『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のあらすじと感想はネタバレを避けすぎている?
少し前に、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』という小説を読みました。
日本語版の発売は2021年末、各所で話題になっていた作品であり、映画化も決定している、感想を書くにはあまりにも今さらすぎる有名大ヒット作です。
それでも語りたくなるくらいにとても良かったというのと、自分がこの作品を読む前に知りたかった情報と、読んだ後に見たい感想を探してもなかなか見つからなかったので、同じような人が他にもいることを願って書いています。
そのため、「ネタバレなしで読んだ方が良いから読んで」というアプローチで読む気にならない人に届くように、あえてこういう記事タイトルを付けています。
既に読んだ上で、この記事タイトルだけを見て反射的に怒りを覚えた方は、少し落ち着いてください。私はあなたの何も否定していません。
元々興味のない人が読むキッカケが足りない
最初に断っておきますが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』をフルに楽しみたいなら、あらすじも感想も見ずに読むのが一番だという意見を否定するつもりは一切なく、私もできれば絶対にそうすべきだと思っています。
ただ、その上で、こんなに面白い作品なのに、興味のない人を手に取らせるフックが足りていないという感覚もあります。
私自身は、事前情報を入れない方が良いと散々忠告されていたので何も調べませんでしたが、そのせいで何をとっかかりに読み始めれば良いのかなかなか興味が湧かず、周りの人に薦められてから読み始めるまでに半年以上かかりました。
そして、読んだ上で、「何を書いても作品の魅力を減じさせるネタバレになる」のかというと、それも違うのではないかと思いました。
私がこの感想記事を書こうと思った理由は、この『プロジェクト・ヘイル・メアリー』という作品は、ストーリーではなく構造的に優れた点があり、かつそこまでであればネタバレではないのに、そこを強調して語る人がいないことに違和感を覚えたからです。
あらすじが何のフックにもなっていない
この記事に辿り着いた時点でどういう作品であるかは何となくわかっていると思うので、先にあらすじを引用します。
もう少し詳しいAmazonの上巻のあらすじは以下のようなものでした。
さて、本書を未読の方は、このあらすじを読んでどうでしょうか。少なくとも私は、このあらすじを読んでも、作品への期待値は一切上がりませんでした。
これは小説にもSFにも一切の造詣がない軽薄な人間の視点ですが、宇宙探索SFって大体どれもこういうストーリーなんだろうな、というイメージそのものの内容があらすじに書いてあるだけで、小説の内容に興味を持つための情報は少しも増えていない。
むしろ、「たぶん宇宙に行ってペトロヴァ問題を解決して帰ってくる話なんだろうな」というところまで何となく想像して、それ以上の楽しみを与えてくれる小説だという期待ができなかったのが、なかなか読み始められなかった理由でした。
少しでも興味を持つために感想を探そうと思っても、この作品がどういう作品で何が特に優れているのかが全然わからない。全員「これ以上はネタバレなので何も語りません」と言うだけ。
星野源『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を語る | miyearnZZ Labo
このような紹介の仕方が成立するのは話者が星野源だからであって、もちろん星野源好きでこれをキッカケに前情報なしでこの作品と出会えた方は幸せでしょうが、
自分の好きな有名人や、実績のある小説家・評論家ではなく、知らない人のnoteやSNSの感想で「騙されたと思って読んでみて!」などと言われても、信用できるわけがないどころかマウントを取られてますます読む気をなくすだけでした。
「多くの人が絶賛している」という事実そのものに興味を惹かれる人も一定数はいるでしょうが、そもそも今の時代に広く絶賛されている作品は無数にあります。『呪術廻戦』にも『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』にも全く同じ紹介ができます。しかもそれらよりも圧倒的にハードルの高い、上下巻の海外長編小説です。
