去年の夏、私は当時の小山田圭吾さんコーネリアス掲載雑誌を掻き集めた。
何でも自分の目で直接確かめないと納得できないので、持ってない雑誌も原本を買い集めた。
そこでみつけた気になる記事を、誰か拾ってー!って意図でポツポツとTwitterでシェアしたりしていたのだけど、一度時系列に纏めておこうと思います。
ロッキングオン JAPAN の記事です。
インタビュー記事抜粋については全てインタビュアー山崎洋一郎さんです。
フリッパーズギターの頃から。
1991年4月号
フリッパーズギター
インタビュー余談↓
上の焼肉屋ミーティングは個別インタビューの追加で、急遽掲載された模様。(飲み会録音してたのかな?)
*フリッパーズギターは当時のJAPANではフニャモラーと呼ばれていました。
次これはフリッパーズ解散後
コーネリアス デビュー前
1992年12月号
田島貴男さんと小山田さんの対談
病弱プー太郎小山田
この辺から怒涛の小沢健二 小山田圭吾
テレフォンショッキング状態で2人は暫くJAPANに登場しつづけています。
JAPAN始まって以来の凄まじい大反響
↑この号で小山田いじめ発言が初登場し、山崎さんが驚いているシーンがあります。
JAPANリニューアル前号
そしてリニューアル巻頭表紙号がこちら
問題の2万字インタビュー号です。
ここからJAPANでは、
小山田=病弱 フニャモラー ではなくなり
小山田=いじめキャラ (=硬派ロック?)
として扱われていくようになります。
翌号
1994年2月号
僕こないだのインタビューに少し後悔しているところがあります
「俺また人格プロデュースされてる」
いぢめ&いぢめの再来
1995年11月号
こう見ていくと、コーネリアスのファン層が"頭グルグルミーハー軍団"から"ロック男性ファン層"に変わってきたのかなーと感じます。
1997年7月号
↑こういう発言を見ると山崎さんの決めつけキャラと小山田さんのリップサービスはあるなあ…と感じます。
中学時代の「うんこバックドロップ」にルーツを持つ小山田独特の辛辣な「いぢめ」が
小山田の「いぢめ」に遭ったらどうしよう?
rockin'on 2001年11月号
編集長 山崎洋一郎は rockin'on (洋楽誌)に移動していてそちらでコーネリアスのインタビューをしている。
(POINT時はJAPANでも巻頭表紙でインタビューしている。ちなみにそちらのインタビューは鹿野さん。)
2006年11月号 JAPAN
こちらがおそらく最後のロッキングオンでの山崎さんインタビューかなー?と思います。
ここまでロッキングオンJAPANでのフリッパーズギターの頃からの小山田さん記事を振り返ってみました。
ですが、これは私がした切り取りnoteなので、
雑誌原本、インタビュー記事全文読むと印象は変わることもあると思います。
私は全文読んだので、山崎さんと小山田さんの関係に力関係だけでは無い友情があったのも感じます。
単純に商売だけではない、愛情もあったのではないか…と思っています。
↓Cornelius official より
山崎さんの文章には力がある事を知っています。
かつて山崎さんがフリッパーズギターの解説者としてラジオやテレビにも出演していたのも見聴きしてきました。
ロッキングオン、山崎さんには出てきて言い訳でも良いから事情を話して欲しいなーと、
私は願っています。