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小説

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自分で書いた短い小説をまとめています。
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記事一覧

梅雨があけたら

 六月の最終週が始まり、朝から雨の降る日だった。 雨ってぜったい、私たちが学校にいる時間に合わせて降ってるよね、と野口さんは言う。そう言われたらそんな気もする。登下校のあいだだけ止むとか、そんなことがあってもいいのに。  一学期の一番大事な行事って梅雨明けだよね、と野口さんは続ける。 本当におかしなことを言う。その独自性が楽しい人だった。 私たちのいる一年三組の教室は、数日間降り続いている雨のせいで湿度が高い。担任の村上先生は印刷物についてできるだけわら半紙を使う主義だから

卒業式の長い夜

最後は、洋子と二人でファミレスにいて、もう何杯目なのかわからなくなったセルフサービスのコーヒーを飲んでいた。 市内の県立高校はすべて卒業式を同日に行う。広くもないこの街の、いろんな店で、各高校を卒業した生徒たちが打ち上げをするので、どの店をのぞいても知った顔があるという状況になる。卒業を祝いあいながら、他校と合流したり、高校単位だけではなく出身中学単位での二次会が開かれることもあり、高校生活最後の夜をにぎやかに過ごすのだった。 クラスの仲良し十人ほどで流れた二次会が終った

オーバーオールに宝物

来ないんだけど、今川良太。二時の約束なのに。 駅の公衆電話から、絵美ちゃんに電話をかけた。今日だったね初デート。そうなんだけどまだ来ないんだってば。何分待ってんの。十分くらい。あのね、今川って駅から家が遠いし、チッチは徒歩五分だからちょうどよく行けるけど、バスだと着けないときもあるんだよ。停留所の前で待っといたら。ていうかね、チッチ、なんで私にかけてくるの。今川にかけなよ。緊張しすぎてんじゃないの? 絵美ちゃんの言うとおり、駅の西口にまわり停留所の前のオレンジ色の椅子に座

祖母の通夜

母方の祖母ひで子の通夜は、父の勝平と母の早恵子、私と、妹の真波。祖母の妹のやす子さんと美代子さん、その娘の有美さんと美保子さんの八人で一夜を過ごすことになった。  弔問客が全て引き上げたあとしばらくしてから、喪服を脱いでそれぞれの部屋着に着替え、線香の番を交替でしながら、施設内の温泉で入浴をすませた。 私は、自宅から持ってきたスウェットにきがえ、妹の真波にビールでも飲もうと声をかけた。父だけはまだ浴場にいるらしい。母の早恵子とやす子さん、美代子さんは夕食に用意したオードブ

ガールズパワー・ラケットの日々

洗顔フォームを手のひらに乗せてカメラに向け、テニスコート脇の水道の蛇口の前に理津、みのり、私で集合。私だけ、泡立てたフォームをパックをするときみたいに目と口をよけて塗っていて、そんな状態なのに謎のドヤ顔。 中央には合宿所の布団で熟睡している理津、その隣にスコートの日焼け跡をわざとめくりあげて見せて爆笑している真奈、エリマキトカゲの真似でもしたいのか、白いプリーツのスコートを頭にかぶっている私。 真夏の炎天下、日よけのつもりで木と木の間に渡したブルーシートの屋根の下、顔にタ

Seventeen,Summer,Backshot

クラスメイトの光介を好きになったのは、「みずあしさんは、可愛いと思う人ランキングの第三位」と言われたからだった。 三位ってなによ。続けて聞いてみると、一位と二位はこの学年で男の子に人気の一位二位の女子。ふたりとも、わかりやすく可愛く、適度におとなしく、いつも優しく親切で、人気のあるのもわかる。 それなのに三位が私だなんて、光介くんて変わった趣味だね、と答えたら、そうかな、自分では見る目あると思ってるけどね、と彼は笑った。ただのクラスメイトである光介が初めて、かっこよく見えた

One-way 少女たちの午後

「信じられない。宮田のやつ」 ありったけの力を込めてストローをジュースの紙コップに挿し、亜子は怒鳴った。 隣の千紘も、力強くうなずく。 「それで?ミチル、あんた何で会うって返事したのよ、あんなヤツに」 ロッテリアの店内で、親友二人ににらまれながら私はコーラのカップを持ち上げて口に運び、言葉に出せない本音をストローの中で言う。未練があるからだよ。話が終るまでロースかつバーガー、食べちゃいけないのかな。と思いながら。 別れてからのこの約半年、私はずっと変わらず、宮田のことが好き

