SYNCROOMでのリモート共演の可能性

『フリーゲージトレイン』運行開始しました

2021年2月12日から、Chiei YouTubeチャンネルで新しい企画 『フリーゲージトレイン』を始めました。フリーゲージトレインというのは和製英語で、異なる線路幅を行き来することができる鉄道のシステムのことです。例えば山形・秋田新幹線などは線路幅を新幹線に合わせて広げていますが、フリーゲージトレインなら線路はそのまま、新幹線から地方の在来線に同じ車両で入ることができます。

※鉄道に関する記事ではありません

日本でも長年開発が続けられながら、諸事情でおそらく実現できないと言われています。でも私は昔からこの言葉が好きで、こうしていくつかのジャンルにまたがって音楽活動をしているので、ますます共感をもっていました。以前スペインで乗った「タルゴ」という列車、このメーカーの代表的な車両が軌間可変列車、いわゆる「フリーゲージトレイン」で、タルゴの車窓からの風景を見ながら浮かんできたメロディー(15年ほど寝かせていました…)をもとに作曲、CD『トレス・オリヘネス~3つの始点』に収録しました。

智詠『トレス・オリヘネス~3つの始点』
※フリーゲージトレインの楽曲をダウンロードやストリーミングでお聴きいただけます

さて、この企画はフリーゲージトレインの名の通り、内容もフリーゲージというか、なんでもありにしようと思っています。ライブ配信になるかもしれないですし、レッスン動画のようなものになるかもしれません。いずれにしても、なかなか人前で演奏できないまま活動できなくなるよりは、これまで自分なりに得た知識や重ねてきた経験を少しでもお伝えしておきたいと思いました。

動画配信『フリーゲージトレイン』1号(第1回)の内容は「新リモート共演」と題して、2組の方とオンラインでつないで収録しました。実に13年ぶりのビブラビトリオ(星衛さん&伊藤アツ志さん)、そして『トレス・オリヘネス』の制作でお世話になったタンゴピアニスト青木菜穂子さんとの共演はとてもわくわくするもので充実した時間になりました。本当にありがとうございます。

リモート共演の課題もいくつかできたので、今後いろいろな方とご一緒する機会のために、以前書いた「はじめてのライブ配信」の時のように備忘録を書いておきたいと思います。

※ここからはけっこう長いので、先に「フリーゲージトレイン」の配信動画とブログ記事のリンクを置いておきます

ブログ記事はこちら


リモート共演の楽しさと大変さ

「リモート共演」は昨年から様々なジャンルで試みられています。ただ、その場でセッションとなるといきなりハードルが上がります。例えば現在普及しているビデオ通話アプリだと、1人ずつ発言するような会議や1対1の通話には最適ですが、どうしても「時差」 (用語だと遅延・レイテンシー)が発生してしまいます。電話口の向こうとこっちで一緒に歌うと、絶対に合わない「かえるのうた」になってしまうあの現象です。同時演奏はむずかしいというか…まず無理です。

私も参加したケーナ奏者のRenさん、渡辺大輔さん、チャランゴ奏者桑原健一さんとのリモート共演では、まず私がギターパートを録音・録画してメンバーに送り、最終的に編集して公開するという流れでした(ちなみに私は「コーヒールンバ」を担当しました)

このリレー方式の重ね録りはレコーディングなど音楽制作の現場でもよく行われる手順なので、かなり精度の高い演奏に仕上げることができます。ただし映像を一緒に録る場合は、ある程度の打ち合わせや工夫をしないと、映像での奏者の姿にはいろんな意味で「時差」が生まれてしまいます。これは私の反省なのですが、(コーヒールンバではなく別のリモート共演動画で)最初に録った自分が、タイミングを合わせやすいよう気を使ってしまい、かなり神妙な面持ちで演奏してしまいました。いざ仕上がった動画を観てみると他のメンバー全員が「ウエーイ!」とかなり高めのテンションで演奏していて「ありゃー」となってしまいました。それはそれでとても楽しい経験でしたが…。

SYNCROOMとの出会い

2020年の秋に一瞬活動を再開できたものの、年明けに再びリアルライブがむずかしくなった状況で(この繰り返しは当分続くでしょう)、できるだけリアルタイム感を味わえるリモート共演の形を探していましたが、2020年から提供がはじまったYAMAHAの「SYNCROOM」というアプリに出会って、ぜひこれを使いたいと思いました。SYNCROOM では「ルーム」と呼ばれるバーチャルな空間を設定して、そこに入室したメンバーがスタジオでリハをしているような気分で音合わせができるという画期的なシステムです。

前身の「NETDUETTO」というアプリの時から気になっていて、私も昨年呼んでいただいた京都でのライブのリハの際に「SYNCROOM」を利用しました。音声のみなのですが、1ルーム最大5人、2つのルームを連結して10人までセッションできるそうです(2021年2月時点)。

さらにありがたい機能が2つあります。まずセッションのやりとりは誰でも好きなタイミングで録音が可能。Recボタンを押すと全員の音を記録してパソコンのミュージックのフォルダに保存してくれます。もう1つはファイル再生。記録した音声ファイルをその場で確認することはもちろん、パソコンに入っている既存の音源を再生してそれに合わせて練習することもできます。ちなみにファイルの再生と録音は同時にはできないのでカラオケに合わせて歌ったものを記録する、ということはできません。

