無駄

ある人がいった。「無駄をやってみればいい」と。

「無駄なことをやった先に自分の知らなかった世界が見える、そしてそこに出会いがある」

無駄なことは生活に必要なこと以外ではないだろうか。食べる、寝る、仕事をする、それ以外。そうなったら、自分の生きている世界はもしかして無駄だらけなのではないか、とも感じた。でもその「無駄」はむしろ自分自身を保つために必要なことでもあって、それは「無駄」ではなくなる。

一つひとつの行動に、私はふと自分の感覚が止まったように考えてみることにした。その日、私はどうしても美味しいパンが食べたくなって、駅近くのパン屋さんに散歩がてらいこうと思い立った。そしてそのパンを外で食べたくなった。パンを買った帰り道にベンチがあるちょっとした広場のようなとこに寄り道して、考えた。この行動自体はもしかしたら無駄なことなのかもしれない、と。それでも、その広場に咲いている花を見たり草木を見て、美味しいパンを食べてコーヒーを飲んで、私はささやかな幸せを感じている。無駄は無駄ではなくなっているな、と。

人生はもしかしらら無駄でできているのかもしれない。そして、無駄は意味を成し、幸せをもたらすのだと感じた。





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