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天使の無駄足

麗香はもう生きるのが嫌になっていました。大学時代から付き合っていた彼氏が、他に彼女が出来てその彼女が妊娠しちゃってそいつと結婚するって言うのよ。
「は~、ふざけるなよ!私は何だったのよ!ただのセフレかよ!」と腹が立って思いきりぶん殴って蹴とばして別れてやった。その後は部屋でやけ酒を飲んでフテ寝。
次の日の朝、仕事も面白くもないし、会社になんか行く気もしないし、風邪ひいたって嘘ついて二日酔いで休んで一日中ゴロゴロしていた。
二日酔いで幻覚が見えたのか、枕元にめっちゃ美人でスタイルが良くて巨乳の20才らいの女性が超ミニスカートを履いて座っていて、「よ、フテ寝か?若いくせに一日中ゴロゴロしてんじゃねえぞ!真面目に働け!」 「うるさいわよ!ほっておいて!あんたに何が分かるのよ!こんな時は寝るのが一番なのよ!」 「ま、他人のことだからどうでもいいけどさ、これ持ってきた。いるか?」 「な、何よ、それ。」 「これ、エクスチェンジ・ノート、あんた知らないの?」 「エクスチェンジ・ノート?何それ?」 「まだ人間界には知れ渡っていないのか?〇ス・ノートの時はすぐに知れ渡って大騒ぎになって政府まで動き出したのになあ、これ、不人気なのかなあ?」 「二日酔いで頭が痛いんだからさ、用事がないならどこかに行ってよ、だってここ私の部屋よ。あんた誰よ、勝手に上がり込んで!」 「ああそうか、自己紹介してなかったっけ、私、天使、神様の使い、格好いいでしょう?」 「はあ?あんたさあ、天使ってもっとかわいくて小さくて白い衣装を着ていて羽があってリングがあって・・・。」 「あんた、そりゃあ古い!あんたさあ、その天使っていつの時代?何百年も前の話じゃん、このデジタルの時代にそんな天使誰が喜んでする?恥ずかしくて外を歩けないよ、今時。今はね天使も自分の好きな格好が出来るの!その時の気分で、その時の雰囲気で選んで、衣装を楽しむ時代よ。嫌になっちゃうなあ、そういうあんたの固定観念がダメなんだよ。だから彼氏に振られるんだよ。」 「うるさいわね!出て行ってよ!人の不幸をそうやって茶化しに来たの?天使のくせに!」 「ごめん、傷ついた?私さあ、この顔でこのスタイルでしょう?男を振ることはあっても振られた経験がないからさ、ごめん。」 「余計なお世話よ!自慢話をしに来たのか!くそ!出ていけ!」 「ごめん、ごめん、そうじゃないのよ、あんたに大切な用事があるのよ。さっきも言ったでしょう、エクスチェンジ・ノート、これ使って。」「だから何よそのノート。」 「ゆっくり説明するわよ。よく聞いてね。これはノートに書いた人の寿命を入れ替えることが出来るノート。寿命を入れ替えちゃうの。例えば、Aと言う人がもっと長生きしてほしいのに明日死ぬ運命だとするでしょう、でも死んでほしくない、Bと言う早く死んでほしいと思っている奴がいる、そいつはこれからまだ50年くらい寿命がある。あんたならどうしたい?」 「そりゃあAさんに長生きしてほしいからBさんと代わって欲しいわよ。」 「でしょう?それが出来るの、このノートは。すごいでしょう?これ、自慢じゃないけど私が考えて神様にお願いして作ってもらったの、人間のために。ほら昔、映画にもなったけど〇ス・ノートってあったじゃん、あれってノートに書かれた人間が死ぬだけでしょう?だからあの世は大変だったのよ、たくさん死んで天国も地獄も準備が追い付かずに待たされる人が凄くてさ行列が凄かったのよ。で、あれはすぐに没になったの。あれはさ私の彼、悪魔だけどさ、それが閻魔さんに頼んで作ったやつ、大失敗よね、あれは。今度は私がアイデアを出して神様に頼んで作ったから大丈夫よ。死ぬ人間の数は変わらないから天国も地獄も割と落ち着いているわ、ま、地獄が少し忙しいらしいけど。それは少しぐらいはさ、善人と悪人のバランスが崩れちゃうから仕方がないよね。で、あんたこれ使ってみる?ほら誰か長生きしてほしいのに早く死んでしまいそうな人が近くにいない?