いるかもしれないから走るって恋だよね

テニス部の練習着のまま、理津とT高前マートに行くと、バスケット部員も赤いジャージのままで来ていて、光介は雑誌を立ち読みしていた。七月始めの土曜日の、午後一時を過ぎ、午前中の各部の練習が終わるころのことだった。なんでチッチ、走るのよと理津が腰を押さえながらついてくる。 私と理津は、皆でこれからおやつに食べるポテトチップスを買いにきたところだった。店に入ると、光介の姿を見つけた理津がチッチ、光介いるじゃん。最近、なんか仲良いって洋子から聞いたけど。と私をつついた。 店に入るま

泣かないで、といえなくて

「涼子、が、だけが、悪い、わけじゃない、って心から言うこと、かな」 考えながら千紘は、言葉を選び慎重に発言する。 「まだそれは、できない?」 三年生に進級してからクラスが別れた千紘を、私は午後の授業中にこの特別教室に呼び出した。二人でこんなふうに話すのは、久しぶりだった。先に来ていた千紘は暖かい春の風に身をさらすように窓枠に座っていた。気持ちよさそうに伸びをすると、ミチル、とにっこり笑って私を迎えてくれた。 「できない、よ、ミチル。」 「涼子がいなかったら、光介がもうちょ

二度目の実家暮らし

またここを使えばいい、と当たり前のように母が提案したのは昔の私の子ども部屋だった。 それまでも、帰省時にはここで寝ていたのだから数年ぶりにその部屋を見たわけではない。 自分の部屋にするならやっぱりここか、と思っただけだった。 ふたたび地元に戻り、独身実家暮らしが始まった二十五歳の冬だった。 この家で生まれてから高校卒業までを過ごした、自分の生活の名残が、いたるところにあった。壁にはプリンセスプリンセスのツアーで買った五角形のピンク色のステッカー。学習机には受験生だった頃に

やさしく訪れた再会は

高校時代の恋人だった光介と再会したのは、大学四年生になった春のことだった。 高校卒業後、それぞれ県外の大学へ進学した私たちは、その後会うことはまったくなかった。最後に光介の顔を見たのは卒業式当夜の打ち上げだった。 県外の大学に進学したあとはその近況や様子を同級生からの噂に聞くこともなく、長期休暇などで帰省していて偶然に会うこともなかった。 私は、新しい街での大学生活、新しい生活に少しずつなじんでいきながら、光介とのことが青春時代の思い出のひとつとして完全な過去になってい

ひとりになったあの日

からあげが甘いの、というと、ああ、そっちはそうよ、と母が言った。街じゅう坂ばっかりでちょっと歩くと道に階段が現れるの、というと、だから自転車持っていくなって言ったんだよ。父は言った。 知ってるなら何で教えてくれなかったの、と怒る私に両親は、とにかく明日行くから、それまで何とかひとりでやってなさい。店忙しいから切るよ。 両親の声の周りで聞こえるざわめきの中に知ったものが混じっていないか耳を澄ませたけど何もわからなかった。千紘無事に着いたかーって叫んでくれる常連さんとかさ、い

はじめてのアルバイト

「コーヒー。注ぐ量が多い。マニュアルどおりにできるようにして」 副店主の藤見が、私が注いだばかりのコーヒーを吹いてから一口飲んだ。 ドーナツ皿の向き、個数による使う皿の大きさの違い。テイクアウトの場合は4個までは紙袋に入れ六個までは小さい箱、それ以上になると大きな箱これは十二個くらいまで。それ以上になるともっと大きな箱があるがそれは詰め方がなかなか難しい。 今の話は全て、一番のベーシックメニューであるシンプルなドーナツで換算しているから、種類によってはこの限りではない。

みんなのオープンキャンパス

エレベーターの扉が開いたので乗り込むと、中には女の子がひとりいた。降りるところだったらしく入口のそばに立っていた。リボンのついた白いブラウスに紺のひざ丈プリーツスカートを合わせた涼し気な服装をしている彼女は、乗り込んできた私を見ると微笑んで、 「ごきげんよう、何階ですか?」 と尋ねた。三階ですと答えるとその子は三階のボタンを押して、もう一度にっこりしてお辞儀をして出て行った。私もぴょこんと頭を下げたが、ほんとは、ボタンくらい自分で押せるんだけどなあ。と思った。乗ってきた人