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人権擁護者の状況に関する国連特別報告者、人権擁護者である子ども・若者が直面する課題についての報告書を国連人権理事会に提出

 人権擁護者の状況に関する国連特別報告者のメアリー・ローラー(Mary Lawlor)氏は、昨年後半、人権擁護者である子ども(18歳未満)・若者(32歳未満)の状況に関するアンケートを実施しました(noteの投稿参照)。

 アンケート結果を踏まえ、「『私たちは単なる未来じゃない』:人権擁護者である子ども・若者が直面する課題」"We are not just the future": challenges faced by child and youth human rights defenders)と題する報告書(A/HRC/55/50、2024年1月17日付)が国連人権理事会第55会期(2024年2月26日~4月5日)に提出されていますので、その概要を紹介します。3月12日には、国連人権理事会の会合でローラー特別報告者が報告書のプレゼンテーションを行なって各国と相互対話する機会も設けられました(UN Web TV のアーカイブ動画参照)。

 報告書では、上記のアンケートに寄せられた140件の回答も参照しつつ、人権擁護者である子ども・若者が直面する実際的・構造的障壁として次の10の要素を取り上げています(パラ24以下)。

1)味方となるはずの人権団体などからの十分な支援の欠如
2)国内的・国際的な支援のためのしくみおよび保護ネットワークへのアクセス
3)法的支援および司法へのアクセス
4)教育面での制裁
(Academic sanctions)
5)オンライン空間やメディアにおける威嚇およびいやがらせ
6)年齢差別、正統性および政治的信用毀損
(Ageism, legitimacy and political discrediting)
7)家庭環境への/家庭環境の影響
8)資源へのアクセスおよび資源動員
9)メンタルヘルスおよび心理社会的ウェルビーイング
10)権利反対グループ
(anti-rights groups)の影響

 たとえば 4)教育面での制裁については、人権擁護者である子ども・若者が学校で科される可能性のある制裁について、▽不当な退学・停学、▽低い成績評価、▽教員からの脅し、▽一部の教育機会の否定などが例示されています(パラ35)。具体例として挙げられているのは、▽「未来のための金曜日」(Fridays for Future)への参加者が最終試験を受けさせてもらえなかった、▽修士論文の指導教官を見つけられなかった、▽プロテスターに応急手当を施した医学生がそのことを理由に退学させられ、留学のために必要な履修履歴も発行してもらえなかった(ニカラグア)、▽イスラエルによるガザ地区への爆撃を終わらせるよう求める学生が監視対象とされ、大学から懲戒処分を受けた(米国など)、▽平和的デモに参加していたら警察からどこの学校に通っているのかと尋問され、退学にするよう校長に求めると脅かされた、▽講義に参加したことで教員からみんなの目の前で辱められたなどの事例です(パラ36)。子どもの人権活動について学校が親に連絡し、停退学の対象になると脅かすこともしばしばあると指摘されています(パラ37)。

【追記】(5月2日)
 最近も、コロンビア大学をはじめとする米国の大学でイスラエル軍によるパレスチナ人への攻撃の停止を求める声があがっていることに対し、大学当局や警察が強硬な対応をとっています。こうした対応については、4月30日、フォルカー・ターク国連人権高等弁務官も憂慮の念を表明しました。

・UN News - Gaza protests: UN rights chief flags ‘disproportionate’ police action on US campuses
https://news.un.org/en/story/2024/04/1149181

・OHCHR - United States of America: UN Human Rights Chief troubled by law enforcement actions against protesters at universities
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2024/04/united-states-america-un-human-rights-chief-troubled-law-enforcement-actions

「不良学生」(Bad Students)を名乗って学校における人権侵害の停止および民主的改革を求めるタイの高校生・大学生への抑圧(パラ39)、死刑反対や女性の権利保障を訴える平和的抗議に参加したイランの学生への弾圧(パラ40)など、特定の国についてとくに取り上げたパラグラフもあります(イランについては〈国連・子どもの権利委員会、抗議デモの弾圧を背景とする子どもの権利侵害をやめるようイランに要求〉なども参照)。

 6)年齢差別、正統性および政治的信用毀損(パラ45~50)も多くの国に共通の問題でしょう。日本でも、温暖化対策推進法案の改正をめぐる議論にあたり、衆院環境委員会で意見を述べる参考人として野党が高校3年生を推薦したところ、「高校生で大丈夫か」という声が出て大学4年生に交代させられるという出来事があったばかりです(ハフポスト日本版〈国会の参考人「高校生は難しい」地球温暖化対策に関する衆院環境委員会の裏側で起こったこと〉参照)。大人主導の団体内でも、▽年齢を理由に資源や機会へのアクセスをコントロールされること(ゲートキーピング)、▽若者が費やす時間や若者のスキル・専門性を軽視し、若者は無償でまたは最低限の対価で活動すべきだと考える傾向があることなどが指摘されています(パラ48)。

