音楽の話:シューマン、美しき五月、歌曲

5月も中旬になりました。

5月に聴きたい曲、それは何と言ってもロベルト・シューマン≪詩人の恋≫です。『美しき5月、僕は恋に落ちた』で始まる連作歌曲集です。


ロベルトの妻は19世紀の大スター・ピアニスト、クララです。2人の結婚はクララの父フリートリヒ・ヴィークの大反対にあいました。その争いは熾烈激烈を極めるものでしたが、結局、ロベルトは裁判で勝ち、1840年、2人は結婚しました(このいきさつについては多くの書籍や映画があります)。

結婚が現実のものとなったロベルトは、1840年3月から7月まで、それまで「程度が低い」と評していた多くの歌曲の作曲に没頭、音楽史上に残る大傑作を残しています。有名な連作歌曲集、≪リーダークライス≫、≪ミルテの花≫、≪女の愛と生涯≫、≪詩人の恋≫です。

この1840年を『歌曲の年』と呼びますが、中でも5月に多くを作曲しており、『歌曲の月』と呼ぶべきかもしれません。

≪詩人の恋≫の詞はハインリヒ・ハイネによるものです。全16曲ですが、詩人が恋の喜びを歌うのは最初の6曲だけ、残りは「ひどい女に失恋した苦しみ」を歌う、という可哀相な(?)詩人です。


もう何年も前の5月、ペーター・シュライヤーがアンドラーシュ・シフのピアノで≪詩人の恋≫を歌うリーダーアーベント(歌曲の夕べ)に出かけたことがあります。詩人の世界の扉を開ける、シフのピアノの第一音と拡がりはいまだに強く心と耳に焼き付いています。

しかし、近年、芸術歌曲のメッカ、ドイツでもリーダーアーベントが少なくなりました。歌手とピア二ストの勉強と負担はとてつもなく大きい、客は入らない、というのが理由でしょう。

コロナ時代、大編成のオーケストラによるコンサートの再開はいまだ先が見えません。しかし、リーダーアーベントは歌手とピアノだけです。もともとソーシャル・ディスタンスをとっています。この機会に、心に直接響く歌を聴きたい、そう思う5月です。


ところで、階下に住む一家から、スキーで2週間ほど留守にする間、植物の水やりを頼まれたことがあります。その中に、小さい草のようなものがありました。ヘレナという6歳の娘が幼稚園でもらった種を大事に育てていたもので、『魔法の草』という名前でした。あまりにも、か細いので、枯らさないよう、ひどく気を使いました(星の王子様のような気分でした)。一家が帰宅、『魔法の草』は無事でした。

ある日、ヘレナに呼ばれました。「『魔法の草』の水やりのお礼がしたい」というのです。

お礼は・・・ヘレナの歌でした。ピアノの前に、私のために椅子を運んだヘレナが、ママのピアノで歌ったのは、シューマン≪ミルテの花≫の第一曲≪献呈≫でした。「まだうまく歌えないけど、この曲、聴いてほしかったの」というヘレナの歌と言葉にとても感動しました。


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