その上で、この作品について事前に語っても良い情報が本当にこのあらすじだけなのであれば仕方ないですが、このあらすじは『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を構成する重要な要素が欠落しています。
しかもそれは本来SFや小説に慣れ親しんでいない人を惹きつけるためのポイントになり得るはずなのに、「一切の前情報を入れずに読んでほしい」という小説好きの貪欲さによって、その機会が少なからず損なわれているとさえ感じています。
プロジェクトヘイルメアリーは宇宙探索「だけ」の話ではない
宇宙にもSFにもテンションが上がらないままに低い期待値で無理やり読み始めた私が最初に驚いたのは、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、「ペトロヴァ問題解決に向けて宇宙での探索が進んでいく《宇宙パート》」と、「主人公が地球にいた頃の記憶を徐々に思い出していく《地球パート》」という、2つの舞台での話が交互に挟み込まれていく構造だったということです。
途中で一気に思い出すのではなく、1章ごとに、前半は宇宙での探索の進展、後半は地球の物語の回想、とほぼ同じテンポで、宇宙での話と地球での話が進んでいきます。
地球パートは、「太陽エネルギーが指数関数的に減少」していくという危機に人類が気づいたところから始まります。その原因と解決策を探り、最終的にヘイル・メアリー号がどのような経緯で発進し、そしてなぜそこに主人公が乗ることになったのかという謎が解き明かされるまでの物語です。
ペトロヴァ問題という人類の未来を占う現象に対処するため、各国政府を超越する権限を持ったプロジェクトチームが発足し、主人公を含めてちょっと特異な経歴を持った科学者たちが世界中から集められ、科学知識を総動員して様々な難題をクリアしていく。全世界版『シン・ゴジラ』と言えばイメージしやすいでしょうか。
回想という形になっており、思い出した内容が宇宙パートでの発見に繋がることも多少はありますが、主人公が記憶を取り戻すこと自体の驚きには重点が置かれておらず、ほとんど別の話です。同時進行で地球でペトロヴァ問題をどう解決するかという話が進んでいき、それぞれの結末を追っていく形になります。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』という作品において、この二層構造は非常に合理的で、最初は(読み手に宇宙知識がないと特に)退屈に思える宇宙探索パートも、地球パートの登場人物の魅力、地球のあちこちに舞台が移動するスケールの大きさ、そして先の読めないワクワクが合間に挟まれるので飽きることがない。
かつ、宇宙パートも全く無関係でもないし、別につまらないわけでもないので読み飛ばすほどでもない。そうして追っていくうちに宇宙に関する様々な科学知識が少しずつ頭に入っていき、上巻の終盤、《ヘイル・メアリー号》が目的地に近づいていく頃には、すっかり宇宙パートにも夢中になっているはずです。
地球パートの面白さが宣伝されていないもどかしさ
という作品であるにもかかわらず、この地球パートが存在していること、しかもそこが宇宙を舞台にしていないのにひたすら面白いということが、読む前にはわからないのが、非常に勿体ないと思っています。
人気ナンバーワンSF書評ブロガーがすすめる「はじめてSFを読むならおすすめの本」ベスト1 | 「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門 | ダイヤモンド・オンライン
例えばこちらの記事でも初心者にオススメのSFとして『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が紹介されていますが、完全に下巻の内容に触れている割に、上巻の地球パートの面白さはあまり強調されていない。
もちろん、SF好きの立場からすれば圧倒的に面白いのは下巻であり、上巻はそのための前振りに過ぎないのでしょう。だからこそ、SF好きでも何でもない私が言います、これはSF要素に一切期待せずに読み始めても楽しめる作品です。
特に上巻は、完全に地球パートの面白さで引っ張る作品だと感じました。地球にいる人たちがゼロからペトロヴァ問題の謎と解決策を探していく話なので、科学知識がそこまでなくてもついていきやすく、完全に現代の地球を舞台としているので、宇宙に比べると身近で想像しやすい。
この作品のレビューに「上巻は退屈だけど下巻が面白い」という声がいくつかあるようですが、「上巻は地球パート、下巻は宇宙パートが面白いので、結果的に上下巻ともに面白い作品」であるというのが私の見解です。
