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『言い訳』は、禁じ手。・・・誠意や謝罪、猛省の濃度を一気に薄め、墓穴を掘ることになる。

 『違法行為』に手を染め、それを全面認めるのは当然のことであるが、そこには『誠意』と『謝罪』、『猛省』が大前提となる。

 ところが、折角『猛省』の意思表示をしていたとしても、あちこちで『言い訳』が飛び出すと、その『誠意』と『謝罪』、『猛省』は濃度が一気に薄まってしまう。時には『言い訳』により墓穴を掘ることにも成りかねない。

 以下は、実話である。

 或る人物Aに事実確認をしたところ、全く『誠意』を示すこともなく、『違法行為』に至った人物Bを幇助する動きに転じたことがあった。その『言い訳』は、「契約しておらず、何も関与していないし、人物Bへ直接聞いてもらいたい。」とさっさと逃げてしまった。

 その当時、人物Aが事の重大さを理解し、『誠意』をもって動き『謝罪』と『猛省』があったならば、事件にまで発展するはずはなかった。ところが、弁護士を立てて、知らぬ存ぜぬの『無視』を貫き通し、逃げに転じた。結果的に、『違法行為』に至った人物Bだけがお縄になった。

 人物Bはお人好しでユニークな人間であり、根っからの悪人ではない。しかし、その人物Bとのブリッジ役が人物Aであったが、自分には全く関係のない事だから、人物Bに直接聞けと言いながらも、水面下では『隠蔽工作』に関与していた疑いがある。

 今でも、人物Aは表に出ることもなく、周囲の目を人物Bに向けさせているように思えてならない。人物Aは初手から全ての流れを把握していた訳で、人物Bの『違法行為』の程度であれば無視してもお縄になる心配なく、何も事件にならないと高を括っていたに違いない。

 稚拙な素人判断で、自らの挙動を一方的に正当化するのだから、人物Aの『厚顔無恥』さには驚愕ものである。もし、日頃から人物Aが人物Bを大切に思っているのであれば、『違法行為』を人物Bに全てを覆い被せるものではないと考える次第。

 人物Bの『違法行為』に至った経緯の中で、人物Aにも責任があることを認め、人物Bを擁護するのであれば、人間らしさが伺える。しかし、以前から『言い訳』を自由自在に操る人間であることは知り得ていたので、案の定、学習能力に欠ける人物Aは、また同じように愚行を繰り返してしまった。

 『言い訳』を連発したとしても、誰にとっても生産性は皆無である。逆に、それまでの『誠意』や『謝罪』、『猛省』の濃度を一気に薄めてしまい、人物Aは、心無い人物としてレッテルを貼られ、嫌疑が掛けられる可能性も無きにしも非ず。

 そもそも、一般的に、妙なプライドに包まれた人物というものは、兎に角『言い訳』が多い。それも、自分の『正当化』ため、『虚栄』のため、『上から目線』のために、性懲りも無く『言い訳』を連発する訳だ。『さもしさ』だけが伝わる人生観と言っても過言ではない。

 何事においても、『言い訳』は禁じ手。『言い訳』を連発すると、必ず墓穴を掘ることになり、人として『恥ずかしさの境界線』を逸脱するだけの話となる。『法の無知』なる『違法行為』は、大の大人として『言い訳』にもなり得ないのである。

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