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子ども時代に出合う本 #07 赤ちゃんのことばの発達

赤ちゃんには絵本、必要ない?


ある図書館研修の時に、50代の男性に「赤ちゃんはことばも話せないし、絵本なんて読む必要はないのでは」と聞かれたことがあります。


その方には「まだ自分で意味のあることばを喋れなくても、赤ちゃんの脳は聞こえてくることばを記憶していっているのです。でも、それ以上に自分に向けて読んでくれる、その時間を親と子が一緒に楽しむということが大切なんですよ」ということを伝えましたが、どこまで理解していただけたかなと、振り返って思います。


しかし図書館で勤務している人の中にも、そんな認識の人がいるのが現実。その人は、別の場所で図書館の児童サービスのことを「所詮はおんなこどものお遊び」みたいなことを言ってたそうで・・・そもそも理解しようという気持ちがなかったのかもしれません。



ここで、赤ちゃんと絵本を一緒に楽しむということを、ことばの獲得という点と、一緒に楽しむという点とで、少し考えてみたいと思います。

赤ちゃんがことばを獲得するということ



生まれたての赤ちゃんは、まだ意味のあることばを発してはいませんが、周囲のおとなからの話しかけに反応しながら、その意味を受け取り、少しずつことばを覚えていくのです。

赤ちゃんが生まれてからどのように脳が発達し言葉を獲得していくか
絵本の読み聞かせについて書いてあるものもあります。

ひとが生まれてからどのようにことばを獲得していくのか、さまざまな研究が行われています。

私が学生時代に読んだものから、最近の知見に基づくものまで手元にさまざまな文献があります。

学生時代に手にした岡本夏木著『子どもとことば』(岩波新書179  岩波書店 1982)には、こんな風に書いてあります。

ことばは子どもが生まれる以前から社会のなかの記号として存在しており、子どもは周囲の人びとから無数に投げかけられることばのなかで育つ。しかし子どもが話すようになっていく過程は、オウムがことばをおぼえていくような過程とは異なる。外からの刺激としてのことばを、そのまま機械的に写しとっていくのでなく、自分の活動をとおし、選択的に自主的に使い始めるのである。子どもの初期のことばは、形態はおとなのそれに類似したものを用いていても、その意味内容はきわめて個性的であり、文法規則なども自己流にルールを作り出し、みずから試作的にそれを適用していく場合もめずらしくない。こうした自己活動をとおした取り入れ過程が基底にあるからこそ、子どもは、その後の生活にあって、「自分のことば」をさまざまなかたちで用いながら、自分の創造的なことばの世界をひらいていくことができるのである。(p5~6)


開一夫著『赤ちゃんの不思議』(岩波新書1311  岩波書店  2011)にはこんなことが書いてあります。

小さなころから言語を獲得するのは子どもにとって本当に「楽」なことなのでしょうか。母語の習得に関して言うなら、彼ら彼女らはまさに「生きるか死ぬか」の状況に接していると言ってよいでしょう。なぜなら面倒を見てくれる母親・父親とのコミュニケーションを取ることができなければ、大変な不利益を被るからです。(p42)

自分を育ててくれる人とのコミュニケーションのために、ことばを獲得していく。これ、4人の子どもたちの育児日記を振り返っても、今、孫の成長を見ていても、まさにそうだなと感じています。


さて、4年前に出版されて、図書館司書や保育者たちの間で話題になった本がありました。

それは『3000万語の格差 赤ちゃんの脳をつくる、親と保育者の話しかけ』(ダナ・サスキンド/著 掛札逸美/訳 高山静子/解説 明石書房 2018/5/15)という、アメリカの小児人工内耳外科医が書いた論文です。


先天的に聴覚に障害がある赤ちゃんへの人工内耳装着手術には臨界期があり、言語を処理する脳神経経路が育っていく時期(0~3歳)を過ぎると、それ以降に人工内耳をつけても音は聞こえても音の意味を理解する能力が得られないという事実から、研究が始まっています。

今は新生児の聴覚スクリーニングが早くなり、以前は3歳だったものが生後3か月になっているのは、言語を処理する脳神経経路が育っていく時期(0~3歳)に周囲からのことばが聞こえる環境にいるかどうかが、ことばの獲得に大きく影響を及ぼすことがわかったからなのです。

ダナ・サスキンドは「子どもと一緒に本を読む」と言う項目で

生まれたその日から子どもと話すことは、子どもが話し始めるはるか以前からコミュニケーション・スキルの基礎を育てていくことになります。同じように、生まれたその日から子どもと一緒に本を読むことは、子どもが読む能力を身につけるずっと前から、リテラシー・スキルを育て、本に対する愛情を育てることにつながります。保護者がどのように、どのくらい、生後最初の数年間、子どもに本を読むかは、学校入学時の準備度に影響を与え、最終的にはその子の人生の道筋にも大きな影響を及ぼします。(p147)

と、述べています。ここだけ読むと、知育のために絵本を読むのか、と勘違いされそうですが、そういうことではなく耳からの刺激をたっぷりこの時期に受けることが脳の神経回路を育てることになる、それには臨界期があるからこそ、赤ちゃんの時からたくさんのことばを語りかけることが大切だということなのです。


