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バーバーショップと円安

相も変わらず、YouTubeで音楽を聴くとなったら選択肢はほぼバーバーショップに限られている。
改めて説明をしておくと、Barbershopというのは(基本的に)男性4人で構成されたカルテットがアカペラで歌う音楽のジャンルで、個人的な印象としてはアメリカを中心に盛んな英語圏の文化である。

ここ数年は流行感冒の影響もあって世界大会やらコンサートやらが中止の憂き目を見ていたのだが、今年は2年ぶりに大規模なイベントが催された。
あまりこういうのに縁のない人生を送ってきたのだけれど、いい機会だと思ったのでライブストリームのチケットを購入してみた。アメリカはノースカロライナ州シャーロットでの開催ということで、日本時間では朝8時半の開演、日本にいながらアメリカ時間で生きている僕にとってはちょうどよい時間帯だ。

今回のイベントは、AICと呼ばれる協会に加入しているメンバーが演者であった。AICはAssociation of International Championsの略で、要するに世界大会優勝=殿堂入りを果たしたカルテットの集まりである。従ってそこで披露されるパフォーマンスは、当代で最もクオリティが高いものと言えるわけだ。
過去のAICのイベントの様子は一部分がYouTubeにアップロードされていて、まあもちろん、出来のよいナンバーだけが選ばれているのではあろうが、どれもこれも素晴らしいハーモニーを響かせていて、いつか生で見てみたいと思っていたのだった。

生で見られるといったって、パソコンのモニターと安物のスピーカー越しなわけだから、本質的には切り抜かれたアーカイブを見るのと変わらない。
しかし実際に見てみると、ストリームであるにもかかわらず、客席が盛り上がるその一体感に浸ることが出来たのは意外だった。

バーバーショップが現地でどれだけメジャーな文化なのかはわからないが、少なくとも会場に足を運んでいる以上はそれなりなファンなわけで、各カルテットの持ち歌はあるていど把握している。だから一音目が歌われた瞬間には、客席に歓声やどよめきが漂うのだけど、それはアパートの一室にひとり座って眺めている僕も同様なのだった。大声で喚いたわけではないとはいえ、近所迷惑を気にしなくてよい時間帯なのは幸いだった。

今回は2年ぶりの開催ということもあったので、それぞれ気合が入っている様子が見て取れた。中でもCrossroadsは引退に際した最後の公演ということで、観客のボルテージは最高潮に達していたようだ。曲目も"You Don't! You Won't!"、"Little Patch of Heaven"、そして"Lucky Old Sun"とまさにこのカルテットの代表曲ばかりが並べられ、聴いている内に自然と涙が頬を伝った。


AIC加盟カルテットの映像はたいてい何十回もループしているので、同じ曲目であっても公演ごとの違い、あっちの動画はここのハーモニーがよくて、こっちの動画はここのソロがよいといったところまで記憶してしまっている。だから僕としては、新たなレコーディングが増えるだけで嬉しいのだけども、それはさておいて演奏のクオリティが最高であるかというと、必ずしもそうともいえないカルテットが散見された。

まあそれもそのはずで、すでに書いたように感冒流行下の過去2年間はイベントの類がほぼ一切なかった。4人のオジサンが肩を寄せ合って歌うのだから飛沫感染のリスクが高いことは言うまでもなく、おそらくメンバーがそろっての練習もろくろくできなかったに違いない(ちなみにCrossroadsの引退の遠因もこのあたりにあるようだ)。

そんななか、After Hoursの"Les Miserables Medley"は圧巻の作り込みだった。『レ・ミゼラブル』の楽曲は通しで2回しか聴いたことがないので全曲はっきり覚えているわけではないのだが、壮大なアレンジによる感動は頭一つぬけていて、2017年のAIC ShowでRingmastersが歌った"Notre Dame Medley"に匹敵するのではないかと個人的には思う。もし会場にいたなら立ち上がって快哉を叫んでいたに違いない、それだけ力のある演奏だった。今後YouTubeに高音質のアーカイブが掲載されることを期待したい。


公演は3時間半ほど続いた。
正直もうちょっと短いと思っていたので、全編英語で進行されることを含めて、夜勤明けの脳にはキツいものがあったが、これほど楽しい休日も久々であった。

下世話な話をすると、今回のチケットはおおよそ30アメリカドルだった。30ドルと聞くと、まあ3000円ってことはないけど3500円はしないくらいの印象を持っていた。しかし急激な円安の影響を受け、日本円換算の支払額は4000円ちょいになってしまった。
ほとんどドルを持っていないことをこれほど後悔した日はなかった。



ほかに書くアテがないので、バーバーショップについてもうちょっとマニアックな話を。

AIC Showが終わるや大会の方も順調に進行し、2022年のインターナショナルチャンピオンがQuorumに決定した。過去5年間ずっとベスト10に入賞していて、そもそも実力者が揃ったカルテットだから時間の問題だろうとは思っていたが、ようやくの優勝は聞き手としても嬉しい。

LeadのChris Vaughnの恐ろしくブレのないロングトーンが序盤から光って、Tagの伸びも素晴らしい。
BassのGary Lewisは3度目の優勝だと思うが、面白いことに毎回パートが違っていて、Tenor→Baritone→Bassと変遷している。TenorとBassとで優勝した例にはGrandma's BoysKeepsakeに所属のDon Barnickがいるけれども、3パートでってのは他にいないのではないか。失礼ながら、突出して深みのあるベースというわけではないけれども、器用さというか丁寧さが光っていると思う。(無事優勝を果たしたことで、Tony DeRosaからこれ以上"Loser!"と揶揄される心配はなくなったわけだ!)

ところでこの国際大会は、今年から男女混合での開催となったらしい。バーバーショップがそもそもの起源として男性4人で歌われていたものであるとか、女性には女性カルテットの大会が独立して存在するとかいう事情もあるので、女性が参加することについての賛否は分かれている。
それは措いても、初参加のGQが4位にまで上り詰めたのは手放しに快挙と言っていいだろう。

あまり女性のカルテットは聞く機会がなかったのだけど、GQだけはいくつかの動画を見ていた。安定感もさることながら、見せ方が上手だなぁと思うことが多い。音楽はやはり面白さがなくてはいけないというのが僕の持論だったりする。



息抜きに書こうと思ったら長くなりすぎてしまった。

短くていいからもっと定期的になにか書いていきたいものだが……。

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