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ホシヲキクモノ【全9話】 5. 家族

 20××年、地球は原因不明の病気に見舞われ、世界中の人々が自宅に引きこもる日々が続いていた。

 その中で、一つの家族もまた、新しい日常を過ごしていた。

「今日もパパとママとボクはお家にいたね」
「そうだよ、大輝。恐ろしい病気が流行っているからお外には出られないんだ」
「でもね、ボクはパパとママと一緒にいられてうれしいよ。だってパパとママはいつもお仕事で忙しいんだもの」
 大輝が心からの笑顔を翔太に向けた。幼い子供には世界の事情などわからないのだろうな、と翔太は息子の言葉をむなしく聞いて無理やり笑顔を作った。
「明日もパパとママはお家でお仕事するの?」
「そうだよ。明日も一緒だよ。だから早く歯を磨いて、もう今日は寝ましょうね」
 この子が寝たらA社への書類をまた作らなくては、と頭の中をフル回転させながら母親の美咲は息子の手を引いて洗面台へ連れていく。
 その途中で突然、大輝が立ち止まった。美咲はイライラしながら息子に言った。
「どうしたの、ママは忙しいの。早くいきましょう」
 しかし大輝は驚いたような声を上げた。
「ねえ、ママ、お空を見て! とってもきれいだよ」
 大輝が指さしたベランダの頭上を見上げて、翔太と美咲も息をのんだ。
 そこには漆黒の闇に広がる満天の星があった。プラネタリウムでしか見たことがないくらいのたくさんの星々が家族の上に広がっていた。
「本当、空がとてもきれい……。こんな都会でこんなに星がきれいに見えるなんて……。町の電気もほとんど消えているからなのね」
 
 家族3人はベランダに出て、美しい夜空を見上げた。胸いっぱいに吸い込んだ空気はいつもよりおいしい気がした。
 
 そういえば、昨日のニュースでこんな話をキャスターがしているのを翔太は思い出した。
 
 アーテムウイルスの拡大を抑えるために、人の動きは一斉に止まり、その影響は広範囲に及んだ。汚染物質を出し続けていた工場は停止し、あらゆる交通網は凍結した。

 町から人は消えた。

 地球上の二酸化窒素は16億トンも減少し、PM2.5も40%減少した。インドからは数十年ぶりに200キロ先のヒマラヤが確認されたという。人類が長い間、多くの会議で話し合われ、できなかったこと、『地球上の大気汚染の難関』をアーテムウイルスは数か月でいとも簡単にクリアしてしまったのだ。
 
「皮肉なものだな」
 翔太はぽつりとつぶやいた。
 
「星って、いつも本当は空にあったのね。今まで、見ることができなくて、気付きもしなかっただけなのね」
 時間を忘れて三人は星を眺めた。
「そういえば、こんなに長く家族3人で過ごすことってなかったわね」
「そうだな。仕事ばかりで自分の家族のことや身の回りのこと、ちゃんと考えて来なかった気がするな」
 小さな手が、そっと翔太の手に伸びてきた。
「パパもママも、ボクと一緒に寝ようよ。お星さまのお話がいいな。ボクにご本を読んでよ」
 翔太と美咲は顔を見合わせた。
「そうだな。仕事は後にして、今日は3人でもう寝ようか」
「わーい。」
 大輝とつないだ手の温かさがいつもより大切なもののような気がした。こんな生活もあっていいのかもしれない。そう思いながら、翔太はもう一度空を見上げて、そしてリビングの明かりを消した。

 家族三人は寝室に移動し、一つのベッドに横になった。翔太が棚から絵本を取り出し、ページをめくると、大輝は目を輝かせて父親の隣に身を寄せた。
「昔々、遠い国に一人の王子様がいました……」
 翔太の柔らかい声が部屋に響いた。美咲は静かに隣で微笑みながら聞いていた。
「パパの読む声、大好き」大輝は満足そうにささやいた。
 物語が進むにつれて、大輝のまぶたは次第に重くなり、やがて眠りに落ちた。翔太は本を閉じ、そっと大輝の額にキスをした。おやすみ、大輝」

「今夜は本当に不思議な夜だったわ」
 美咲も大輝の顔を見つめながら、静かに言った。

「こんなに家族の時間を大切に思える日が来るなんて……」
 翔太は頷きながら、妻の手を握った。

 「これからも、家族の時間を大切にしていこう。どんな困難があっても、一緒に乗り越えていけるさ。」

 その夜、家族三人は一つのベッドで、心地よい眠りについた。外の世界がどう変わろうとも、彼らの絆は一層深まっていった。

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