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第14話 未来の記憶

※以下のストーリーは、大地丙太郎監督オリジナルアニメ「今、そこにいる僕」の二次創作作品となります。


第14話 未来の記憶

バウンドシステムの時空跳躍は、一瞬だった。
眼の前のサラたちの姿がかき消えて、しゃぼん玉の表面のような虹色が、視界を奪う。
浮遊感に包まれ、肌を刺す細かな刺激に、全身の毛が逆立った。
静電気がパチパチとはじける、あの感じに似ていた。

まばたきすると、すでに、俺は、見慣れた場所に立っていた。
なつかしい、俺の生まれた街。
もう二度と、帰れないんじゃないかと思っていた俺の、故郷。

なんだか現実感がちっともない。
ヘリウッドの宿舎の、硬いベッドの上で、故郷に戻った夢を見ているんじゃないか――。
そんな気がしてならない。

あれほど帰りたかった場所に戻れたというのに、なぜだか、心がからっぽのままだった。

見上げると、6本建っていたおばけ煙突は、3本だけになっていた。
ララ・ルゥが座っていたあの煙突は、あとかたもなく崩れ去っていた。
残った煙突の向こうには、すごいような夕焼けが燃えている。
かすかに、豆腐売りのラッパの音が聞こえてくる。

夢……だったのかな……。

ぼうっと夢見心地のまま、歩き出す。
視線をおとすと、硬い、乾いた革の靴が見えた。
その靴が目に入った瞬間、刺し貫かれたような痛みが、胸に走った。
シスがくれた靴だ。

ああ、シス。
その名が浮かぶと同時に、シスの顔がよみがえった。
慕わしい思いと悲しみが、同時に胸に広がっていく。

どっと生々しい記憶が押し寄せる。
夢なんかじゃない。
あれは、本当の出来事だったんだ――。

落ちていた防具袋を拾い上げると、商店街に向かった。
そうだ。
家に帰るんだ。
俺は、もう、家に帰れるんだ。

遠くに見える緑の山並み。
街を横切る河。
民家の塀に寝そべる白い猫。
夕日に橙色に光る線路。
商店街の肉屋からは、揚げ物の香ばしい香りが流れてくる。
いつもコロッケをおまけしてくれた、あの店だ。

「今日はコロッケはいいのかい」
まるで、おとといも、昨日も会ったように、肉屋のおじさんが声をかけてくる。
返事をしようと顔をあげて、けれども俺はなにも言えなかった。
ひとことでも声を発したら、涙があふれそうだったから。

生まれてからずっと、見てきた光景。
なんでもない、ありふれた光景なのに、目に映るすべてが胸を打つ。

必死に涙をこらえながら、おじさんにぺこりと頭を下げると、俺は駆け出した。
どこかの家から、カレーのうまそうな香りが漂ってくる。
ここは、硝煙のにおいも、血のにおいもしない――。
こらえきれず、涙があとからあとから、あふれた。

ヘリウッドでは数年を過ごしたというのに、もとの世界では、一晩しか時間が経っていなかった。
廃工場の煙突の崩落は、古い建物だったから、と、ただの事故として処理され、俺は俺で、一晩、家出をしたことになっていた。

どうして家出なんかしたんだい、と、かあちゃんには強烈なげんこつを食らい、わけ知り顔のとうちゃんは、俺の肩をぽんと叩き、冒険したい年頃だよな、とにやりと笑った。
けれど、風呂上がりの俺の全身の傷に気づいた両親は、いやがる俺を病院に担ぎ込んだっけな。
結局それで騒ぎになり、俺はそれ以上叱られることはなかったけれど、かあちゃんと妹の、心配そうな、俺をうかがうような顔はしばらく続いて、俺を困らせた。
たった一晩で、ばかみたいに明るかった俺を激変させた出来事はいったいなんだったのか――。
きっと家族は俺の口から話を聞きたかったにちがいない。

でも、いったいなにをどう話せばいい?
ララ・ルゥとともに百億年後の未来に時空跳躍して、そこでやはり未来の人間のサラに出会い、少年兵になり、戦争を生き抜いて、もう一度時空跳躍して戻ってきた――そんな話を、誰が信じるだろう?

