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うまくいったはずなのに敗北感があるのはなぜ?-勝者の呪い

<問題です>

以下のAさんの問題は何か。

AさんはPCを前に、あるオークションサイトで、気にいったバッグに入札中である(このオークションサイトはいくつかのサイトをモデルにした架空のものです)。

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「もうすぐ残り時間1分。あと1分たてばこのバッグは私のもの。中古とはいえこのブランド品が1万円で買えたら安いものだわ。

あっ、誰か高値更新しちゃった。1万5000円か。このサイト、高値更新されると自動的に残り時間が3分になるのよね。さて、どうしよう。お給料も出たばかりだから、1万5500円でいこう。あっ、またすぐ高値更新されちゃった。1万6000円か。たぶん、向こうは自動高値更新設定にしているのね。どうしようかな。でも、このバッグなら、2万円までなら出してもいいわね。2万円で入札しちゃえ。

だめだ、今度は高値が2万500円になっちゃった。むこうは2万5000円くらいを上限にしてるのかな。うーん。どうしよう。本当は2万円くらいまでで買いたかったな。でも、このチャンスを逃すと後悔しそうだし。ここは度胸を決めて2万5500円でどうだ。あっ、また2万6000円になった。ほんとにどうしよう。欲しいバッグだしなあ。3万円でどうだ!ああ、ダメ、今度は3万500円に更新されちゃったわ」

そして十数分後。高値更新合戦の末、ようやくAさんがこのバッグを落札した。

「何とか4万6000円で落札できたわ。ようやく向こうも根負けしたみたいね。でも、何だか嬉しいような嬉しくないような・・・」

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<解答です>

今回の落とし穴は、「勝者の呪い」です。英語ではWinner'sCurseといいます。「勝者の呪い」はさまざまなバリエーションの使われ方をする言葉ですが、オークションでは、落札に最後までこだわった人間が、当初予定していた以上の高値で落札してしまった場合に用います。オークション(競り)というゲームには勝ったものの、本来感じていた価値以上のお金を支払わざるを得ない状況です。

交渉成立でも感じる敗北感

ちなみに、ネゴシエーションでは、最初に提示した条件を相手があっさり了承した場合などにも、「勝者の呪い」という言葉を用いることがあります。たとえば家賃交渉をする際に、落とし所を18万くらいに想定していた借主が、最初の提示価格として16万円と言った時に、交渉相手である大家が「それでOKです」とすぐに交渉が妥結するようなケースです。

借り手としては、落とし所を18万円と想定していたのですから、16万円で妥結したなら決して悪くはないはずなのですが、「実は大家はもっと安い価格でもOKと言ったのではないだろうか。最初にもっと安い値段を提示すればよかった」と感じてしまい、敗北感にも似た感覚を持ってしまうのです。

話をオークションに戻しましょう。今回は比較的少額の個人オークションを取り上げましたが、オークションはこうしたシンプルなケースにとどまるものだけではなく、数十億円単位に上る企業や事業の買収、ビジネスの入札、あるいは人材の引き抜きなど、多岐にわたる応用範囲があります。その際に、値付けを始め適切な行動をとることは、経営上非常に重要な意味を持ちます。

今回のケースでは、Aさんは、本来、このバッグに2万円までは出していいと感じていたのですから、2万円まで応札することは特段問題はありません。問題はその後です。そこで降りていればよかったのに、気がつくと、落札はしたものの、4万6000円を支払うはめになってしまいました。まさに、本来Aさんが感じていた価値以上のお金を支払わざるを得ない状況になってしまったのです。

実験:ガラス瓶いっぱいの効果にいくら出す?

オークションにおいては、この「落札した方が負け」という現象がよく起こります。それを典型的に示すのが、マックス・ベイザーマンらの実験です。この実験では、ガラス瓶に硬貨を一杯入れ、その金額を推定させながら、これを競争入札のオークションにかけます。

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ボストン大学のMBAの学生達を対象にした数十回の実験では、瓶の実際の中身が8ドルであったのに対して、推定値平均は5.13ドルでした。しかし驚くべきは、その平均の落札価格が10.01ドルだったことです。つまり、最終落札額は、学生たちの平均推定値のほぼ倍だったのです。

このような事態が起こる原因としては、「勝つことにこだわる」というバイアスに捉われてしまうこと、さらには、そうした状況下で落札する対象物の本当の経済価値に関して情報が不足しているときには楽観的な評価をしがちであることなどが指摘されています。実際、様々な調査によると、企業買収やスポーツ選手の獲得などの場面において、往々にしてこの現象が発生し、買収者は高値づかみをしやすいということが報告されています。

勝とうとするバイアスに捉われない

なお、ゲーム理論に基づけば、今回のような値段が上がっていくタイプのオークション(これをイングリッシュ・オークションといいます)の場合は、「自分が出してもいいと思う最高額までは応札をし、その額を超えた瞬間にオークションから降りる」のが最善の戦略とされています。聞いてみれば当たり前のことですが、それがなかなかできないのです。経営者から、「絶対に負けないように」などという指示が出ている場合には、ますますその傾向は強くなります。

いずれにせよ、オークションに参加する本来の目的は、「落札する」ことそのものではなく、「適切な価格の範囲内での落札」です。目的を取り違えてはいけません。そして、そのためには、勝とうとするバイアスに捉われないよう意識しつつ、事前にしっかりと対象物の価値を見定め、限度額を決めておくことが必要なのです。

執筆者:嶋田毅 グロービス電子出版発行人 兼 編集長、出版局 編集長
*本記事はGLOBIS知見録「カイゼン思考力」から転載しています。