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よしもとばなな『はーばーらいと』

限りなく死に近いところにいながら、生きることへの誠実さを失わないでいる魂の強さと、その在り方を見つめるまなざし。

ひばりとつばさは港のある街で、中学校を卒業するまで一緒に育った。
つばさに向けられる、ひばりの強烈な恋。
その熱量を持て余すつばさ。

そうだ、2人とも子どもだった。
15歳で両親を見放すことはできないだろう。
中学校を卒業すると同時に、家を捨てて、コミュニティに入ってしまった両親を、ひばりは追いかけた。

これは卒業式でのひばりのつばさへの言葉。

風を感じても、星空を見ても、木々が揺れても、私にはみんなあなたの面影に見えた。あなたは私の全てだった。ありがとう。私、必ずやりとげて帰ってくる。

そして、「勝つ気満々」で、「意思に溢れた勇者のように」去って行くのだ。

ひばりは少しエキセントリックな子として描かれているけど、もし私がひばりの友達だったら、どんなにか誇らしく思っただろう。
このあと、ひばりは、つばさのブレザーから、ボタンを食いちぎって走り去るのだけど、もし私がその場にいたら、つばさからブレザーごとはぎ取って、ひばりに持たせてあげただろう。

つばさも15歳だった。
ひばりの心の重さをきちんと受け止められなかった。だから、このときのつばさはひどく冷たい感じがする。
でもそれは、魂の熱量の差だと思う。
つばさはつばさなりに、ひばりの愛を受け取っていたと思う。

ひばりという人物は不思議で強烈な切ない思い出として、僕の心の中にきちんとしまわれた。

そして5年後、つばさは1通の手紙を受け取る

5年の歳月をかけて、両親にとって、今の自分は存在しないも同然なのだと知ったひばりの、最後の願いを綴ったものだった。

今でもあなたは私の人生でいちばん良きものだから、住所をソラで覚えてる。

「いちばん」がひらがなで、「ソラ」がカタカナなところに、ひばりの切実さが滲み出てる。
5年の歳月よ、私からつばさまで奪わないで、と。

彼らは彼らのかわいく幼い女の子じゃない私のことは、いらないんだ。今はもう過去ではない、彼らは変わった。 

そのコミュニティからの退会をサポートするために、会いにいったつばさに、ひばりはそう話した。

ひばりは19歳になっていた。

つばさとひばりが再会した後は、ひばりを助けようとする人々の、ひたすら愛の物語だ。

こんな風に、私のために戦ってくれる人がいるだろうか。
私は、だれのためから、こんな風に戦えるだろうか。

この小説の中にも、
「恋人じゃないけど。もっと大きな、名前のないつながりなんだけど」
という言葉が出てくるように、なんと呼べばいいのかわからないけど、限りなく家族に近いものだと思う。
法的な意味の家族でなく、心のつながりの方の。
ココロの妹、とかいう、そっちの方の。
恋愛を終えた男女のかたちのようなもの。
血縁のない姉妹のようなもの。

それを、それだけをいつも大切にしていけばいい。
自分の中の価値観がぶつかって、どうしようもなく息苦しいとき、そのことを思い出そう。
この選択は、誰のためにしているのか。
大切な人から、大切にしたい何かを奪う行為ではないのか。
そのことをちゃんと見ていけば、大事なところで間違えることはない気がする。

私の願うことはいつでも彼らの平和な日常だ。

ひばりの平和な日常を破壊する方を選んだ両親は、つまり、そのときもう、家族ではなかった。

迎えに来たつばさとつばさの母親と、帰りたかった場所に帰ってきたひばりが言った。

今、もう取り戻してるもん、この手に、この足に、日常を。少しずつ、少しずつ慣れていって、私の人生に戻るんだ。

生きるということは、日々を過ごすということ。
一挙手一投足に、人生がある。
丁寧に生きるとは、それを知っていること。
いちばん大切なことは、そのことだ。

中学生ではじめて、よしもとばななさんの小説に出会い、42歳になってもこんなに心震えている。

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