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おばけからの電話

トゥルルルトゥルルル…

「あ、電話だ。もしもし、おばけさんですか?あ、はい、ここに服を着てない子供がいます。はい、はだかんぼうです。え、近くまで、来てる…?」

子供がタタタッとオムツに手を伸ばす。

「あ、子供が今オムツを手に取りました。あ、右足がはいりました。でもまだおいしそうなお尻は出てます、あ、お尻も隠れちゃいました!でもまだ両足両腕は出てますよ」

子供がひったくるようにズボンを手にとって、あわてて履きだす。

「あ、左足が隠れました。おばけさん、まだ着かないんですか?うかうかしてたら着替え終わっちゃいますよ。あ、右足も隠れました。あとは腕しか残ってません。あーっ腕も隠れました。あー着替え終わっちゃいましたーっ。おばけさん、遅いですよ。はい、また服を着ない子供がいたら連絡しますね。はい、おつかれさまです」

子供は、やったぜ、という顔でこちらをみている。電話のむこうのおばけさんに、実況中継するように喋ると、やばいっていう気持ち、張り合いみたいなものが生まれて、服を着る気持ちになるよう。

「さあ、次は歯を磨こうね」

「おばけさんに電話して!」おばけのぬいぐるみを渡してくる子供。

(あー…だんだん設定が面倒になりつつ、片耳に受話器のようにおばけのぬいぐるみを押し付けながら喋る)

「あ、おばけさんですか?ここに歯を磨かない子供が…」

「怪獣にも電話して!」さらに別のぬいぐるみを渡してくる子供。

(両手で電話してたら仕上げ磨きできないんだけど…)

「あ、怪獣ですか?ここに仕上げ磨きをさせない子供が… ……」

おばけを持ち出すような、脅し系のしつけは、子供が本気でおばけを怖くなってしまうとそれこそ1人で何もできなくなる、デメリットが大きいらしい。このおばけ電話は、脅し要素を含みつつ、ゲーム性というのか、限られた時間内に逃げろーみたいなことで、子供曰く「おばけはこわいけど大好き」らしいので、まあ大丈夫かなと、様子を見ながらやっているのだけど、一時期はすごく有効だったのが、結局また効き目が薄れてきている。

どうして、お風呂に入る、服を着る、歯を磨く、そのひとつひとつが、スーって進まないんですか。
なにか不自然なことを無理矢理にやらせているんだろうか。訝しむ気持ちが出てくる。

考えてみれば、リモートワークが普及するなかで、家から出ない日であっても「朝起きたら着替えをする」「ベッドで仕事しない」みたいな心構えがSNSで流れてくるのを見る。ということは、気をつけないと人は、大人だってずうっと着替えないし、ベッドで仕事もする。

逆に私は子供がいることで、生活習慣がきっちりせざるを得なくなっている。そういえば子供が生まれて以来、「気づいたらソファで寝てて朝になってた」「顔も洗わず歯も磨かずリビングで寝落ちしてた」はやってない。寝かしつけてたら寝ちゃうことは多いけれど、それは布団の上だし、その時点でお風呂に入って歯磨きも終えている。

大人子供に関わらず、着替えるとかお風呂に入るとかは、気をつけてシャキっとしないと、ダラダラしがちなことなのかもしれない。でも、お風呂に入って後悔したことはない。疲れて億劫に感じる日でも、やっぱり入って良かったってなる。

一方で、SNSのザッピングやネットサーフィンは、ついやってしまうけれど、あっという間に時間が経って罪悪感を感じたりする。

面倒に思うけれどやったら後悔はしないことと、ついやってしまうけれど後悔すること。ついやってしまうことばかりやっていればいいわけじゃないのが、人の生活。だから、よいしょって一踏ん張り必要だとしても、やったほうがいいことはいい。

朝起きて、なぜ服を着替えて、髪を整えるかといったら、人に会うからは大きな理由。人が少なくて土に近いところにいると、おしゃれがものすごくどうでもよくなって、多少の寝癖だってアリで、だって誰も歩いてないし、となっていって、でも少し人の多いところへ出掛けておしゃれな人をみると、やっぱりいいなぁと思って、身だしなみへの気持ちが戻ってくる、それは周りの人に合わせるとか、周りの人からの見られ方を気にするとかと、関係している。

子供がおばけとの電話をせがむのは、自分をみてる、親以外の他者の存在が、身だしなみや生活習慣を遂行するための「張り合い」として必要だからなのかもしれない。

お風呂で体を洗って、服を着て、歯を磨いた先にあるのは、お布団で寝ることだけ。外には出ないし、お友達にも会わないから、おばけに電話する。ここにいない、なんだか怖い、夜の暗いところにいる、ほんとはどこにもいない、おばけが、一緒に子供をみててくれる。張り合いになる視線をくれる。

人ってつくづく、1人では生きていないし、「今ここ」だけでも生きてない。昔の人が善い行いのために地獄を必要としたみたいに、着替えや歯磨きに目に見えないものを動員しないといけないなんて、なんておおごとなんだろうと思うけれど。

私自身が設定に飽きてきてたのを、昨日は少し身を入れて、おばけと電話してみた。子供はまた、ひょいっと、あっという間に服を着た。でも仕上げ磨きはさせなかった。いくらおばけから電話がかかってきても、怪獣に電話しても。

結局のところ、まだイヤイヤ期ってことなのか。どうして、お風呂に入る、服を着る、歯を磨く、そのひとつひとつが、スーって進まないんですかね。



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