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たった一度でも誰かの役に立てたなら

本業とは別に、月に2~4回程度住宅展示場にアルバイトへ出かける私。

本業では、会社役員として夫の経営を支え、経理と総務と人事を受け持つ立場から、私は日頃、従業員の様子と生産性を特に意識しています。従業員の心や身体の健康は、生産性に直結しますから、直属の部下の手を借り、常に会社全体を見渡すよう努めています。

そんな私が、とある住宅展示場の求人広告を見つけたのが半年前のこと。何故そこに応募しようと思ったのか、はっきりと記憶していないですが、私は自ら動いて応募した。特別お金に困ってとか、転職希望とか、そういったものではないけれど、ただその会社で働いてみたいと。

『○○歳まで』の表記がなかったので、50半ばの私は、その衝動のままエントリーし、翌々日に採用担当者から面接日程の電話かかかってきました。

住宅メーカーさんの優しさで、年齢の壁を難なく超えることができ、面接翌週から週末には本業の仕事着である着物からふんわりスカートの普段着に着替え、住宅展示場の受付を始めました。私の他に、ベテランさんがふたり、1年目という方がひとりいて、合計4人で土日祝日にローテーションで勤務します。

仕事内容は、展示場を訪れた方に声をかけ、一組でも多くの方に内覧とアンケート記入を頂くこと。「そんなに難しくない、誰にでもできることですよ」と面接で言われたものの、展示場を訪れる方の絶対数が少なすぎて、なかなか実績が伸びません。極寒のせいか、新型コロナによる蔓延防止条例のせいか、勤務時間の10時から5時まで1組も来場しないこともあり。キッチンカーや手作りキャンドルなどの客寄せイベントがあると、それはそれは大勢の方が見えますが、大抵ご近所のイベント常連さん。例え内覧してもアンケートを書いても、実績としてのカウントになりません。

住宅展示場の受付係は『来場促進担当』と呼ばれていて、ランクによって日給が変わります。もちろん私は一番下。スタートから半年以内に20組のアンケート記帳を頂けると、ランクがひとつ上がるという仕組み。万一半年で20組達成できないと、契約打ち切りもあると、契約書に記載されています。何より、本業で生産性を重要視している私にとって、何の利益も生み出さない7時間が、情けなく、申し訳なく、どうしようもない気持ちです。

そこで、社員さんにこう尋ねてみました。

「利益を何一つ生み出していない私はここにいる資格があるんでしょうか。他の方が勤務されていれば人が入っているかも知れないと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。私はこの仕事に向いていないのではないでしょうか。」

「そんなことありませんよ。そもそも場内に人が歩いていないのですから、入りようがありません。気にせず勤務してくださいね。」

そんなやり取りをした数日後、私の出勤日に5人家族が来場しました。よく見ると、お正月にお嬢さんとお父さんのふたりきりで来場された方。

「こんにちは。今日は皆さまお揃いなんですね。」

私の問いかけに、お父様らしき男性が、にこやかに頷き、

「よく覚えてたね。」と。

私は、どうぞどうぞと室内に通し、営業さんに

「お正月におふたりでお見えになったお客様です。今日はご家族全員です。その時の営業担当さんはAさんです。」

Aさんは今日は居ません。別の営業さんに名前を訊かれ、

「多分〇〇様ではないかと。」

完全な記憶ではないため、失礼があってはならないと思い、「聞いてきます」と伝えると、店長自ら案内を買って出てくださいました。内覧は、3時間におよび、お客様のお帰りの頃に外は真っ暗。暗がりに、「ありがとうございました」とお辞儀をすると、お父さんらしき男性が、

「名前まで覚えていてくれたんだってね」と、一言。私は更に深く礼をしました。本業柄、人の名前と顔を覚えることは比較的得意な方だという自負があり、やっとひとつ、特技を生かすことができた瞬間でした。

翌週、翌々週の勤務が無かったために、その後そのお客様がどうなったのかすっかり忘れて、3週間ぶりに出社すると、Aさんが真っ先に、

「この前は迷惑かけちゃって。乗り気じゃないと思って、アンケート記録しないで冬休みに入っちゃったんだ。でも、覚えていてくれてありがとうございました。おかげで成約でしたよ。僕じゃなく店長の顧客になっちゃったけど。あの時、君が『あの方きっと真剣ですよ』って言ったんだけど、僕にはそう見えなくて。君、すごいね。」

そう言って苦笑いを浮かべていました。

私はただ、どの方も『きっと真剣にマイホームを考えている』と思いたいだけで、自分の願望が、心の声が漏れただけ。それでも、ここで初めて誰かの役に立つ事ができたと、ホッとしました。もうしばらくこの仕事を頑張れそうな気がしています。

#はたらいて笑顔になれた瞬間

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