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ウエスト・サイドあれこれ

少し鮮度の落ちたネタとなったが、スピルバーグ監督作品『ウエスト・サイド・ストーリー』を公開直後に観てきた。

僕は映画に詳しいわけでも、特別ミュージカルファンというわけでもないけれども、1961年のオリジナル版が映画史に残る大傑作であることは、疑う余地がないと思っている。

ただし、人はいったいに記憶を美化するものである。思い出補正込みで考えると、世間で言われる「傑作度」は、必ずしも客観的な評価とは言い難い側面があるとは思う。冷静になると実は凡作だった、というのは往々にして起こることだ。

ともあれ今回のリメイクは映画史における金字塔に挑むことになるわけで、さしものスピルバーグでもプレッシャーは並々ならぬものがあったのではないか。



オリジナル版の映画で僕が一番好きなシークエンスは、本作を象徴するジョージ・チャキリスのスチールを含んだ、冒頭約9分間の"Prologue"だ。セリフらしいセリフがないままにシャーク団とジェット団との争いを流していく場面だが、僕がここで優れていると思うのは、背景となる街並み=彼らの生きている環境をそれとなく映し出している点である。

50年代末から60年代初頭にかけて、アメリカの都市部は破壊と再構築の時代にあった。いみじくも石元泰博が同時代のシカゴにおいて生命体としての都市をフィルムに収めたように、ピカピカの新しいビルディングの側には崩れ落ちた廃墟と瓦礫の山が潜んでいたらしい。

本作に登場する若者たちがゴロツキとして爪弾きものにされているバックグラウンドには、こうした生活環境とその変容が密接にかかわってくると思う。冒頭のさりげない追いかけっこには、この風景が巧みに織り交ぜられているように見受けられる。

Skyscrapers bloom in America.
Cadillacs  zoom in America.
Industry boom in America.
Twelve in a room in America.      ("America"歌詞より)


と、いうのはオリジナル版における僕の感想で、裏返していうと、リメイク版はどうも街づくりの点でリアリティがあまり感じられず少し残念であった。同じセット撮影で比較しても、ドクの店とかマリアの部屋とか、何となく小ぎれいに整っていて当時の荒々しさを伝えきれていないような印象である。

もちろん、同時代の撮影と現代の撮影とでそのあたりのテクスチャが違ってくるのは当然ではあろうし、セットとしてかなり手が込んでいるのは確かだから、求め過ぎと言えばそうなのかもしれない。それこそ過去の超名作を過大に評価するあまり、ハードルを上げ過ぎてしまっているのかもしれないが、やはりそのあたりはどうしても気になってしまった。


しかし、撮影の規模が格段に大きくなったのは圧巻だった。オリジナル版は予算の都合なのか舞台版が念頭にあったのかわからないが、シーンにおける場所の移動が極端に少ない。

例えば"America"で言うと、オリジナル版はビルの屋上ですべてのシーンが完結するが、リメイク版ではのっけから街に飛び出して、最終的に群衆を巻き込んで踊り出すあたりが最高に楽しい。画面の色合いが華やかになったことも合わせて、ミュージカル「映画」としてほとんど満点と言っていい仕上がりになっていると思う。このあたりはスピルバーグの面目躍如といったところか。

余談ながら、やっぱりバレエの基礎ができているダンスシーンは美しい。僕は古典至上主義的なところが多分にあるので、たとえばオールドスクールをやる上でもバレエは教養/素養として未だに重要な位置を占めていると思う。って言うと「何を偉そうな」なんて言われてしまいそうだけど、いちおうバレエの経験はあるので大目に見てもらいたい。


本作はそもそも人種間の抗争を描いたものだが、リメイク版ではそれが殊更に強調されていて、リアリティが強く感じられた。オリジナル版で起用された俳優たちがほとんどラテン系ではなかった、という問題はここでは措いて、リメイク版の作中でしばしばスペイン語が話されるのは、彼らが生活している空間のライブ感が伝わるようで面白かったと思う。

それから、公開前かなり早い段階でリタ・モレノが出演すると聞いて、てっきりカメオ出演程度だと思っていたのだけど、とてもいい役があてがわれているのもよかった。まあ、オリジナル版に出演していたという経歴ありきの「当て書き」と言っていいと思うのだが、対立する2グループの橋渡しとしてオリジナル版のドク以上に重要な役割を果たしていた。


両方観た方ならお分かりいただけると思うが、リメイク版ではオリジナル版と構成が多少異なっている。詳しくは書かないけれども、「あれこの曲はこの人が歌ってたんだっけ」とか「ああ、この場面はこっちに挿むんだ」と思うことしきりであった。

このあたりはオリジナル版が頭にあると多少違和感を覚えはするけれども、パンフレット(というかメイキングブック)によれば、これはブロードウェイ版の構成に由来するらしい。僕は映画しか履修していないから、いつか舞台でもちゃんと観ておきたいものだ。

ディズニープラスで配信されているメイキング映像『サムシングズ・カミング: ウエスト・サイド・ストーリー』も面白かった。出演俳優たちがどんな思いで撮影に臨んだのか、とりわけリタ・モレノとアリアナ・デボーズの話は心に残る。さすがに超大作だから、こういう背景を知ったうえでもう一度楽しむ、というのも一興である。


折しもディズニープラスで本編の配信が始まった。僕の好きな声優であるところの諏訪部順一がベルナルドの声を当てていると聞いたので、今度は吹き替えで観てみようか。

しかし、他の映画もいろいろ観たいのに、己のだらしなさから時間が作れなくていけない……。



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