なので、「宇宙って言われても別にワクワクしないな……」という気持ちでこれまで読んでいなかった方に、それだけがこの作品の魅力ではないということを伝えたいです。与えられたミッションをチームワークとアイデアで論理的に解決していく王道の物語がベースにあります。
もちろんそれだけでなく、宇宙パートがそれだけにとどまらないサプライズとどんでん返しを次々と与えてくれるので、よくあるストーリーだという退屈さも全く感じさせません。
この、「王道ストーリーが宇宙SFに組み合わさっている」という構造は、SFという本来ハードルの高いジャンルの敷居を大きく下げることにも貢献しています。プロジェクトヘイルメアリーを「とにかく読め」とだけ言われて読んだ人の満足度が高い理由は、実はこの間口の広さにあるのではないかと思っています。
少なくとも私は、その構造を先に説明されていればもっと手に取りやすかったし、それによって作品の驚きを減じることもほとんどなかったのではないかと思います。
……さて、私がネタバレなしで説明できるのはここまでです。ここまでで興味を持った方は今すぐこの記事を読むのを止めてください。
下巻の宇宙パートはネタバレ厳禁たる理由がある
前半の説明で少し触れた通り、私はこの小説を、「上巻は地球パート、下巻は宇宙パートが面白い作品」だと思っています。
そして、少なくとも読んだ人であれば、下巻の宇宙パートが面白すぎるということに異論はないでしょう。
地球とはあらゆる常識が異なる宇宙人ロッキーが登場し、下巻で物語はファーストコンタクトジャンルの作品に移行していきます。
生物としての構造や文化の違いといった一つ一つに対して、納得感のあるディティールが描写される流れは知識欲を刺激され、それは科学だけにとどまらず、ロッキーとのコミュニケーションを成立させていく過程はQuizKnockの言語解読企画のような面白さもあります。
ロッキーの登場という全く予想外の展開に始まり、エイドリアンへの接触、タウメーバの捕獲、そしてグレースが地球に帰還できるのかどうかまで、次から次へと起きる問題に一喜一憂させられながら話がどんどん進んでいき、その過程でロッキーの魅力的なキャラクターが浮かび上がり、主人公と同じ目線で愛着を持ち始める。
下巻は内容的にも、上巻の地球パートの醍醐味であった「トライ・アンド・エラーで少しずつ真実・解決に向かっていくワクワク感」の主体が完全に宇宙パートに引き継がれています。
そして最後にして最悪の困難から、グレースが選ぶ究極の決断に至るまで、驚きと感動に満ち溢れており、文句のつけどころのないストーリー展開が待っていました。
しかも、この展開があらすじに全く含まれていないため、ファーストコンタクトモノであることを事前に知らない状態で、グレースと全く同じ感覚で未知との邂逅を体験できるわけです。
ファーストコンタクトモノであるということが事前にわからない状態で始まるファーストコンタクトモノという体験は、確かに人生で何度もできるものではなく、その至上の体験を多くの人に薦めたいという気持ちは理解できます。
……とはいえ、それがこの作品の魅力の全てなのかといえば、そうではなく、知った状態で読んでも十分面白いですよ、とは付け加えておきます。
私はストーリーの事前情報こそ見ていませんでしたが、ロッキーというキャラクターがどこかで出てくることくらいは知っていました。しかし、SFをほとんど読まない身からすると、どういう出会い方をするかの展開予想も全くできないので、ここまで知った上でも十分驚いたし、楽しめました。
余談ですが、私が読む前にSNSでロッキーの口調を真似るこのようなポストを見た時には、脳内では完全に種﨑敦美さんの声で再生されていました。作品もジャンルも知らない状態で目に入るネタバレ情報なんて所詮そんなものだと思っています。
違和感を残す地球パートの結末
……というような感動と絶賛の気持ちがあり、作品自体を否定するつもりは一切ないことを改めて強調した上で、下巻の地球パートの終盤の展開は、あまり綺麗ではなかったのではないか、と思った時期がありました。
というより、読んでいる最中はそこまで気にならなかったものの、読み終わって余韻に浸り、作品の内容をリフレインしている中で、「あれ、そういえばアレは何だったんだろう?」と思うような疑問が多く残りました。
まず、そもそも地球パートと宇宙パートの結末が最終的に結びつかなかったのは何故だろうと違和感を抱きました。この手の構造であれば、まだ明かされていない謎があって、最終的にこの並行構造で語られた理由がわかる、という結末になることを期待していたのですが、特にそうではなかった。
