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キャッシュディスペンサーじゃない

「俺はキャッシュディスペンサーか」
随分と前に、私と子供たちが夫にいわれた言葉。そんな風に考えたこともなかったから驚いた。
我が家は、結婚以来ずっと夫婦の財布は別々で、夫からの生活費はない。私の収入で生活をやりくりして、子供4人を育てていた。
夫の収入は全て夫の管理で、何にいくら使っているかはわからない。この生活が成り立っていたのは、通常想定される家計の出費以外のイレギュラーを夫が賄うという条件のもとだった。
しかし、この言葉を言われて以来、私は金銭的に夫を頼るのをやめた。家電が壊れようが、家の修繕が必要だろうが、全て自分でやりくりした。社会人になった子供たちもそれぞれ可能な限り協力もしてくれたので、困らない程度に生活できる。

旅館を経営をしている我が家で、夫は社長、私は総務部長兼女将という立場だ。そうはいっても、従業員50人程度の中小企業。
私の仕事は早朝に始まり、深夜に終わる。日中は2時間ほど自由な時間があり、そこを活用して家事をしていた。子供たちが高校へ進学して、お弁当生活が始まると、私の睡眠時間は2〜3時間ほど。この生活はおよそ13年間続いた。
夫は地域活動に熱心で、日中職場に顔を出し、夕方からはほぼ毎日外出、深夜に帰宅した。生活時間が全く違うこともあり、私と夫は別々に部屋を持つ、家庭内別居だ。夫の部屋は開けない約束のため、「掃除して」と言われない限り、私は夫の部屋に入らない。

末の娘がハタチになった時、夫と私と末っ子の3人で京都へ3泊4日の旅行をしたことがあった。元々は、末っ子と私の2人旅の予定で立てた計画のため、交通費と現地での観光費用は私が支払い、宿泊費は夫が支払った。その割当てに多少の不満があったが、末っ子のハタチの記念だからと思い我慢した。
旅先で、末っ子と2人記念になればと、お揃いのかんざしとお香立てを買った。
土産物屋で、留守番をしている上の子3人にお土産をと、末っ子と私が品定めをして、買い物カゴにそこそこ詰めた。会計に並んでいると、末っ子が夫を呼びに行き、程なくして、末っ子に腕を引っ張られながら、夫が渋々こちらへやってきた。私の顔を見るなり吐いた言葉がそれだ。
「俺はキャッシュディスペンサーか」
そんなことわかってる、当然だ。私は「は?」となり、夫はもう一度同じ言葉を吐いた。
「俺はキャッシュディスペンサーじゃない」
「会計は自分でするので結構です」
顔を見ずに答えた私の言葉に、満足げな笑みを浮かべ、夫は先に店を出た。

話を本題に戻します。
すっかりきれいに片付けたキッチンへ、部屋に溜め込んだグラスやカップを置く。寝る前に翌日のお弁当用に下ごしらえを済ませると、冷蔵庫を家探しして何かしら食べ始める。
洗濯物をかけた数分後に洗濯カゴに脱ぎっぱなしの服を投げ込む。トイレ掃除を終えると、待ち構えていたようにトイレに駆け込み汚す。
嫌がらせか?と思うほど絶妙なタイミング。
そんな夫に言いたい。
「私は家政婦でもロボットでもない」
かつて夫が私に投げた「キャッシュディスペンサー」よりも、役割が多いではないか。
キッチンへ出せば勝手に食器がきれいになるわけではない。洗濯カゴに投げられたそれは、洗濯機が勝手に洗ってくれるわけではない。
家事の全てが自動で終わるのではなく、そこには人の労働があって成り立つのだ。
夫はそれに気付いていないから、何度言ってもやる。三行半を突きつけても一向に変わらない。
あと2ヶ月で結婚から33年目を迎えるが、このまま静かに夫が死んでくれるのを待つという、どんよりした人生も如何なものかと思う。
そういう自分のことが度々嫌になる。
ギャフンと言わせる大胆な何かを、ぼちぼち始めてみようかな。

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