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おく山に~「百首正解」より

百人一首第五首目、猿丸大夫の歌の解釈を、山口志道の「百首正解」をもとに、口語訳していきます。

おく山にもみぢふみわけ鳴鹿の聲きくときぞ秋はかなしき

古今集秋 是貞親王の家の歌合せの歌。読み人知らずと有り。

奥山にという「に」の辞は、一首の躰を宰る格である。田子の浦に、の「に」と同じ。

「もみぢ」のこと頭書に言う。ここは枯れた落ち葉のことである。

一首の心は。
秋は総て物悲しいものであるが、奥山で木々の紅葉が落ちているのを踏みしめながら、鹿が鳴いている声を聞くときは、なお一層秋は悲しく感じられるという歌の心である。

秋の寂しい感情を言い尽くした歌である。

この歌を、奥山にいる鹿が落ち葉を踏みしめながら鳴いている声を聞いたと捉えるのは間違っている。

初めの五文字(おく山に)に「に」の辞(てにをは)を置いて、聞く場所を定めているのである。
そこから、「紅葉踏み分け鳴く鹿の聲聞くときぞ」という「ぞ」までは、詞は切れない。

聞いているのは私である。鳴いているのは鹿である。

声を聞いただけで、鹿が落ち葉を踏んで鳴いているということが分かるであろうか、いや分からない。

歌は、自他躰用(はたらき)の区別こそが肝要である。しかしながら、近頃の人の説には、歌は詞を文章のように読むものであって、

万葉集に「春の野に あさるきぎすの 妻恋に 己が辺りを 人に知れつつ(春の野に餌を求めて動き回っている雉が、妻恋をして鳴いているので、自分の居場所を人に知られてしまいます。大伴家持 歌)」

また、6帖に「秋萩にしがらみかけて鳴く鹿の聲聞きつつや山田もるらむ(秋萩の茂みに絡みついたため鳴いている鹿の声を聴きながら、私は田んぼの仕事をしているよ)」とある。これらと同じことで、鹿が紅葉を踏んでいると言われたのは間違っている。

雉(古名はキギス)は餌を食べるときに鳴く鳥である。だから人に気付かれてしまう。殊にこの歌(春の野に…)は、我が妻を思っているのを雉(きぎす)に喩えた歌で、全くの雉の歌ではない。
求食(あさり)のことは「頭書」に詳しい。

また、鹿が萩に絡むことはよくあることだ。萩を鹿の妻ということもある。

この歌も全くの鹿の歌ではない。鹿が萩に絡みついていて、妻を恋う声を聞きつつ田を耕しているのだろうかということで、疑いの言葉である。田を耕す人に対して詠んだ歌で、この奥山に紅葉を踏むとは別である。

殊に鹿が落ち葉を踏んで鳴いているらしいと推量をして、その声を聴くのこそ秋はかなしいと言う。このように鹿が落ち葉を踏んで鳴くそうだなどと推量して聞くならば、よくあることで、珍しくないことである。そうであるならば、「(鹿の鳴き声を)聴くときこそ 秋は悲しき」と読む意味はない。

奥山にという「に」のテニヲハのうち木の葉も散ってしまうような心が自らの内部に起こり、奥山で(鹿の)声を聞くことによって、秋の悲しさが感じられる。これで一首の歌となる。

鹿が奥山で紅葉を踏んで鳴くそうだと推量したところで、自分がどんなところで聞いたら悲しいだろうか、(そんな歌は)一首をなさない。

人の住む里から遠く離れた深い山に、散り敷いた紅葉を踏み分けて鳴く鹿の聲を聞くと、秋がなお一層悲しく感じられる

これが一般的な猿丸太夫の歌の解釈です。

ところが、山口志道は鹿が落ち葉を踏んで鳴く声を聞くと秋が悲しく感じられるなどとありきたりな歌は詠む意味がない、と言うのです。

猿丸太夫は奥山に棲んでいて(結果紅葉の落ち葉を踏むのは自身)、妻に対する恋慕の情が鹿の鳴き声で呼び起こされたと詠んでいたと解釈しています。

ところで、先日猿丸太夫は柿本人麻呂であるという説があると聞きました。
柿本人麻呂の歌は「3あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」雌雄が互いに山を隔てて寝るその一人寝の寂しさを歌った歌を詠んでいます。

「奥山に」の歌も、奥山に棲む自分に落葉のような(妻を恋う)寂しい心が起こり、秋の悲しさが感じられる歌とあり、両歌の心は共通していることが分かります。百人一首の絵札を見ても、どことなく二人は似せて描かれているようにも感じます。

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