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第6話|月に10日働けばいい|堀上駿

最近ライターの繋がりで知り合った、とはいえまだweb上で自己紹介をしあっただけの人に、お金がなくなったら働くスタイルで生活している人がいる。堀上さん、28歳。宮崎の山奥、椎葉村に住んでいるらしい。どうやって、というのも気になるけど、どのようにしてその境地に、とも思う。

はじめてかつ、ビデオ通話でもない電話で話した堀上さんは、とてもゆっくり話す人だった。圧がない、どちらかというと細い、にゃっと柔らかい印象。でもきっと、とても、しなやかに強い人。

レジリエンスってこういうことかなと思う、仕事と生活の話。


2020.06.02 ⇄ 東京(宮崎)

仕事は、たくさんある

−今どうですか?

今は、ほんとに今の今でいうと、東京にいます。結婚することになりまして、その、挨拶というか…

−わあ!えぇ!おめでとうございます!!!

挨拶したら、椎葉で一緒に住むことになっていて、相手が勤めてる会社の仕事がリモートでできそうで、前から、会社に話はしてたんですけど、コロナでさらに許容された感じもあって、ただ、まだ、社内の人に会えてないそうなので、伝えられていない人も多いんですが。

−そうなんですね。それはそれは、ほんとうに、おめでとうございます!
ウィルス、結婚の話への影響はありましたか?

もともとは、GWに挨拶に行く予定で、6月くらいから椎葉で同居できたらいいねって、あくまでも理想だったのが、もう行っちゃうかって、背中押されました。6月中には、二人で椎葉に戻る予定です。

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椎葉村の棚田

−お金が必要になったら働くスタイルとうかがって、詳しく知りたいなと思って。具体的にはどんな感じなんですか?

仕事を頼まれるパターンと、仕事したい時は言ってねと言ってくれる方のところにいくのと、トータルで月10日くらい働いてます。だいたいの仕事は時給1,000円前後でやってます。あとの時間は、服つくったり、ラジオ聴いたり、本読んだり、料理したり。

−月に10日で大丈夫なんですか。

僕が住んでる家の家賃が、月8千円なんです。支出をできる限り減らすと、それで大丈夫です。近所のおじいさんおばあさんのちょっとした作業を手伝って、お礼に野菜をもらったり。

最近は、石垣を積む仕事をしてました。まだ働かなくていいと思ってたんですけど、知り合いのお百姓さんの家の裏が山になってて、そこから土砂が来ないように、家を守るために、梅雨までにやりたいと頼まれまして。

ユンボで持ち上げて、ひとりが操作しながら、ひとりが微調整するみたいな仕事です。頼まれ仕事も、できるだけ何かをつくる力がつきそうなことをやってます。

−他にはどういう仕事があるんですか?

年末年始は春の七草の出荷作業とか、椎葉村は原木椎茸の産地なので、椎茸のコマ打ちっていう、原木に菌を仕込む作業とか。

冬は、阿蘇での茅(カヤ)刈りをしました。茅葺き屋根に使う茅、ススキですね。これは一束いくらと、できた束数分お金がもらえます。どうやったらたくさんできるか、効率を考えつつ、でも考えてると体が早く動かないとか、気持ち次第で減ったりとか。大変だけどすごく面白かったです。

−考えてると動きって遅くなりますよね。それで、やってくとだんだん身体が自動的に動くようになってったりして、そういうの、面白いですよね。

阿蘇には茅しか生えてない、木が生えてない山がけっこうあって。春になると茅の原っぱを維持するための野焼きがあって、それで茅刈りは終了です。茅は京都の美山や白川郷におろしてるみたいです。

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あと、仕事はいつでもあるから働きたくなったら言ってね、と言ってくれる、とても良くしてくれる人がいて、そこでまた椎茸の仕事したりとか。

−その人は何をされてる人なんですか?

もともと役場の職員で定年で退職した、牛を飼ってる人、ですかね…農大の畜産科を出て、ほんとは牛がやりたいと思いながら、定年まで勤めて、今は放牧地を開拓したりとか、馬、ガチョウ、鶏、犬、猫、いろんな動物を飼ってて、今年はヤマメを育てていて…

その人も、石垣の人もなんですけど、農家より百姓って言葉のほうがしっくりくるんですけど、椎葉には何してるのか、一言でいうのが難しい人がたくさんいます。そういう人たちって、やりたいことがいっぱいあって、あそこの石垣も積みたい山もきれいにしたい薪の準備しなきゃとか、人手が足りてないんですよね。

そういう人がいるなと、いろんな地域に行って、思っていて。都会から椎葉村をみてると、仕事なさそうと思われそうですけど、そういう人に出会えたり、季節仕事に出会えたり、求人になるような仕事ではないけど、仕事はあるよなって、すごく思うんですよね。

だから仕事を決めずに、昨年の11月に引っ越してきました。それでやっぱり仕事はあって、困ることなくて。今はとりあえず椎葉の中心地に住んで、色々動きながら良い感じの古民家がないか、探してます。

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自分で、個人でやりたい人ばかり

−埼玉のご出身とうかがいました。関東から九州って遠くて、馴染みがない気がするんですけど、どうして椎葉村に移住されたんですか?

