「強い境目」に苦しんでいたころ

2018/12/09 11:25
自室にて。アッコにおまかせを見ながら。
この数日は、とても苦しい。眠っているとき以外はずっと、何かしら苦しいことを考えている。今回の帰省では、MとA子さんとの三人飲み。K・Cにて。ほとんど同窓会の話。どんな会になることだろうね。
Mがいて酒が進むと、自分のややこしい部分の話をしてしまうので、A子さんに申し訳ない一面もあった。ひとりになった後ブルーにまた苦しんだ。
地元でのスイッチ切り替えは鈍くなってきた。
それは、あちらでも本来の自分が出てきているということだろう。
この数回は、そう感じている。帰省が気分転換にならなくなることは辛いけど、あっちの自分は私じゃない、強い境目がなくなっていることは確か。

結婚のため隣県に移り住み、ごく初期のころいつも自分をとらえて離さなかった感覚は、「ここでの自分は自分ではない」だった。身体感覚も、思考のスピードも何ひとつ安定せず、私は今までどこでどうやって生きてきたか思い出せなかった。二カ月ほどに一度帰省する週末の二日間だけを「本来の自分に戻れる時間」ととらえ、そんなのしんどい、と強烈に苦しかった。

とても衝撃だったのは、小説を読めなくなったこと。何を読んでも物語が頭の中に入ってこない。字面が上滑りし、自分は全意識を、今の生活への違和感に向けている。小説世界に入り込んで想像力を働かせながら読み進める、とはなかなかの高等作業だったのだとわかった。自分の場合、精神が落ち着いた状態でないと小説を読むことができないのだ、と初めて知った。この頃は、自己啓発本やノンフィクションばかり読んでいた。

この日記を書いたころは、その初期症状の収束を感じ始めていたらしい。それは確かだったようで、これ以降、現地とホームでの自分に大きな違いを見つけることは少なくなり、自分が最初の波を越えることができたのかもしれないと安心することができた。

MとA子は親友。翌月にひかえた同窓会の話をした。あの人来るかな、この人来たらどうする、なんてシミュレーションしながら大酒を飲んだ。また来月帰ってきて会うしね、の言葉がとても心強かったことを覚えている。その同窓会はとても楽しかった。ご主人の仕事でこの数年アメリカに住んでいる同級生がいて、ホームシックの話になり、レベルが違うぞおいおい、、っとなった。「日本を感じるのも難しい」らしいです。天気予報をみればすみっこに地元の天気も映っちゃう私。笑われました。地元を感じまくりじゃん、って。確かにそうだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?