次に「赤ちゃんに本を読む」と言う項目でこんなことを言っています。

赤ちゃんには単語の意味はわからないでしょうけれども、保護者の声の音色、話のリズム、触れているあたたかさに安心するでしょう。赤ちゃんにとって本を聞くことの最初の魅力は愛情のこもった保護者の優しい声かもしれませんが、単語のリズムがつながって文章になっているその音を聞くことは、言葉の働きを学ぶ最初の学びにもなります。
 生まれたばかりの赤ちゃんに本を読む時、内容の理解は目標ではありません。
(p150~151)


本のタイトルになっている「3000万語」というのは、3歳までの子どもが聞くことばの数が、SES(社会経済的ステイタス)の高い家庭の子どもが日常生活の中で聞いていることばの数と、SESの低い家庭の子どもたちが聞いていることばの数では積算でそれくらいの格差が生まれるという意味です。

詳細について書きはじめると長くなってしまうので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

赤ちゃんと絵本


ダナ・サスキンドが指摘するまでもなく、多くの親は赤ちゃんが生まれてからすぐ、世話をしながら、絶えず声をかけていることでしょう。ことばの意味がわかるかどうかなんて考えずに、親の愛情表現として自然にです。

それに加えて、日常会話以外の語彙に触れさせるために、本を読んであげるということを彼女は勧めています。その本は、絵本でなくてもいいとも書いていますが、私は親子で楽しい時間を共有するために、絵本を選んでほしいなと思っています。



いま、さまざまな絵本が出版されている中で、とりわけ「赤ちゃん絵本」とよばれる、0~2歳向けのものがたくさん出版されています。

福音館書店の月刊誌「こどものとも0.1.2」がハードカバーになった
0.1.2えほんはその年齢の赤ちゃんの発達に合っていておすすめ




とくに2000年の子ども読書年を機に、2001年から日本各地ではじめられた「ブックスタート」の活動で「赤ちゃん絵本」に注目が集まりました。

もとになったのは、1992年に始まり、イギリスの推進組織BookTrustがイギリス国内で展開していたBookStart活動です。

NPO法人ブックスタートが今年1月20日に出版した『ブックスタートの20年 自治体と市民が 赤ちゃんの幸せのためにつながり 実現したこと』(NPOブックスタート)の中に、その活動の由来と意義がこんなふうに書かれています。


発案者は絵本コンサルタントのウェンディ・クーリングさんです。絵本が何かを知らないまま小学校に入学した男の子の様子に、胸を痛めたことがきっかけでした。絵本を読んでもらう幸せなひとときを、どのような環境にある子どもたちにも経験してほしい。そのためには何ができるだろうと考え続け、地域に誕生した「すべて」の赤ちゃんに、「絵本」そのものと読みきかせの「体験」をセットでプレゼントするアイディアを思いついたのです。
 絵本を渡すだけだと、赤ちゃんに絵本は早いと考える家庭ではそのまま本棚に置かれるだけかもしれない。逆に早期教育に熱心な家庭では、学習的な使われ方をするかもしれない。読みきかせだけで絵本が手元にないと、その場限りになってしまうかもしれない。そこで、赤ちゃんが絵本をどんなふうに楽しむのかを保護者に見てもらいながら、地域が子育てを応援しているというメッセージを伝える「体験」が50パーセント、「絵本」のプレゼントに50パーセントの意味をブックスタートに持たせたのでした。
(p12)



日本では、先ほども書いたように2000年の子ども読書年を契機に、この活動が導入されます。そのあたりのいきさつについては、以下のように記されています。

赤ちゃんにとっての絵本は、読むもの(read books)ではなく、読み手と共に楽しむもの(share books)だとするクーリングさんのコンセプトに共感が集まり、事業開始に向けて動き出します。すべての赤ちゃんにアプローチする手段として、クーリングさんが行政とタッグを組んだことに倣い、日本におけるブックスタートも自治体での展開を模索するところから開始しました。
 このとき大切にされたのは、絵本そのものの価値というよりも、絵本がもたらす幸せな体験を届けていくこと。そして、赤ちゃんの健やかな育ちと幸せを社会全体で実現していこうという願いでした。
(p13)


そうした願いをもって始められたブックスタートの活動は、昨年で20年となり、その間に多くの親子にブックスタートバッグに入った絵本がプレゼントされたのです。

私も、図書館に勤めていた頃、毎月、保健センターに出向いて4か月検診を受けに来た親子に、ブックスタートの意義を伝えながら絵本を読んであげて、絵本をプレゼントするお手伝いをしていました。

この活動を通して、赤ちゃんに絵本を読むということは、単にことばを獲得するためにというよりも、その時間を親子が共に楽しむ、幸せな体験をするということの大切さが、じわりじわりと伝わっていったのです。


それに合わせて、赤ちゃん絵本の発行点数も増えていきました。それだけ、赤ちゃんにどんな絵本が相応しいか、研究し、考えて、作り人が増えたってことですね。


今回は、赤ちゃんのことばの獲得についての説明が長くなってしまいました。どんな絵本があるのか、そして私自身の子育ての中でどんな絵本を我が子と楽しんできたかは・・・次回以降綴っていきます。


(続く)


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