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ジーンズ。

服はいつもお下がりだった。

団地なのもあり、ご近所さんからご近所さんへと洋服が回っていく。
うちにもご近所さんから洋服が回ってくる。
私の着た服もまた、ご近所さんのところへ行った。
その中には、兄のお下がりが回りまわって来ることもあった。
そんな時代でもあった。

回って来ない時は、兄のお下がりを着せられる。
5歳離れている兄のお下がりは、サイズが合わずダブダブだった。
服の腕をまくり、裾をロールアップして着ていた。
ファッションなどわからない小学生には、着られればそれでいい。
恥ずかしかったが、拒否権はなかった。
他に着る服がないのだから。
当然のことながら、学校では笑い者だった。

兄のお下がりにオーバーオールのジーンズがあった。
初めてのオーバーオールは、胸当てにポケットがあり、それまで着たお下がりとは違うものがあった。
兄にしても大きめサイズだったオーバーオールは、私が2回着ただけでご近所さんへと回って行った。
ダブついて裾を引きずって破れてしまったら、お下がりにならず勿体無いとの理由だった。
母は、いずれまた回って来るからと言ったが、そのオーバーオールはなぜか回ってくることはなかった。

社会人になり、自分で服が買えるようになった。
親友がジーンズを買いに行くと言うので付き合った。
そこに憧れのオーバーオールのジーンズがあった。

買う気満々で試着した。
試着して鏡を見ると何かが違う。
圧倒的な違和感。
似合っていないのは一目瞭然だった。
泣きそうだった。
小学生の時は、友達からもクラスの皆んなからも羨ましがられ、ご近所さんには可愛いとまで言われたのに。

それでも第三者の目で見たら違うかもと、一縷の望みを掛け試着室のカーテンを開けた。

親友は笑いを堪え、店員と顔を見合わせ、
「ないですよね?」
親友は店員さんに言った。
「ないですね!」
店員として正しいのかわからないが、店員は言った。
「やっぱり、ないよな」
私が言うと、2人揃って大きく頷いた。
笑いながら。

オーバーオールのジーンズを着る夢は、儚くも一瞬にして散った。


時が変わり20代も後半に差し掛かった頃のこと。
親友の影響でコーデュロイのジーンズを探していた。
たまたま通りかかったジーンズも取り扱っているお店に入ったらあったので、試着してみた。

いつもの事ながら、パンツ類は裾が長い。
言い換えれば私の足が短いのだが。
裾直しで切った物をパンツと一緒に渡されるたびに、切られた長さの分だけ悲しみがあった。
試着の際は裾の長さを調整してみて全体的に似合うかを判断する。
内側に織り込むのが一番なのはわかってはいるが、面倒なので外側にロールアップしていた。

この時も外側にロールアップさせたが、買う前の商品なのもあり、店員さんを待たせるのもと思い、裾の全てを外側に折り曲げた。
要するに、ロールさせずにアップだけした形だ。
裾の先端は膝下にまで届いた。

丁度タイミング良く店員さんに声を掛けられたので、試着室のカーテンを開けて振り向いた。

「かわいい!ふふふふふ!」
私と同じくらいの歳と思われる女性の店員さんだったが、ミッキーでも見たかのように心から笑っていた。
目元に薄っすら涙まで浮かべて。

「ごめんなさい、ふふふふふ!」
笑いを押し殺せないまま店員さんは話し始めた。
私は、オーバーオールの時とは違い似合っていると思っていた。
なので、何が可愛いのか、どこが面白いのか分からずにいた。

「ほんと、ごめんなさい」
「あのー、ロール…、はははははー」
またもや店員さんは、笑い出した。
「あー、このロールアップ!」
私が店員さんの笑いのツボを理解して答えると、
「初めて見ました!全部捲り上げてる人」
そう言われた。
なので、待たせるのも悪いと思ったこと、買うか分からない商品をクルクル巻くわけにはいかないと思ったことを伝えると、
「全然巻いちゃっていいですよ」
と、友だちかのように言われた。
「でも、そのロールアップもアリだと思いますよ」
そう言われたので、
「さすがに自分ではしないですよね?」
そう問いかけると、
「私はしないですね」
と、また笑って答えてくれた。

そのコーデュロイのジーンズは、結局買わなかった。
女性の店員さんに可愛いと笑われ機嫌を損ねたわけではない。
むしろ、気さくに話が出来て楽しかったと思った。
ただ、少し恥ずかしかった。
それに、仕上がり後の受け取りに、また直ぐ来れる場所ではなかったのもあった。

今でもジーンズを試着すると、オーバーオールが似合わなかったことと共に女性店員さんの笑い顔を思い出す。




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