見出し画像

婚活という言葉は人を不自由にさせる側面があるので捉え直したい

このnoteを書く目的


婚活という言葉は人をひどく不自由にさせてしまう側面もあると長年支援をしていて感じている。婚活という定義を新しく捉え直すことができるのか、あるいは婚活に変わる新しい言葉を見つけ出すことができるのか。そして、生み出された新しい言葉によって人と人はもっとフラットに心地よくつながれる可能性があるのかについても考えてみたい。すぐに見つかる解ではないので、何回かnoteをを書きながら手繰り寄せていきたい。

読む方への注意事項
このnoteはノウハウを提供するものではなく私の思考の整理のために書くものである。手っ取り早く結婚を求めている人には役に立たないのでページを閉じることを推奨します。逆に、何かを産み出したい、創造のプロセスにある人とっては悩みながら試行錯誤するプロセスはもしかしたらヒントになるかもしれない。自己変革の途上にある人もいいかも。何か有益なことを提供したいと思って書く目的の記事ではなく、私個人の頭の整理のために書く記事であることを予めお伝えしておきます。


100人いたら100通りの「あるべき論」

便利な世の中になり、人に頼らなくても大概のことは自分で済ませられるようになってきた。女性も社会進出をし、経済的自立と一人で生きる自由を手にすることができた。もとより、結婚をするしないは個人の選択の自由に委ねられているのだから、誰にも縛られないで自由を謳歌する人が増えているし、今後もその流れは止まらないだろう。
未婚率の上昇は、決してネガティブな側面だけでなく、もはや結婚することだけが絶対的価値ではなくなり、幸福が多様化しつつあることの途上と見てもいいかもしれない。


とは言え、人と人が深く心を通い合わせることの温もりや尊さまでもが無駄になったとは決して思わない。

“つながり”に求める目的や濃度は多種多様である。
結婚をしたいとは思わないけど、そばにいてくれるパートナーを欲しい人。伴侶はいらないけど子どもは産んでおきたいと言う人もいる。私のように結婚したけれど子どもを持たないと言う選択をした人もいる。

多分、100人いたら100通りの「あるべき論」があるのではないかと思う。なので婚活という言葉の定義そのものを捉え直したい。

でもどういう言葉がいいのかまだ見えていないので、人を本当に幸せにする分かち合う人間関係を見つけるプロセスにしっくりくる言葉(今は婚活だけど)を見つけていきたい。

婚活の意味

《「結婚活動」の略》
理想の相手を見つけ、幸せな結婚をするためにさまざまな活動をすること。
[補説]女性の社会進出、晩婚化、ライフスタイルの多様化などにより男女がすぐには結婚しなくなったことから、結婚のためには就活(就職活動)のように積極的な働きかけが必要になってきたとするもの。山田昌弘、白河桃子の共著からの流行語。

出典 小学館

最初から意図や目的を持ち込むのはある意味ではとても合理的


上記の用に婚活は、”結婚することを目的”として積極的に相手を探す活動のことである。限られた時間とお金を、より自分の目的達成に叶いやすい方向に選択投下していくのは当然といえば当然である。いつか出産を考えている女性であれば年齢を重ねれば重ねるほど切実さは増す。


この人と会って食事をしたとして、結婚というゴールに結びつくだろうか?ロマンスや性的快楽を共有するだけの一過性の関係に終わるか?あるいは子どもを持つ親として相応しい愛情、教養や家事スキルを持ちえていろだろうか?と思い巡らせながら人間関係に、最初から意図や目的を持ち込むのはある意味ではとても合理的だと言える。

しかしここへ来て、(私自身がおこなってきた婚活支援の矛盾を自ら暴露してしまうような居心地の悪さもあるが)ふと疑問に思うことがある。

実は、最初から明確な目的と意図を持って人と出会うことが、かえって人と人とのつながりをひどく不自由にさせてしまうのではないか、という懸念点である。なぜか、その理由や背景については次の記事で述べることとしたい。


そろそろ、サウナに行く時間です!
今日は大好きなあの場所へ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?