 10)権利反対グループの影響の項(パラ61~64)では、子どもの最善の利益の原則(国連・子どもの権利条約3条1項)を狭義に解釈して、あるいは家族の安全および尊重を名目として、人権擁護者である子ども・若者の活動を押さえこもうとする動きにも触れられています。この点については。ユニセフ(国連児童基金)が昨年8月末に発表した報告書抗議の自由と安全:子どもが関わる集会の警備でも、
「大人が、子どもの安全または教育についての懸念から、しばしばCRC〔子どもの権利条約〕第3条(子どもの最善の利益)の狭い解釈に基づいて、子どもによるRFPA〔平和的集会の自由に対する権利〕の行使を妨げる場合もある」
「子どもの最善の利益が子どもたちのRFPAを縮小する言い訳にはならない」

 と指摘されていたところです。なおこの項では、ジェンダー平等に関する活動へのバックラッシュを背景として、人権擁護者である少女・若年女性へのいやがらせや暴力のおそれが高まっていることも指摘されています(パラ64;パラ97~102も参照)。

 報告書ではさらに、市民的空間への参加を妨げる法律上・行政上・実際上の障壁として、▽結社の自由、▽集会の自由、▽表現の自由、▽公的参加、▽刑事上・行政上の告発、▽人権擁護者である子ども・若者への人権侵害、▽人権擁護者である少女・若年女性に関わる状況についても詳しく触れられています(パラ65~102)。

 こうした現状を踏まえて特別報告者が行なっている勧告の概要は、次のとおりです。

■ 保護のための国内的・国際的なしくみおよび基準について各国(および他の関係者)がとるべき措置(パラ117)
(a)人権擁護者である子ども・若者の保護を強化する具体的な法律および政策を国レベルで採択する。
(b)人権擁護者である子ども・若者およびその家族を承認・保護する法律を唱道する。
(c)人権擁護者に関するモデル法案で、人権擁護者である子ども・若者に明示的に言及する。
(d)オンラインの人権侵害との関連でデジタル保護およびデジタルセキュリティを強化するとともに、人権擁護者である子ども・若者のためのデジタルセキュリティの機会を促進する。
(e)法的異議申立ての影響を受けている人権擁護者である子ども・若者に対し、プロボノの法的サービスを提供する。
(f)子どもの権利を含む人権および人権擁護者に関する教育を必修の内容として実施するとともに、救済・支援のために利用可能なしくみについての情報をカリキュラムに含める。

■ 公的・政治的事柄に関わる参加の増進のために各国がとるべき措置(パラ118)
(a)意思決定プロセスに人権擁護者である子ども・若者の組織的かつ意味のある関与を得るための具体的な政策を国レベルで設ける。
(b)人権擁護者である子ども・若者を対象として、国レベルで救済を求めまたは訴えを起こすための苦情申立てのしくみを設置する。
(c)人権侵害に関する通報制度に子ども・若者が容易にアクセスできることを確保する。
(d)人権擁護者である子ども・若者の包摂およびこれらの子ども・若者に関するデータ収集を確保するため、制度的で定量化可能な指標を開発する。

■ 国連プロセスへの参加の増進のために国連および国際社会がとるべき措置(パラ119)
(a)国連の意思決定プロセスに人権擁護者である子ども・若者の組織的関与を得るための具体的政策を設ける。
(b)人権擁護者である子ども・若者を対象として、国際的レベルで救済を求めまたは訴えを起こすための苦情申立てのしくみを設置するとともに、既存のしくみを、アクセスしやすく、子どもにやさしく、人権擁護者である子ども・若者の特有のニーズおよび課題に敏感に対応できるものにする。
(c)人権侵害に関する通報制度に子ども・若者が容易にアクセスできることを確保する。
(d)人権擁護者である子ども・若者の包摂およびこれらの子ども・若者に関するデータ収集を確保するため、制度的で定量化可能な指標を開発する。
(e)国際的フォーラムで子ども・若者が代表されることを確保するため、国際的代表団に子ども・若者枠を設ける。
(f)人権擁護者である子ども・若者の組織的参加のためのOHCHR〔国連人権高等弁務官事務所〕フォーラムを創設する(OHCHR地域事務所におけるものを含む)。
(g)人権擁護者である子ども・若者に関連する国際的・国内的な規範および法令を、子どもにやさしくアクセシブルな版で利用できるようにする。