ものすごい山の中で、自然が濃いんです。それで、暮らしてる人たちも生きる力強いなと思って。水も自分で引くし、石垣も自分で積むし、斜面で、耕してると、どんどん土が下に落ちてくような場所で畑をやってる。そういう生きる力に学べることがたくさんあるなって。

椎葉を知ったのは、大学時代に参加していた社会人大学的な講座で、椎葉の伝統的な焼畑が紹介されてたのがきっかけでした。それで一昨年、たまたま友人が椎葉の地域おこし協力隊に参加したので、遊びに行ったらすごく良くて、住みたいなと思って。

−ほんとうに山の中ですよね。天空に浮かんでるみたいな写真にびっくりしました。

そうですね、どこに行くにも1時間半くらいかかります。村のなかも端から端までそれくらい。

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−移住してくる人はいるんですか?

けっこういます。協力隊の人もいるし、ポンと入ってくる人もわりといます。僕も、何でもまず自分でやってみたいんですけど、そういう人ばっかりな感じです。

たとえば、協力隊の人はそれぞれに、お茶の栽培、手仕事、食、関係人口の創出と、いろんなプロジェクトをやっていて、この人とこの人が一緒にやったらうまくいくんじゃないかな、とか思うんですけど、どうやらみんな、個人でやりたいみたいで。笑

石垣の仕事手伝ってても、「堀上くんこれやって」って言われるんですけど、言いながら、その人がもう自分でやってるんですよね。だから基本、ひとりでやりたいんだろうと。

僕が空き家を探すときも、移住者がいないところに行きたいんです。

みんなでやったらすぐできるのになって、思うんですけどね、自分に対しても。でもひとりでやりたい。笑

−(ひとしきり笑)そういう開拓者精神みたいなものって、小さい頃からあったんですか?

こっちの方向かもって思ったのは、大学生の頃です。

−お、そんなに早くないんですね。

大学に入ったら、思い描いてたキャンパスライフと違ったんです。新歓とか、全然楽しそうじゃなくて。それで、なんでだか、まずボランティア活動をしたんですね。子どもキャンプとか被災地でのボランティアとか。それまでは偽善的なイメージもあったんですけど、やってみたら、活動団体にも参加者にもすごく面白い人がたくさんいて、それで色々探すようになりました。

2千人規模のイベントをやる学生団体にも所属してたんですけど、そこは全然馴染めなくて。こういう人がバリバリ働くんだと、自分はこれは合わないんだと思って。

それで、「緑のふるさと協力隊」を知って、1年間参加しました。移住先は新潟の粟島ってところです。地方の課題とかは全く意識してなくて、ただ「1年間の移住、楽しそう」って。行ってみたらほんとに楽しくて、こっちの方向だって思いました。

そっから大学に戻って、ざっくり田舎系だって決まったので、興味ある地域に行き始めました。

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なぜこうなったかはわからない

僕は、自給的な暮らしをしたいと思ってるんです。

(先述の)学生時代に参加してた社会人大学の講座で、毎回、農林水産業、水、経済、衣服、いろんなジャンルで日本の課題を学んで、ほんとうに色々な問題があって、それぞれに大事だと思ったんですけど、僕はその課題を解決するリーダーとか、旗振り役は、性格的に難しいなと思って。

それで、自給的な暮らしが、大きな問題の解決策の集約じゃないかと思ったんです。

小さい範囲で暮らせれば、弊害のある大きいシステムがなくてもいい。自分が体を動かすのが好きだから、楽しくできるし。そういう方向をめざしたいというのが、今ですね。

−たしかに、そうなのかもしれません。ただそこで生き方をどこまでどう変えるかのところで、さらっと転換できることが、すごいなと思うんですけど、堀上さんは昔から手を良く動かしてたとか、自然に触れる機会が多くあったりしたんですか?

それが、わかんないんですよね。結婚の挨拶で、数日前に実家に行った時も、なんで家族の中で一人だけ、田舎とか自然の方向にいったんだろうって話になって。笑。

−笑。わからないんですね。

実家は埼玉で、姉は結婚して東京に住んでて。親は、流行りものに興味を示さないから、生まれる時代間違えたかなって思ったことはあるって言ってましたけど、その程度のことじゃわかんないですよね。

ただ結婚するので、変化はあるだろうなとは思います。相手の実家が長野で、彼女は長野がすごく好きみたいなので、もし子どもができたら長野に移動することも考えてます。

−子育てするのに、実家の近くはすごく良いと思います!

