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オレンジの記憶【全3話】2

僕らは土人形のあとを追って、モートと僕は、商人の街エルダリアを訪れていた。

ダネルはモートか、僕の腕に乗っているか、空を飛んで、僕らについてきている。

しかし、順調だったのはそこまでだった。

街の中心部から外れたで、土人形はピタリ動かなくなってしまった。
「あー、ここまでかぁ」
モートは土人形を手に持つと、首を振った。

「仕方ない。ここからは俺がこいつと一緒に目的のものを探す」
「目的のものってなんですか?」
「まあ、見てのお楽しみだ」 

街中を進んでいくと、モートはいきなり、ケンケンパーをはじめた。

「この辺だとお・も・う・ん・だ・け・ど・な~っ!」

「遊んでないで、ちゃんとやってください!ルー様の命がかかってるんですよっ!」

モートの態度にだんだん怒りがこみあげてついつい、文句を言ってしまった。
けれどもモートは全く気にしていないようで、相変わらず、ケンケンパーをしている。
 
「でもさあ……この土人形が、この辺だっていっ・て・る・ん・だ・け・ど・なぁ~!」

僕がもう一度文句を言おうとしたとき、ダネルが「キィー」と鳴いた。

「おっ!ダネル、ここか?ああ、土人形の反応がある。この店の中だな」

窓からのぞいてみるとそこは裁縫屋で、中で何人かの女性が働いていた。
そのとたん、モートの目が輝き始める。

「おー!きれいなおねーちゃんがいっぱい!ダネル。お前は外で待ってろな」
 
モートは嬉しそうな声を上げると、店の扉を勢いよく開け、ズカズカと中に入っていった。

「ち、ちょっと待ってくださいっ」

僕が慌てて後を追おうとしたその時、不意に声がした。

――モートをお願いする――

その声は耳から聞こえたのではなかった。

凛とした透き通った声が、まるで直接心に届いたのだ。

振り返ると、ダネルが僕を静かに見つめていた。

彼の深い琥珀色の瞳の中に、僕が映っている。一瞬たりとも揺らぐことのない視線は、目の前の僕の心を全てを見透かしているように思えた。

「今の……ダネルが話しかけている?」

僕の頭は驚きと疑念が入り混じった感情でいっぱいになる。

胸の鼓動が速くなるのを感じながら、僕はためらいがちにダネルに向かってうなずいた。
そして、ダネルにもう一度視線を向けると、彼もまたうなずいたような気がした。

店の中に入ると、いきなり女性の悲鳴が聞こえてきた。
みると、モートが唐突に女性の店員の目の前に、ズン!ズン!と土人形を突き付けている。

「ちがうか」

そういうと、次の女性の店員の前にいき、また土人形を突き付けている。
 
いやいやいやいや!
 
そんなことをいきなりしたら……あきらかに我々は不審者じゃないか!!