早く死んでほしいのに長生きしそうなやつとかいない?これ使うと入れ替えが簡単にできるよ、どう?」 「ふ~ん、本当なの?それ?なんか怪しいけどなあ。」 「あ、疑うの?せっかく私があんたが必要じゃないかなあって思って持ってきたんだけど、いらないなら他に回すわよ。」 「まあね、今の所・・・。でもなあ、私を振ったあいつ殺してやりたいくらいだけど、子供が出来るしなあ、子供が可哀そうだしなあ。まあ、もう死んでもいいのは私ぐらいよ。なんの楽しみもないし、これから先、生きていても・・・。」 「あんたさあ、そんなに自分を卑下するもんじゃないよ、生きていればいくらでも楽しいことはあるよ。死んだらそれでおしまいだよ。先はないんだよ。今辛いこととかも後から考えたら人生の何かの役には立ってくるんだよ。苦労知らずに育った奴なんてろくな死に方しないよ。ひょっとしたら明日また新しい彼が出来るかもしれないし、会社でも認められて昇進するかもしれないし、将来明るい家庭を築いて、子供が出来て孫が生まれて・・・。それは生きているからやってくるかもしれないんだよ。死んでしまえばそれっきり、もったいなくない?そんな未来が来るかもしれないのに。」 「まあね、こんな私でも好きって言ってくれる人が昨日まではいたんだけど、これからまた現れるかもしれないけどね。」 「そうそう、そこ。将来は誰にも分からないの。私なんかさ、この仕事ずっとしているよ、もう何千年も。まあ面倒くさいこともあったけどさ、それはそれ、結構楽しいよ。」 「そうだね、じゃあ今回はそれパスするわ。また明日から頑張ってみるわ。」 「そう?いい?じゃあ、他に回すわ。また必要になったら頭で私を念じて見て、私が暇だったら来てあげる。じゃあね、ま、くれぐれも無理はしないようにね。じゃあね、バイバイ。」 「うん、ありがとう。バイバイ。」
目が覚めた時、まだ頭痛がして気分が悪くて吐きそうだった。あれは夢?と思いながらキッチンでコップに水を入れて飲んでから、ソファーに座って、「まあね、あんな奴くれてやるわ。そのうちにまた彼氏ぐらい出来るでしょう。仕事だってもともと好きな仕事だから、ただなかなか報われないだけよ。また明日から頑張ってみるか。今日はもう寝よう、頭が痛いわ。」とまたお風呂も入らず寝てしまいました。
次の日目が覚めるとまだ夜が明けていませんでしたので、シャワーだけでも浴びようと起き上がると、枕元にメモ紙が一枚、「あんたの寿命はあと50年以上あるんだからね、変なことは考えないで、のんびり生きていくのが一番よ。どうしても彼氏が欲しいなら、私が気のいい悪魔の一人でも紹介しようか?」 「悪魔なんか紹介してほしくないわ!」と笑いながらメモをゴミ箱へ捨てました。

会社に行く途中電車に揺られていると、前に背の高い格好のいい男性が立っていてこちらをチラチラ見てきました。会社の最寄り駅で降りるとその人もおりてきて同じ方向に歩いてきます。「な、何?何か用事?怖いんだけど。」と思っていると、「あのう、すいません、データセンターの井上麗香さんですよね。僕、第二営業部の下川と言います。」 「はあ、井上ですけど、何か御用ですか。」 「はい!もしよろしかったら今日の夕方、僕と食事に付き合っていただけませんか?」 「え~!」 「ぼ、僕、入社した時からあなたのこと・・・。すいません、ダメだったらいいんです。僕のような男はダメですよね。」 「え~!いえ!喜んで!」 「え~!本当ですか!嘘じゃないですよね!あぁ~!よかった、ぼ、ぼ、僕、・・・、すいません、あまり嬉しくて泣いてしまいそうです。夕方、正面玄関で待っています。楽しみにしています。」 「はい、私も。」
下川さんは口笛を吹きスキップをしながら会社の方へ行ってしまいました。「やっぱりあの天使の言った通り、未来はどうなるのか分からないわ、本当に。さて今日も頑張るか。」と麗香は思いながら職場に入って行きました。

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