うるさいくらいにしゃべりまくっていた、これまでの俺とは打って変わった俺の様子に、俺なりになにかがあって、俺なりにそれを乗り越えたのだろう、と家族の中で結論づけた様子だった。
両親が本当はもっと、俺の知らないところでいろいろと話し合っていたかもしれないが、俺にはそのあたりのことは、わからない。

いまの時代なら、俺の体中の、数え切れない古傷や、できたての新しい傷を見た医者が、すぐに通報しただろう。
昭和っていろいろと、おおらかというか、おおざっぱな時代だったよな。


「おじいちゃーん」
耳元で呼ばれて、俺は、ハッと目を覚ました。
どうやら、うたた寝をしていたらしい。
夕陽にあたためられた縁側は、ひどく寝心地がよかった。

「おじいちゃん、ごはんできたよ」
もう一度、ひ孫の更紗が呼びかけてくる。
学校の制服のまま、立っている更紗は、小首をかしげて、俺を見ている。
その青い澄んだ瞳に見つめられると、俺の胸は、いつでも痛みを感じる。

ララ・ルゥ――。
知らず知らず、そう、胸の中でつぶやいてしまう。

食卓には、炊きたての白米に、湯気のたつ味噌汁、千切りキャベツ、そしてコロッケ。
コロッケを見て、俺は微笑んだ。
幼い頃、よく買いに行ったあの店はもうない。
商店街も、いまは開発の波にのまれて、なくなっている。

昭和はあっという間に流れていった。
俺の家だけが、ぽつんと時代に取り残されている。
むしろ、その古すぎる外観がいまや新しい、と撮影スポットにされているらしい。

更紗はどういうわけか、この古くさい家を気に入り、ひとりぐらしの俺の家に、よくこうしてやってくる。
無邪気にコロッケを頬張る更紗を見つめながら、ちらりと胸をよぎるものがある。
けれども、たぶんきっと、俺がそれを口にすることはないだろう。

パチッと静電気が走ったような感覚とともに、更紗の顔に重なって、サラの顔が浮かび上がってくる。

ああ、まただ。
いまではもう、すっかりこの現象に慣れてしまっていた。

バウンドシステムの影響だろうか。
あれ以来、俺は奇妙な現象に見舞われるようになっていた。

最初にこれを経験したのは、ヘリウッドから帰還した日の夜だった。
病院から戻った俺は、布団に寝そべって、ララ・ルゥのこと、残してきたサラのことを考えていた。
そのとき突然、静電気のパチパチするような感じに、全身が包まれた。

不思議なことに、俺の周囲の風景が、めまぐるしく変わっていく。
あっというまに夜が明けて、昼になり、また、すぐに夜がくる。
流れるように街の様子が変わり、昭和、平成、令和、さらにその十年先、千年先の光景が、折り重なって見えてくる。

あまりのことに、俺は息をするのも忘れて、呆然と目の前の光景をただただ、見つめていた。
目の前に、時間の奔流があった。
その衝撃の中で、俺は知った。

小田はやがて、俺の好きだったあの子と結婚する。
その子孫が、累々と続き、その生命の系譜は、やがて、ナブカにつらなる。

俺が留学先で出会い、結婚した青い瞳の妻の先祖の系譜もまた、重なって見えてきた。
更紗の子供たち、その子孫たちの系譜も、光る網目のように見えてくる。
更紗の子孫として、サラが誕生する様子も見えた。
過去と未来が、いっぺんに見える、壮大な光景。
それはもう、俺の理解を超えていた。

俺の系譜が収束していく先に、ララ・ルゥが見えた。
俺が跳躍したあの世界は、はるか未来の地球だったのだ。
目の前で繰り広げられる、不思議な生命の大パノラマに、俺は思わず声をあげていた。
サラとララ・ルゥは、俺の子孫だったのだ――。

俺は、いつのまにか泣いていた。
胸が張り裂けそうだった。

ララ・ルゥを初めて見た瞬間の、あの、言葉にならない衝動。
サラが自ら命を絶とうとしたときの、あの、体が真っ二つに裂けそうな悲しみと、苦しみ――。
自分でもどうしてなのかわからなかった、あの強烈な情動の意味が、いま、明らかになったのだ。

