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分割払い

うちの主人の悪性の肝臓癌が見つかってからもう2年、いろんな治療を施したけど「全身に転移していて救いようがない。」と宣告されてしまいました。主人は、「私はあとどれくらい生きていられんでしょうか?」と主治医の先生に聞いたところ、「う~ん、難しい質問です。はっきり言って、今の医学ではもう手の施しようがなくて私達にも分かりません。明日かもしれないし、一年先かもしれません。はっきり申し上げられることは、井上さんに残された時間はそう長くはないということです。」 「そうですか、どちらにしてももう治ることはないということですね。分かりました、もう覚悟はできました。生きている間にしかできないことをまだ体力がある間にやってみます。」 「お役に立てなくて本当に残念です。」

主治医とその話をしてから康夫はすぐに退院手続きをして家に帰って来ました。「お前には迷惑をかけるかもしれないけど、昔から言うように俺を畳の上で死なせてくれ。病院のベッドでは死にたくないんだ、すまない。」 「いえ、いいのよ。あなた。あなたと結婚するときからあなたの最後を看取るのは私の役目ですから、私もその覚悟はできています。」 「すまない、本当にすまない。結婚してから45年、お前には苦労ばかりさせてきたのに、最後の最後また苦労させてしまう。本当にすまない。まさかなあ、こんな最後を迎えないといけないなんて・・・。」

私は50年前、大学を出てある小さな建築会社に就職、現場監督として働き続けてきました。会社の事務をしていた芳江と付き合うようになり、結婚。子供も女ばかりだけど3人生まれ、それぞれが結婚、独立して、孫たちも生まれ幸せな家庭を築いている。
健康診断も会社に勤めている時は毎年必ず受けていて異常なしだったのに、定年退職後しばらくして体がだるくて疲れやすくなったので、近くの医者に行くと、「おかしい、肝臓の数値が異常ですね。総合病院を紹介しますからすぐに精密検査を受けてください。」と言われたあと現在に至ってしまった。

かみさんの芳江には結婚してから苦労の掛けっぱなしだった。安月給で三人の娘たちを育てそれぞれ大学を出し、独立させていってくれたのも全て芳江のおかげだ。私が定年したら、「二人でゆっくり旅行に行きたいね。美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て・・・。今まで苦労をさせた分ゆっくりしような。」と言っていたのに。

康夫が最期を迎えるために帰ってきた家も、建ててからもう35年、あちこちにガタが出ていい加減本格的なリフォームをする必要もあるのに、私の治療費がかさんでそれもままならず。最近は起き上がるのも辛くて、自分でもう歩くのもなかなか難しくなってきたころ、朝目が覚めた時急に体が軽くなった感じがしました。歳をとってからトイレが早くなり「くそ!まだ夜が明けていないのに、またおしっこに行きたくなった、嫌になるなあ。」と思ってかみさんに連れていってもらおうと思った時、「え~!なんなんだこれは!もう死んだのか?これから天国か地獄へ行くのか?」
隣の布団で寝ていたかみさんが、「あなた、どうしたの?気分でも悪いの?先生を呼びましょうか?」 「あ、いや、おかしいんだ。今までの鉛のように重かった体が軽く感じるし、力も入るし、ほら自分で起き上がれるんだ。それにお腹も凄く空いているんだ。いったい私はどうしたんだ?」 「え~!あなた!え~!」