「主人公が実は宇宙船に乗りたくなかった」という種明かしがそれに該当するという見方もあるかもしれませんが、既に宇宙船でバリバリ地球のために活動している中で、本人の意志で乗ることを選んだかどうかという部分は、そこまで重要ではないと思いました。
これが例えば、地球パートでずっと「自分が宇宙船に乗ることだけはまっぴらだ」みたいな描写が多く入っていたら、「こんなに嫌がっているのにどうして宇宙船に乗ることになったのだろう?」という疑問を、「実は理由なんかなかった」という裏切りで驚いたかもしれません。
が、地球や未来の子どもたちのために自分が犠牲になることを強く嫌がっているキャラクターであるように見えないので意外性はなかった。主人公に耐性遺伝子があることを事前に知らされていなければもう少し驚きがあったのかもしれませんが。
地球パートの終盤に待っている、ストラットの背景が明かされるシーンもやや唐突で、ストラットのこれまでのキャラクター像を大きく覆すほどのものではなく、地球の未来を暗示するようなメッセージは、現実社会と関連づけたいというメタな視点で入れられたシーンのようにも見えました。
ストラットがグレースを候補として最初から意図的に仕込んでいたのかどうかも曖昧で、最初からそのつもりでグレースと接していたのか、緊急事態における判断として行ったのかは、ストラットのキャラクターを把握する上で結構大事な気がするのですが、それをボカした理由もよくわからなかった。
このような、「そういえば答えが出てないな」という様々な要素が、読み終わってしばらく経ってから、自分の中に引っ掛かりとして表出してきました。
消化不良感も計算された構造の中にある
ただ、さらに突き詰めて考えると、こういった謎を謎のまま残して回収しなかったからこそ、最後までスピード感を保ったまま結末を迎えられたのだということに気づきました。
この作品が「あらゆる謎を全て回収して疑問を抱かせずに終わる」ということを目指そうとしたら、グレースが地球に戻ってストラットともう一度会い、グレースが地球を出た後と、ペトロヴァ問題が解決した後の地球がどうなったかを説明して終わるべきでしょう。そして、そういう終わり方であれば、宇宙パートと地球パートの結末がちゃんと連動するので、並行で描かれた理由に正しい説明が付くはずです。
しかし、それをするのであれば、地球に戻った後にストラットからひたすら長ったらしい説明を聞くだけのパートがどうしても入ってしまい、綺麗であっても間延びした終わり方になるでしょうし、よっぽどのバッドエンドにしない限りはそこから更なる展開も作れない。
どう着地させても、今の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の最終章の、未読のままこの記事をここまで読んでしまっていてもおそらく想像できないであろう、ぶっ飛んだ結末を超えることは不可能でしょう。
そして、地球パートの結末においてそれらの謎を残したままにしておくことで、その答え合わせがあることを期待させ、結末を想像しながら読み進めていく中でも、無意識的に「きっとストラットの真意、本人が予想した通りの結末を迎えたのか、そして地球がどうなったのかについて、最後にネタバラシがあるはずだ」と思わせた。
それが全て、最終章の展開を最大限に増幅させるための前振りだとすれば、地球パートがいろいろな伏線を投げっぱなしにしたまま終わったのは、むしろ非常に計算され尽くした展開であるはずです。
「どうでもいい正解を愛するより、面白そうなフェイクを愛せ」という言葉がありますが、フィクションにおいて最も優先されるべきは正しさではなく面白さであり、その点で『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は終始徹底して、これ以上なく面白さを最大限に引き出すための合理的な構造で作られています。
伏線回収が好まれるのはそれが気持ち良い体験を提供してくれるからであって、それを上回るほどの圧倒的なインパクトによって気持ち良く物語を畳めるのであれば、全ての謎に答えを出す必要もなく、伏線回収なんてしなくて良かったのだと。
少なくとも、私自身の感想としては、読み終わってしばらくは消化不良であることに気付かなかった時点で、最終的には納得しています。
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