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#017 F1サーキットにて(12)イタリアGP

 モンツァには、ミラノから通うことにして、ミラノ中央駅のすぐそばの安ホテルに投宿した。ホテルの前の公道上に設けられた駐車場に車を停め、ラジオを外してホテルに持ち込んだ(車上荒らしが、まず持っていくのがラジオと聞いていたので)。
 日本から戻ったもう一人の記者とカメラマンを伴って、サーキットの下見を済ますと、車で北上、コモ湖を目指した。

 ミラノの北方には、湖水地方と言われるたくさんの湖に囲まれた土地があって、大都会ミラノから通うよりも、同じ時間で、緑と水に恵まれた風光明媚なこの地方から通うことができるということを読者にも知ってもらいたいと思っていたからだ。

 湖水地方の代表的な湖は、コモ湖とガルダ湖、マッジョーレ湖、オルタ湖の4つがある。サーキットにいちばん近いのがコモ湖だ。
 モンツァから40分あまり走ると、右手に青い湖が見えてくると、そこがコモ湖の最南端の町レッコ。ここからだと電車でモンツァまで約1時間、急行に乗れば35分で行くことができる。湖畔をしばらく走ると、湖に突き出たベッラージオの町に出る。そこからコモの町までが瀟洒な別荘がどこまでも続くイタリアきっての避暑地。スタンダールの『パルムの僧院』の舞台となった土地だ。このコモからモンツァまでも、普通電車でなら50分、急行で30分で行けるから、十分にグランプリ観戦の拠点となる。ミラノでショッピングを楽しみながら、電車とバスを乗り継いで通うモンツァもいいのだが、こうした避暑地の宿から通うグランプリもいいものだと思う。

 スパ(ベルギーGP)も、走破してきたスイスにも、もう秋の気配が漂いはじめていたが、モンツァは太陽がぎらぎらと照り付ける夏の真っ盛り。地元フェラーリファンの熱狂の中、決勝では、フェラーリのプロストをマクラーレンのセナが押さえて、シーズン6勝目をあげて、タイトルに一歩近づいたのだが、実はこのレースを私はスタートの3周しか見ていない。

 イタリアGPでいちばん困ったことは、決勝レースのスタートは他とは違って、1時間遅い午後3時ということだった。レースが終われば5時になる。それから空港に向かったのでは、日本への最終便に間に合わない。
 決勝レースがスタートし、5周したら切り上げて、カメラマンからフィルムを受け取り、空港に向かうことにしていた。ところが、スタート直後にロータスのワーウィックがクラッシュして赤旗中断。時間はどんどん進んでいく。再スタートしたのは3時半になってしまった。
 それでも、決勝レースの写真を持たずに帰るわけにはいかない。なんとか3周するだけ待って、フィルムを受け取り、コースサイドから出ようとすると、そこは観客席があるからレース終了までは開けられないと言う。いくら時間がないから開けてくれと頼んでも、規則で開けられないの一点張りだ。ブラジルGPの折、いつもペンチを持ち歩いていると行ったあるあるカメラマンを思い出した。しかたがないので、コースサイドを歩いてホームスタンド前まで戻り、サーキットの外に出たときには4時を回っていた。

 モンツァの駅に向かって歩きながら、振り向いても振り向いてもタクシーがやってきる気配はない。歩くしかないのだが、普通に歩いたら1時間の距離なので、どう計算しても、そこからミラノに出てバスに乗ったのでは間に合わない。しかし、とにもかくにも駅まで出なければ話にならない。肩に食い込むリュックの重量を軽くするために、知人のブラジル人からおみやげにと渡されたワインのボトルを2本捨て、いっしょにイタリアのガイドブック2冊も捨てて、歩き続けた。
 半分ほど歩いたとき、やっとタクシーが来たので乗り込むと、その女性ドライバーは高速に乗ったあと、30分あれば十分着きますよと太鼓判を押してくれた。
 ところが20分くらい走ったところで突然、高速の出口を出てしまったのだ。どうも間違ってしまったようだから元の所まで戻ってもいいか、と言う。”戻ってもいいかって、そんなこと聞かないでくれよ、運転手はこっちじゃないのだから”。叫びたかったが、ここで怒ってもしかたがない。頑張って空港まで行ってもらうしかない。ぐっとこらえて黙っていた。