俺は、わけもなく、確信していた。
更紗に、この奇妙な能力が引き継がれているにちがいない、と。

何度も意識の跳躍を繰り返す中で、俺は未来の断片を見た。
更紗や、その子孫たちが、時代の分岐点で、重要な干渉を加えていく様子も、見ていた。

そこには、俺が見てきたハムドが支配する未来とは違う、新しい流れが見えた。
俺の子孫たちの干渉が、少しずつ、少しずつ、未来を変えていく――。

更紗よ、その子供たちよ、その子孫たちよ、健やかで、安らかでありますように。
「大丈夫」でありますように。
そんな、俺の系譜に流れていく、願いと約束が、長い時を経て巨大な流れになり、ララ・ルゥという奇跡のような存在を生み出していく。
ララ・ルゥは、遥かな時代を超えた願いの結晶の子だったのだ。

ああ、だからララ・ルゥはあの日、あの時間に、おばけ煙突にやってきたのだ。
俺をめがけて――。
あのとき、ララ・ルゥはなにも知らなかったのかもしれない。
けれども、あの出会いはあらかじめ、約束された出会いだったのだ。

俺には細かい理屈はさっぱりわからない。
でもきっと、世界は、醜く残酷で、厳しいけれど、同時に、たくさんの人たちの願いや約束に満ちているんだ。
夕焼けの空を見るたびに、そんな確信が降りてきた。

令和が終わった。
二度の時空跳躍の影響なのかなんなのか、俺はやたら元気で長生きした。
でも、その俺の人生も、そろそろ終わりに近づいている。
長いようで、短かったな。
また、あのパチパチする感覚がやってきた。
たぶん、これが最後の跳躍だろう。

年老いたサラが見えた。
まっすぐな長い白髪が、キラキラ輝いて美しい。
さまざまな人種の、大勢の子供たちに囲まれて、やさしい表情で読み書きを教えている。
その満たされた、穏やかな微笑を見て、俺の胸は熱くなる。

場面が変わり、大規模な災害が見えた。
壊滅していく都市の様子に、俺は震えた。
その動乱の中で、誕生するララ・ルゥが見えた。
俺の胸に、爆発するような歓びがあふれた。

ああ、ララ・ルゥ。
もう一度、会いたかったんだ。
ララ・ルゥ。
君が消えていったあの瞬間を、いまも俺は、昨日のことのように覚えているよ。

そのとき、小さなララ・ルゥがうっすらと目を開けた。
まだよく見えないはずの目が、まっすぐに俺を見つめた。

いったいなにが起こっているのだろう。
ララ・ルゥにはどうやら俺の姿が見えて、俺の声も聞こえているようだ。

大丈夫。きっと、大丈夫だよ。
約束するよ、ララ・ルゥ。
君が大丈夫なように、俺はこれからずっと君を守りつづけるよ。
俺の姿は見えなくても、俺は、ずっと君のそばにいる。

感極まった俺が、思わず叫ぶと、それにこたえるように、ララ・ルゥが、輝くように笑った。


俺の体が終わっていくのを感じた。
すうっと体が軽くなる感覚。
いつのまにか、俺は子供の頃の姿になっていた。

気づけば、なつかしい顔に囲まれている。
俺より先に旅立ったみんなが、そこにいた。
両親、妹、小田、妻や子供たち。
サラやナブカ、シス、ああ、ブゥもいる。
スーンもにこにこ笑っている。
アベリアやタブールまでいるじゃないか。

会いたかったみんな。
ときに傷つけあったりもしたみんな。
それなのに、いまの俺には、みんな、みんな、なつかしい。

俺たちの前に、巨大な光り輝く流れが見えた。
ずっと忘れていた、わくわく、うずうずするあの感じが、胸にわきあがる。

さあ、また新しい旅が、俺の冒険が、はじまるんだ――。



終わり


大地監督作品が好きすぎて、初二次創作を書いてしまいました。
今僕は、スケジュールその他の関係で最終話が大幅カットされたとのこと。
ぜひぜひ、完結編がアニメ化されますように、と願いつつ、次回作も楽しみにしております😊

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