女性の方々は悲鳴を上げて逃げ回っているし、あの女店主にいたっては警備兵を呼ぼうとしている。

けれど、モートはそんなこと、お構いなしだ。止める間もなく、店員を見つけると、どんどんと土人形を突き付けていく。

「モート!」

僕がやっと追いついたとき、モートは一人の女性の目の前に人形を突き付けている最中だった。

ぐっ、と土人形を突き付けたとたん、人形はその場でバラバラと音もなく崩れて消えてしまった。

「お。ビンゴ」
モートの口角がにやりと上がった。
 
私たちの前にいるのは、栗色のロングヘアを後ろで一つに束ねた聡明そうな女性だった。
その胸の名札には「レーリー」と書いてある。

「へぇ……あんた、レーリーっていうの?ちょっと用事があるんだけどさ~」

まるで酒場でナンパするような言い方をしながら、モートは彼女にジリジリと近づいていく。

「な……なにするんですかっ!あ、ちょっと、手を引っ張らないで!!」

不審者のモートに連れ出されそうになるレーリーを見て店内は騒然となった。
「あなた、誰なんです。警備兵を呼びますよ!」

女性の店長が金切声を上げた。

「あー、みなさん。大丈夫大丈夫。この子は多分自分から俺についてくるよ」

そういうとモートは彼女の腰をぐっと引き寄せると、耳元でそっとささやいた。

「あんたさ、ルーって男知らない?知らないんならいいんだ。人違いだ。だけどさ、知ってるなら、ちょっと俺につきあってよ」

ルー様の名前が出たとたん、レーリーの顔色がサッと変わった。

「え……ルー?まさかアッシュフォード家のルー様のお知り合いですか?」

モートはニヤリと笑って続けた。

「ルー様の、命に係わることを話にきた」

「命に係る……」

「あんたが俺と話をしないなら、ルー様はあっという間に死んじまうだろうなぁ……。いつかな~?今日かな~。明日かな~。それでもいい?」

ルーの命に係わる、と強調しながらも、レーリーに話すモートの口調はあくまで軽くてチャラい。

表情を凍り付かせたレーリーは、あわてて踵を返すと、女性店主の元へ駆け寄った。

しばらくすると、話を付けてきたのだろうか、小走りにモートの元に戻り、小声になって「一緒に外に出てください」と告げると店を後にした。

モートは、レーリーの後ろ姿を見送ってから、店の中心へ行き、ドヤ顔で大声をあげた。

「ほら、みなさん、言った通りでしょ?それじゃ、バイバーイ!お騒がせしましたぁ!」

モートは店を出るとずんずん歩いていき、ダネルがその上空を飛ぶ。レーリー、僕はその後ろを速足でついていく。

人のいない広場までくるとモートはピタリと止まって彼女を振り返った。

「さあ、ここらでいいだろ。話をしよう」

立ち止まったとたん、レーリーはモートに詰め寄った。

「一体、何かあったんですか?ルー様に」

レーリーの表情は必死だ。

「あんたの大事なルー様は、今にも死にかけてる」

「えっ!!」

モートは真顔だ。さっきのチャラくて軽いモートとまるで別人だ。

「いいか?時間がないんだ。質問に答えろ。あんた、ルーとどういう関係だ?」

レーリーは息をのむと、下をうつむいた。

「何も……何もありません」

「ああ?その表情、なんでもないわけないだろぉ?」

挑発するような態度のモートをレーリーはキッとにらみつけると毅然として言った。

「いえっ!ルー様にお仕えしていた使用人ということ以外は、本当に何もありません」

「ほお。あんた、アッシュフォード家の使用人だったのか」

レーリーは、深呼吸をして心を落ち着かせるようにした後、続けた。

「ルー様にはやさしくしていただきました。本当に……やさしく……。歌や、本の話など、たくさんのことをいろいろ教えていただきました。けれど、それはルー様がおやさしいだけで……。そのせいで旦那様と奥様にも仲を疑われたこともございましたが、本当にそれだけでございます。ルー様はアッシュフォード家の跡取りとして、旦那様のいうことを忠実に守る、とてもまじめな方なのです。私とは何もありません。雇い主と使用人の関係以上のことは、神に誓ってありません!!」

モートは必死に訴える彼女の目をじっと見つめてからいった。

「あんたきれいな目をしてるな。嘘は言っていない。よく伝わるよ」
モートはしみじみと彼女に話しかけた。
 
「だけどさ、心の奥底で……。あんたは自分自身に嘘をついてるよな」

「えっ……」

「話はわかった。悪いな、ちょっとあんた、眠っててくれ」
 
そういうと、モートが目にもとまらぬ早業で彼女の目の前でパチンと指を鳴らした。

すると、その場で彼女はモートの腕の中に崩れ落ちた。

レーリーを近くのベンチに横たえると、モートは近くにあった木の枝を手に取ると、眠っているレーリーを中心に目にも止まらない速さで魔法陣を描いた。

そして、深い呼吸を一つしてから、低い声で呪文を唱え始めた。

「ガルダ・レムノス・ファリオ!」

声は徐々に大きくなり、空気を震わせるような力強さを持っていた。魔法陣が淡い光を放ち始め、モートの声に応じて輝きを増していった。

呪文の一節ごとに、魔法陣の紋様が一層鮮明になり、周囲の空間が次第に変化していく。
「リーヴァ・エスティア!」

その瞬間、魔法陣が一際強い光を放ち、まるで生き物のように脈動し始めた。

モートは顔を上げると大声を張り上げた。

「ルー!ここにいるんだろ!出てこないと俺様が、この子をおいしくいただいちまうぞ!」

そのとたん、穏やかな天気が一転した。

雲一つなかった青空に急に雲がむくむくと湧き出し、風が冷たく吹き始めた。
風は瞬く間に強くなり、まるで怒れる巨人が息を吹きかけているかのように激しく木々を揺らし始めた。

僕は飛ばされないように近くの大きな木のそばに避難した。
ダネルも僕の肩に爪を立てて踏ん張っている。

そして突然……。
凄まじい音がして私たちのすぐ隣の木にいきなり雷が落ちた。

急な悪天候、大きな落雷。それなのにモートは顔色ひとつ変えずに空に向かってからかうように言い放った。

「ほお、ただのボンボンかと思ったら、結構やるねぇ~」

モートは雷と突風にをものともせず、毅然と、挑発するように、眠っているレーリーを指さした。

「ルー!!この子は魔法で眠っているだけだ!彼女を目覚めさせたいなら、俺のいうことを聞け!まず、自分の肉体に戻れ!話のつづきはそれからだ!」

モートが言葉を放ったその瞬間、まるで魔法が解けたかのように、天候は急激に良くなった。

突風はぴたりと止み、雲が裂けて光が差し込み始めた。重たく覆っていた雲は、見る見るうちに消え去り、青空が広がった。太陽が再び顔を出し、その温かな光が大地を照らし始めた。

鳥たちが戻り、木々の間でさえずりを始めた。先ほどまでの嵐の名残も感じさせないほど、空気は澄み渡り、風は穏やかに木の葉を揺らした。

僕は、モートの言葉一つでこんなにも劇的に天候が変わることに驚き、ただ立ち尽くしていた。
ダネルも肩の上で羽を広げ、落ち着きを取り戻している。
モートはゆっくりとレーリーに近づき、その額に手を置いた。そして、彼女を見下ろしながら静かに言った。

「さあ、彼女はこのあと2時間ほどで目覚める。だからルー、約束を守れよ」

モートは空に向かって、鋭く視線を投げかけながら強く言い放った。



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