SYNCROOMについて詳しくはこちらをご覧ください。2021年2月時点でWindows / Mac / Androidに対応、スクリーンショットなど画面の転載はできないのですが、けっこうシンプルな画面なので分かりやすいです。

とにかく環境づくりが大切

動画では「新リモート共演」と銘打ちましたが、すでに多くのアーティストの方がSYNCROOMを利用した動画制作やライブ配信をおこなっており、NETDUETTO時代から利用している人にはもうすでにポピュラーなシステムです。でも、まだまだSYNCROOMの存在すら知らないミュージシャンも多く、このシステムでいろいろな方と音楽をつくっていけたら…という気持ちもあって、あえて「新」とつけました。


共演する方とつないでみると、確かにクリアに音声がやりとりできて感動します。ただ実際に音を出してみて「遅延」が即解決しているかというと…なかなかそうはいきません。予想以上に環境づくりが大切ということもわかってきました。

まず、リハの前にお互いの音がバランスよく聴こえるよう設定する時間が必要です。記録を残せる状態になるためには最低1時間、トラブルがあったら2時間くらいすぐ経ってしまうので、日程にはゆとりをもつことが大事かもしれません。スタジオで収録するときにもセッティングで1時間以上かかるのはザラなのでそのイメージで。

「SYNCROOM」はパソコン上で「Zoom」などと同時に起動できるので、多少の遅れを気にしなければビデオ通話しながら打ち合わせができます。SYNCROOMで音が安定するまではスマホかタブレットなど別回線でつないでおくと便利です。(つながったらスマホの音声やマイクをミュートすればOK)

なので、SYNCROOMを使いこなせるまでは、なるべく初対面や初共演よりは、すでに共演経験がある方、かつなるべくフランクにやりとりできる方がいいと思います。接続だけでストレスになりやすいので、その意味では今回みなさんには長時間楽しくお付き合いいただき本当にありがたいです…。

通信環境についてはちょっとむずかしくなるのであまり詳しくは書けないのですが、wi-fiよりもLANケーブルを直接パソコンに接続するのがベターなようです。またマイクを接続する「オーディオインターフェイス」という機械の設定方法も事前に相談するとスムーズだと思います。ちなみに今回はICレコーダーとビデオカメラ、USBマイクをレンタル機材として用意しました。

WindowsでUSBマイクを使う場合フリーのASIOドライバを入れ、Macの場合はCore Audioで設定します。もちろん予算がゆるせばここ1~2年以内にリリースされた新しいオーディオインターフェイスの導入をおすすめします。

参照リンク:SYNCROOMマニュアル
オーディオインターフェイスについてはこちらもご参照ください

特に大事だったのが「バッファサイズ」の設定。バッファは「データの一時的な記憶」という意味で、よく「貯水池」に例えられます。バッファサイズが小さいと水がダイレクトに流れますが、水が止まると途端に流れがわるくなります。逆にバッファサイズが大きいと「貯水池」から流れ出るまで時間がかかり「遅延」となりますが、安定供給ができます。同時録音の場合は64サンプルより小さい方がいいですが、あまりプツプツとノイズがのる時はパソコンに負荷がかかりすぎているので、妥協できるサンプル数を探します。

今回はオリジナル曲や、アルゼンチンタンゴのスタンダードナンバーを演奏しました。SYNCROOMでつなぎつつ、メンバーそれぞれビデオカメラやICレコーダーで別途記録、それを集めてこちらで編集しました。SYNCROOMでの音合わせでリズムが遅れて聴こえる場合でも、テンポが一定の曲でしたら多少のずれには目をつむっても一定のリズムをきざむようにすれば、収録はなんとか可能です。

どうしてもむずかしいようでしたら、従来のリモート共演のような「重ね録り」に切り替えます。SYNCROOMをオペレート用にして、細かい打ち合わせもその場でしながら収録できるので、「プランB」としてもこのツールを活用できます。

「SYNCROOM」をストレスフリーで使うには
0.音合わせの前に必ずお互いに設定の時間を作る
1.慣れるまでは、共演者はなるべくリアル共演がある方
2.wi-fiではなくLANケーブル直で接続 (光回線&IPv6推奨)
3.オーディオインターフェイスは必須、なるべく最新の機種を使う
4.バッファサイズを64sample以下にする
5.なるべくゆったりとしたテーマや、リズムが一定の曲を選ぶ
6.もし遅延が解決しなかったらプランB(重ね録り)に切り替える
7.収録や配信の場合はパソコン以外にカメラ・レコーダーなども併用

SYNCROOMでのリモート共演の可能性

今回のSYNCROOMでの共演は私にとっても実験的な意味合いが大きかったですが、とても意味のある時間になった気がします。なにより「共演感」を味わえることが大きいです。これで何かを成し遂げる、という結果を得られるかどうか、よりも、離れたところでセッションを楽しむ活力をもらいました。ZoomやSNS (Facebook、Instagram、Clubhouse等)とも併用できるかもしれません。この経験が生きてくることを願っています。

フリーゲージトレインのリモート共演動画はこちら

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