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老々・・・

私の主人は70をすぎて少ししたころ脳梗塞で倒れ、その後二年ほど車いす生活をしています。
私たち夫婦は結婚後しばらくして主人が一人で工務店を開き建設会社の下請けで仕事をしてきました。まあ、昔の人ですから老後の年金のことなんか考える暇もなく、国民年金だけを収めて働き続けてきました。子供もできず、夫婦二人だけでつつましく生きてきたんですけど、老後は国民年金だけで充分食べて行けると思っていたんですよねえ、あのころは。
ところが主人が脳梗塞で働けなくなってしまうと、仕事での収入がなくなって二人の年金なんてお小遣い程度しか貰えないんですよね。それに今住んでいる家ももう随分前に主人が建てた家だからあちこち痛みが出てきて・・・。
主人は脳梗塞の後遺症で下半身不随になってしまうし、私もこの歳で働ける所なんてなかなか見つからないし、これから先私たちの生活はどうなっていくんでしょうかねえ、本当に心配で夜も眠れませんよ。本当は主人を24時間介護してくれる施設に入ってもらうのが一番なんでしょうが、説明を聞きに行くと保証金やなにやら最初に出費がかなりいるようで・・・。仕方がないので家で私が一人で主人の世話をしながら、デイケアサービスを利用して介護士さんに来てもらっています。
主人が倒れてからは主人が家に居るのでパートで働きに行くこともできず、今まで主人が頑張って働いてくれていた時に少しづつためていた貯金を取り崩す生活が続いていました。そして主人も脳梗塞からくる後遺症から少し認知症も出始め、はっきり言って、いつまでもこの生活が続けられるはずはなく「いつかは限界が来るのだろうなあ。」とうすうす頭をよぎっていました。限界が来る前に主人と二人自分たちで一思いに・・・、と最近は考えることもしばしばあります。
そんなことを思いながら主人と二人布団を並べ寝ている時に、私の頭を誰かがトントンとつついて起こしてきました。「だ、だれ?」と思い目を開けると私の頭の上に綺麗な20才くらいの女性が可愛いメイドさんのような服を着て、ニコッと笑って座っていました。「どちらさまですか?こんな夜中に。」 「おばあちゃん、私天使よ。よろしくね。かわいいでしょう?」私はどうせ夢の中なんだろうなと思いながら、「は?天使?天使ってそんな恰好はしていないでしょう?」 「おばあちゃん、古いよ、そう言う固定観念は。現代はね、天使や悪魔も自分の衣装は自分で決める権利が与えられたのよ。ほら、私の後ろの悪魔だって黒いやぼったい服は着ていないでしょう?」 と言うので女性の後ろにいる凄く怖い顔をした巨人のような人を見るとサラリーマンのようなスーツを着ていました。「あ、悪魔?確かに顔は怖いし体もでかいけど、普通のサラリーマンの格好をしているよ。」 「そう、メイド喫茶に来たお客さんって言う設定よ。どう?私達似合っているでしょう?」 「はあ、ところで天使さんと悪魔さんが私に何か御用ですか?」 「そうそう、実はねおばあちゃん、おじいちゃん、覚悟はできていると思うけどもう長くはないのよね。でもおばあちゃんはこの先まだまだ長生きするのよ。98才くらいまで。それでおばあちゃん、生活は大変かもしれないけどできればおじいちゃんと一緒に逝きたいでしょう?」 「そりゃあそうよ、この人と連れ添ってもう45年以上よ。ずっと一緒に生きてきて、死ぬときは一緒にって思っているわ。」 「ね、それでねおばあちゃん、おばあちゃんの寿命はまだ30年ほどあるからそれを半分だけおじいちゃんに分けてあげる気はないかな?どう?」 「そんな都合のいいことが出来るわけがないじゃない。」 「おばあちゃん、それができるの。私がね神様にお願いして作ったの、エクスチェンジ・ノートって言うのを。それを使うとね、寿命を入れ替えたり、分け合ったりできるの、どう?凄いでしょう?」 「天使さん、私が年寄りだと思って騙そうとしているんでしょう?悪い天使さんね。」 「天使が嘘をつく訳ないじゃない。おばあちゃん、苦労してきたから人を信用できなくなってきているの?」 「そうかもしれないねえ、おじいちゃんと二人子供もできず細々と生きてきたからねえ、ごめんね天使さん。」 「うん、それはいいのよ、問題はおじいちゃんとこれからも二人で一緒に生きて行って欲しいのよ、私は。」 「天使さん、あんた優しい人だね。」 「あ、私、人じゃないよ、天使。で、おばあちゃん、どうする?自分の寿命を半分だけおじいちゃんと分け合わない?」 「うん、うん、分けちゃう、あげちゃう!私これからもおじいちゃんと一緒に生きていきたいもの。」 「よし、決まったね。じゃあ、おばあちゃん、このノートに上の方におじいちゃんの名前、下におばあちゃんの名前、それからおじいちゃんの横に+15、おばあちゃんの名前の横に-15って書いて。それをおでこに当てて念じるの「神様よろしくお願いします。」って。それを私が神様の所に持って行ってあげる。明日の朝、目が覚めた時には結果が出てるからね、おじいちゃん少しは元気になっているから、これからも二人で仲良く生きていってね、おばあちゃん。変なこと考えたりしたらダメよ、いい?残りの人生楽しんで生きてね。じゃあね、私これから神様のところに行くから、バイバイ。」と怖い顔をした巨人と美人でスタイルのいいメイドさんは消えてしまいました。

次の日の朝、おばあさんが目を覚ますと隣ではおじいさんがスヤスヤと眠っていました。起き上がりトイレに行こうと立ち上がると、おじいさんが目を開けて、「冨士江、もう起きたのか?こっちに来てくれ、布団に入っておいで、久しぶりに抱き合おうよ。」 「え!あなた!正気?」 「うん、なぜか今朝は気持ちが良くて、お前を久しぶりに抱きたくなった。おまけに今まで痺れていた足が動かせるんだ。それにあそこも、ほら。おいで、冨士江。」 「あ、あなた!スケベ!」とお婆さんは笑いながら裸になっておじいさんの布団に潜り込んでいきました。

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