラ13)。

  • 有償・無償のケアワークを平等かつ公正に承認し、評価しかつ再配分し、かつ無償のケアワークを減らすための、部門横断型アプローチによる措置をとる。そのための手段としては、家族構成員間ならびに家族、コミュニティ、民間セクターおよび国の間の平等な責任の共有を促進することのほか、とくに、▽持続可能かつアクセスしやすいインフラおよび交通機関、▽負担可能で良質な社会サービス(ケア・支援のためのサービスおよび製品を含む)、▽すべての労働者を対象とするディーセントワークおよびジェンダー平等について定めた保育基準・労働基準に優先的に取り組むことなどが挙げられる(パラ14)。

  • 社会的保護の提供がジェンダーに敏感であり、かつ女性および女児のニーズ(セクシュアル/リプロダクティブヘルス、月経時の健康・衛生および母子保健サービスに関連するものを含む)に適合したものであることを確保する(パラ15)。

  • 国際人道法および国際人権法(とくに子どもの権利条約およびその選択議定書)を含む国際法上の義務を遵守する(パラ16)。

 なお、「すべての子どもがすべての人権を享受することを確保し、かつ、規制・執行のための効果的なしくみを通じて包摂的な社会的保護サービスへのアクセスを確保するために必要な措置をとる」よう各国に促したパラ12では、具体的な取り組みとして次のものが例示されています。

(a)ライフサイクルアプローチおよび統合システムアプローチの一環として、包摂的な社会的保護に対する包括的な子どもの権利基盤アプローチを確立するため、人権、とくに子どもの権利に関わる義務に根ざした必要な法的・政策的枠組みを策定・実施する。その際、ひとりの子どもも取り残されないこと、普遍的かつ包括的な子ども・家族手当および親・養育者向けの金銭的・物質的支援が包摂的な社会的保護サービスに含まれること、包摂的な社会的保護にともなって人権を基盤とするケアおよび支援ならびに基礎的サービスへの普遍的アクセスが保障されることを確保する。
(b)リスクインフォームドアプローチを発展させることにより、周縁化された状況および脆弱な状況に置かれ、複数のかつ交差的形態の差別に直面している子どもたちへの不均衡な影響を緩和させることに、特段の注意を払う。
(c)包摂的な社会的保護に関わる決定において、子どもたちとの意味のある協議を確保する。また、社会的保護に関する情報が、子どもにやさしく、かつ周縁化された状況および脆弱な状況に置かれているすべての子どもがアクセスできるものであるようにする。
(d)予算を子どもの権利に関わる義務に合わせるための予算分析を実施し、子どもの権利にのっとった資金拠出を確保するために必要な歳入源を導入するとともに、効果的実施のための十分な人的資源・財源を配分する。
(e)国際人権法上のすべての差別禁止事由を網羅した、子どもに関する良質で細分化されたデータを収集するとともに、包摂的な社会的保護制度の分析のための包括的かつ透明なモニタリング・評価のしくみ(子どもの権利影響評価を含む)を確立する。
(f)包摂的な社会的保護を、児童労働の解消の不可欠な一部に位置づける。
(g)包摂的な社会的保護に関わって利用可能な支援、受給基準および申請方法についての意識啓発および情報の普及を図る。

 決議の後半で言及されている「子どもの権利の主流化」については、別途取り上げます(追記:取り上げました)。


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