その二日前の夜、寝る前に、三女の麗香が一生懸命なにかをぶつぶつ言いながら念じているのを不思議に思った伸介が聞いてみました。「おい、どうしたんだ?何をぶつぶつ言っているんだ?大丈夫か?」 「う、うん、天使がね、来てくれないかと思って。」 「はあ?お前、明日病院に行って診てもらった方が良いぞ、子供たちにまだまだ手がかかるしお前に何かあったら大変だからなあ。」 「私じゃないの!パパが心配なの!ママから毎日の様に連絡が入るでしょう?いつでも来れるようにって。パパ、いつ逝ってもおかしくないらしいから!それで昔あなたと知り合う前に来てくれた天使に来てくれるように願っていたの!」 「はあ?僕と知り合う前に来た天使?お前本当に病院に行けよ。」 「もういいわ!あなたに言っても仕方がないから!もう寝る!」
その夜ウツラウツラ熟睡できないでいるとき、「おい、呼んだか?」と振袖を着た例の美人が枕元に来ていました。後ろにはまた化け物のように大きな侍が立っていました。
「あ~!よかった!天使さん!来てくれたんだ!」 「ああ、あんたが呼んだんだろう?だから来たんだよ。どう?この着物似合うでしょう?」 「う、うん、似合ってる、ってそうじゃないのよ、うちのパパを助けて。」 「それは無理、助けることはできない、ただ出来るのはこのノートに名前を書いて寿命を入れ替えるだけ。」 「私の寿命ってあとどれくらいあるの?」 「ちょっと待ってね、知らべるから。」と天使は懐から出したスマホを操作して、「え~っと、あんたはねあと42年、ご主人があと37年、どうする?」 「しかしねえ、私の寿命を全部あげてもねえ。」 「うん、分割もできるよ。」 「ねえ、ママの寿命は?」 「お母さん、え~と、あと9年かな。」 「じゃあさ、私の9年分をパパにあげることってできる?」 「うん、出来るけど、あんたご主人より先に死ぬよ、いいの?」 「いいんじゃないかなあ、主人が私を看取ってくれるでしょう?」 「どうかなあ、あんたの旦那、凄くあんたに惚れてるよ。あんたに先立たれたらガックリくるだろうねえ、可愛そうに。」 「そうか、そうだね、あの人私にべったりだからなあ。」 「私にいいアイデアが浮かんだよ、あんたさあ、お姉ちゃんが二人いるじゃん、そのお姉ちゃんと三人で分け合って寿命をお父さんに分けてあげれば?あんたが4年お姉ちゃんが3年と2年、それで丁度9年、お父さんとお母さんが同じ年に逝けるよ。どう?姉妹で相談したら?私やっぱり顔だけじゃなくて頭もいいわ。」 「え!そんなことできるの?」 「うん、出来るよ、ただし全員の合意のもとでね。」 「じゃあ、明日の夜までにお姉ちゃんたちに相談してくるから、明日また来てくれる?」 「まあね、私も忙しいのよね、来れれば来てあげる。」 「絶対に来て!明日私仕事を休んでお姉ちゃんたちに会ってくる。」 「ま、出来るだけ来てあげるから、ガンバ!じゃあね、バイバイ。」

次の日の朝、「ねえ、私これからお姉ちゃんたちと会ってくるから、パパ、私が急用って会社に言っておいて。」 「え~!どうしたの?急に。」 「うん、パパのことでちょっと相談があるの。夕方までには帰って来るから。」 「あ、うん、任せておいて、気をつけてな。」 「うん、ありがとう。」
麗香はすぐに支度をして姉たち二人に連絡を取り新幹線で東京に向かい会ってきました。
姉たちは始め妹が頭がおかしくなったと思いましたが、あまりにも一生懸命話すので、「いいよ、私達の寿命をパパにあげても。長女の私が2年、次女の麗美が3年、麗香が4年、ってことでしょう?」 「うん、そうそう、そうすればパパとママが同じ年に逝けるようになるの。そうでないとパパはあと少しで逝っちゃうから。」

その日の夜、「よ、来たぞ、今日はこの衣装、どう?似合ってる?」と時代劇の町娘の格好で着ました。「う、うん、似合ってる、お願い、ノート早く!」 「慌てなくてもいいよ、話が決まったの?」 「うん、私麗香が4年、長女の麗理が2年、次女麗美が3年で話が決まったから。」 「そう、じゃ、ここに、上にお父さんの名前、+9ね、下に長女の名前-2、次女が-3、あんたが-4、そう書いてちょうだい。それからおでこに当ててお父さんの顔を思い浮かべながら念じるの。いい?じゃ、預かって行くから。明日の朝には結果が出るから。じゃあね、バイバイ。」天使は侍の格好をした悪魔を連れて消えてしまいました。

次の日の昼頃、ママから電話が入り、「パパね!パパ!元気になっちゃった!病気が治ったわけではないけど凄く元気!今、昼ご飯もたくさん食べてるよ!」 「そう、良かった、うん、うん、ママよかったね。」

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