■ 連携・同盟の支援および能力開発の強化について各国、国際機関その他の関係者)がとるべき措置(パラ120・121)
(a)人権侵害を通報するためおよび支援を求めるためにすでに存在する実践、プラットフォームおよび保護のしくみについて、人権擁護者である子ども・若者の意識啓発を図る。
(b)人権擁護者である子ども・若者の活動の効果を最大化するため、活動同盟および戦略的パートナーシップを促進する。
(c)子ども・若者団体が、より大きな大人主導のグループと競合することなく連携できるプラットフォームを創設する。
(d)子ども・若者を代表する人権擁護者の連合を国レベルで設ける。
(e)人権擁護者である子ども・若者がアドボカシー、安全および保護に関連する必要なスキルを身につけられるようにするため、実践的ワークショップを開催したり人権教育を提供したりする。

■ 人権運動に埋めこまれた年齢差別への対処について市民社会組織その他の関係者がとるべき措置(パラ122)
(a)人権コミュニティにおいて世代間の連携とメンターシップを促進する。
(b)大規模NGOに対し、人権擁護者および子ども・若者主導の小規模団体による新しい取り組みを支援し、連携を図るよう奨励する。
(c)人権擁護者である子ども・若者のためのよりよい空間づくりを進めるため、市民社会組織内の搾取および年齢差別に対処する。

■ 人権擁護者である子ども・若者に関する否定的な言説への対抗および世界的アドボカシーの増進について各国、国際機関その他の関係者がとるべき措置(パラ123)
(a)人権擁護者である子ども・若者の実像を広めることにより、メディアによる否定的な報道に異議を申し立てる。
(b)人権擁護者である子ども・若者の活動の可視性を高める。
(c)人権擁護者である子ども・若者をオンラインで保護するポリシーの策定をソーシャルメディア企業に働きかける。
(d)手紙キャンペーンや人権擁護者である子ども・若者への人権侵害の公的非難を通じ、連帯を示し、支援を提供する。
(e)人権擁護者である子ども・若者当事者を支援する国際的キャンペーンに、金銭的支援および家族のための支援も含める。

■ 教育面での制裁への対処および人権擁護者である子ども・若者の権利制限の記録の強化について各国がとるべき措置(パラ124・125)
(a)正当な人権活動に関与したことを理由に生徒に退学その他の制裁を科す教育機関の裁量権を制限する。
(b)退学させられた人権擁護者である若者に対し、別の場所で学業を続けるための奨学金を提供する。
(c)認定大学が人権擁護者である若者を迫害した場合には国際的利益を享受できないようにする。
(d)教育に従事する者を対象として国際人権基準に関する研修を実施し、人権擁護者である子ども・若者の活動への理解を深められるようにする。
(e)人権擁護者である若者を教育面で支援するための奨学金プログラムを設ける。
(f)人権擁護者である子ども・若者への人権侵害に関連するデータ収集を、被害者の年齢および被害者が18歳未満か否かを記録することなどにより、強化する。

■ 銀行の利用や団体登録に関する不当な制限の除去について各国がとるべき措置(パラ126)
(a)銀行システムを人権擁護者である子ども・若者にとってアクセスしやすいものにする。
(b)団体の結成・登録に関して制約的な年齢制限を課している現行法を改正することにより、人権擁護者である子ども・若者の結社の自由について設けられている法的障壁を取り除く。

■ その他(パラ127・128)
(a)各国その他の関係者は、ウェルビーイングおよびセルフケアのための機会を人権擁護者である子ども・若者にも提供するようにする。
(b)国連・子どもの権利委員会は、締約国報告書に関する総括所見に、人権擁護者である子どもについての勧告を含めることを常とする。
(c)国連人権理事会の特別手続に基づくマンデートホルダー(特別報告者など)は、テーマ別の活動や協議において、また国別訪問の際に、人権擁護者である子ども・若者とやりとりすることを常とする。

 昨年(2023年)3月の国連人権理事会会合で読み上げられた、人権擁護者である子どもの保護とエンパワーメントを訴える共同声明には日本も賛同していますので、こうした勧告を参考にしながら取り組みを進めていくことが求められます。なお、「人権擁護者としての子どもの保護およびエンパワーメント」に関する国連・子どもの権利委員会の一般的討議の勧告(2018年)も参照。


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