そうなんですね。そういうこともあって、今すごく色々な人の生活を知りたいです。

去年は秋田の築160年の茅葺屋根の家で、研修生って名目で働いてたんですけど、そこはガスはなくて調理と暖房は薪ストーブで、トイレも流さないで肥料にして、屋根の材料も近所で刈って、米と野菜もつくっていて、その家の人を僕はすごく尊敬してるんですけど、彼は月10万円あれば子ども2人と家族4人で暮らせるって言っていました。そういう話には勇気が出ます。

僕、布が好きで、服つくるのも好きなんです。このあいだ、好きな服屋さんの服を真似して、自分でつくってみたら、いいかんじのができました。それで、手縫いが好きだって気づいて。

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ミシンて、糸をセットしてアイロンかけて待針してとか、準備にかかる時間が長くて、縫ってる時間が意外と少ないんです。手縫いは時間かかりますけど、縫ってる時間が長いのがいいです。

いずれはこういう服とか、自分でつくった農作物を売ったり、ライターとか、民泊とか、少しの収入になるものが、たくさんあるみたいなふうにやっていけたら。

−学童とかもいいかもしれないですね。大々的にやると管理責任がってなるけど、そこを強く問わない、了解しあえる人の範囲内で、地域の子どもたちがよくそこにいる、みたいな。

そういえば、子どもも、姉の子どもが生まれるまで、生活の中で全然接する機会がなくて。そういうのも、違和感ていうか、もっとふつうに身の周りにいる感じにできたらいいかもしれないです。

人間てそんくらいかなとか

−大学卒業以来、ずっと月10日くらい働くスタイルでやってこられたんですか。

いえ、けっこう働いてました。大学時代、工藝を扱うお店でバイトしていて、卒業後も2年間はそこと、他にバイトを2ヶ所、合計3ヶ所で働いてて、休みもほぼなく。それはそれで楽しかったんですけど、やっぱ田舎に行った方がやりたいことできるなと思って、まず行商をしました。

−行商!

東京で扱ってる工藝品を、学生の時にお世話になった、新潟の淡島の人に紹介したいと思って、それをしたらいいことしかないと思って。やってみたら、やっぱこっちだと思いました。

そういうときの思考回路は、ものをつくることに、近い感じがするんですよね。最近、和綴じの手帳をつくったんです。今年の手帳どうしようと思った時に、前にベトナムのマーケットで買ったいい感じの紙がたくさんあったから、自分で製本してみました。

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これで何がつくれるか考えることと、行商をやってみるのと、あるものをどう組み合わせて形にするかってところで、近い感じがします。

−つくり方とか、調べないでできるんですか?

これはそうですね。なんとなく、こうかなってイメージで。

で、行商したり、秋田に行ったり。秋田での研修生の仕事は働いてる感覚もなくて、これでお金もらっていいのと思ってました。これまでずっと、仕事とお金に苦労したことはないです。

秋田にいるときに、車をもらえたので、車で旅した時期は少しお金、使いましたね。

−自然体で、一般的に大変とされることもできちゃうのかもですね。組織に属してないとか、人と違うとかで、不安になることはありませんか?

どこかに属して、必ず週5働くって決められるほうがだめなんです。嫌になっちゃう。そういう人って実はけっこういるんじゃないかなって思います。

自由に、いつでもどうにでも動ける状態でありたいってのがすごくあって。

あ、でも結婚の挨拶は不安です。受け入れてもらえるかなって…笑

ただ、基本的にポジティブです。強い肯定感、根拠のない自信があります。

色々技術が発達したはずなのに、みんなめちゃくちゃ忙しそう。生きるのが楽になってるはずなのに、なんでって。もっと、気楽にやれるんじゃないかなって。

−これ合わないなってときに、自分が悪いんじゃないかって思うことが一般的に多いと思うんです。でも堀上さんは、違うなってクルって方向転換する。それで、こっちかな、ああやっぱりこっちって、自分に合わせて進んでいかれるのがいいなって思いました。にしても、堀上さんのいるところって、ひとつの境地って感じがするのだけど、もっと気楽にやれるんじゃないかって思ってるのはいつ頃からですか?

ええと、たぶん、緑の協力隊で新潟に行ったときですね。いるだけで存在を認められた気がしました。

漁、畑、民宿、いろんな手伝いをするのが活動なんですけど、あるときに、地元のおばあちゃんが、もんぺを自分でつくった話をしてたんです。

身近なものをつくってる人がたくさんいて、それで、僕もやってみたいと話したら、布をたくさんくれました。おばあちゃん達が、めちゃくちゃ生地をくれたんです。それで僕は、つくったものを、生地をくれた人にあげました。

それで、これでいいんだと思って。

やりたいことを言うだけで、話が広がって、布にまつわる思い出話をしてくれたり、喜んでくれた気がして。

それだけで地域貢献じゃないですけど、地域活性じゃないですけど、自分の中の適度な、いい規模の、地域のもりあげかたって、こんくらいだなと思って。何人移住させたって規模とか、どういう企画をやったとかじゃなくても、いいと思って。

いるだけでいいのかもしれないと思ったんです。そこらへんからかもしれないです。

僕は、生きるのはもっと、簡単なんじゃないかなって、思ったりしてるんです。それで最近思うのは、命が尽きるのも、簡単なことなのかもなと思ったりして。つい最近、思ったばかりのことなんですけど。

人間てそんくらいかなとか。両方について、重すぎないかなって、思ってます。


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ライター|重文指定絹織織物「結城紬」産地で働いた経験を元に工藝や地場産業のライティングを行う|『ぼくたちはケアして表現するサル?』書籍化奮闘中|神奈川出身、茨城、札幌を経て富山在住|www.chieyabutani.com

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