見出し画像

わたし、親を捨てました。〜毒親育ちのアダルトチルドレン

つい4日前、わたしは親を捨てました。


親を捨てた。
縁を切った。
こんなことを言うと、「人でなし!」なんて言われそうだけど
事実だし、堂々と書きます。


ただひとつ最初に申し上げておきたいのは、
この決断は何十年も葛藤に葛藤を重ねたものであり、
親と決別することを、毒親育ちのアダルトチルドレンのみなさんに軽々しくオススメしているものではありません。


わたしは「家族大好き!」で育ってきた長女なので、親きょうだいはとてもとても大切な存在だし
今でもその想いに変わりはないから
できることなら
程よい距離感をとりながらでも仲良くしていたかった、という思いもゼロじゃないわけです。

なので「noteに親を捨てたって言ってる人いたな🌟よ〜し!この際親キライだし、自分も捨てちゃろーー!」みたいなことは、ぜったいにやめてほしいと思います。(いるのかなそんな人🤣)
親にいろんなことをされたから「縁切ってやった!」「やってやった!!」的なものでは決してなく
「そうせざるを得なかったし、自分と大切なものを守るために、そう判断した」と言うのが正解だから。



ただね。もし、、親との関係に対してとてもとても悩んでいて
自分を大切にすることができなくて
心やカラダ、お金や新しい家族など、大切なことを大切にすることすらままならないほどに搾取され
人間らしい感情すら、忘れてしまいそうになっている人がいたら・・?

《親に対する愛情は、親に従うだけことではないよ。》
《あなたにだって、幸せになる権利があるよ》
と、わたしはその人たちに伝えたいのです。


今日は、
・親に距離を置くことを伝える前まで
・伝えてみて、わたしがどう変化したか を書きたいと思います。

親に距離を置かせてほしいと連絡したときもそうしたのですが、今回の記事でも
親にどのようなことをされたのかは
詳しく書くつもりはありません。

なぜかというと、
わたしは親を加害者にしたくなかったし、わたし自身のことも、被害者にしたくなかった。自分の精神的な自立のために、距離を置きたかっただけだから。


「親のせいで!うんぬんかんぬん」を言い続けている間は
まだまだ自立とはほど遠いと思うのです。

それよりも、わたしがひとりの人間として
親というひとりの人間と、どう付き合っていきたいか?
それに焦点を当てることが、一番たいせつなことだと思っていました。


ですので、この作品を仕上げるうえで必要だと思える経験だけを取り上げて
お伝えしていきたいと思います。



毒親と縁をきるまでの経緯〜距離をとることは難しい。

(自分の親を毒親、と書くのもちょっと嫌だったりするのですが)毒親、と言われる親と子の関係性は
依存関係にあることがほぼ100%だと思っています。

親子の間で健全な愛情交換・・・
つまりお互いの自由と自立、成長を願ったうえでの関係ができていたら、依存関係にはならないのですが
毒親とアダルトチルドレンの場合は残念ながら、そうではないです。


これを知識としては知っていたのですが、母に縁をきる宣言をして、改めて「やっぱりわたしと母の関係は健全なものではなかった」と思ったエピソードをひとつご紹介します。


母はわたしが小6のときに離婚していて、
私たちきょうだい4人と、祖母を抱えて生活していました。

母をふびんだと常々心配していた祖母は、
「ちえがお母さんを支えてあげなさいよ」「助けてあげなさいよ」といつも言っていました。

それになんの違和感も感じなかったです。実際高校まで出してもらった恩を返すのも、当然のことだから。



で、働きに出てからずっと、わたしは母に毎月8万ほど仕送りをしていたわけですが・・
26歳くらいになったある日、母に言われたのです。


「大人になるまで頑張って育てたんだから、
もう子どもたちに生かしてもらって当然とずっと思ってきた」と。

このひとことが、初めて母に嫌悪感を感じたきっかけです。


そう。
祖母は母(自分の子)のしあわせを願い、
母は自分のしあわせを願っていました。

わたしは
祖母からも、母からも、「この子が大きくなったとき、人生が幸せであるように」なんて言葉を
ただの一度もかけられたことがなかった。


子どもはそれでも、祖母や母のことをたいせつに思うわけで
甲斐甲斐しく支えになろうとがんばるわけです。

だって親に愛されたいんだもん。



《親と子の血のつながりに甘えて、子どものものも、自分のものにしてしまう親。
健全な愛情を知らずに育ち、愛されたいがために自分の全てを捧げることに必死な子。》


この方程式が、多くの毒親とアダルトチルドレンの間にはあります。
この期間が長ければ長いほど、
親は子どもが親の言うことに従うのは当たり前だと思って疑わないようです。

つまり、この毒親と子の関係性に、『子どもの人権』『子どもが選ぶ権利』はとても薄いのです。
親にとってはこの権利を行使されることは、とてつもなく恐ろしいことだと思います。

そうだよね。自分が支配下における人も
生活を支えてくれる人もいなくなるわけだから・。


なので、そういう子どもの人権や幸せを考えない親と「距離と置く」というのは少し難しいところがあります。
親御さんに
たとえば恋とか、仕事や友達とか、何かたいせつなものが増えれば
ほんの少し距離は取れるかもしれませんが、
何かあったときの「頼れる保険」と思われているかもしれない。すごく悲しいけれど。

そういうとき、自分が強い心でそれを否定する覚悟は持っておいた方がいい。


わたしの場合は、母からLINEが来るだけで条件反射のように
「いい子でいなければスイッチ」が入ってしまうので無理でした。
平常心でいられなくなるんだよね。


わたしがもしも、母にきちんと
「NO!あぁたそれ違うで!✋!!わたしにゃ自分の人生があるんやで!自分のことは自分でたのんます!」と言えて
母は母。父は父。わたしはわたしと思える人間だったら
もしかして、もしかして、もしかしたら、親と縁を切らずにすんだかもしれません。(わかんないけど)


だからどっちかというと、親のせいっていうより
自分の心の問題なのです。
どうすれば、自分の心を守ってあげられるか。
自分のたいせつな人や、稼いだお金を守れるか。


「自分の人権」や「自分が幸せになる人としての権利」を考えることが許されなかったアダルトチルドレンにとって
それを考えること、実行することはとても勇気がいるけれど、すごくたいせつなことです。


人によっては、自分が親と縁をきるとか
親に「ノー」「それはできません」と言うことで、、、
いいにくいけれど、、縁をきるとか、親を捨てるどころかもう
「結果的に親を◯ろすことになっても構わない」くらいの気持ちの覚悟が必要だったりすることもあるかもしれない。


それでも、あなたにはきっと
あなたを大切に思ってくれる方がいるはずで
これからも、まだまだあなたを愛してくれる方にも出逢うはずで

たくさんの経験をし、あなたが培ったものや、大好きなこと、大好きな人、
築いてきたものは
やっぱりみすみすドブに捨てられるものではない。
本当にたいせつに、たいせつにされるべきものだと思います。


その「あなたの大切」を、無下にせず、たいせつにしてくれる人が
親ではないかなぁとも思うのです。



親と縁を切った後〜わたしの変化と気づいたこと。

親に縁を切ると伝えた当日、もちろんいっぱい泣きました。

「これでやっと、自分の人生を生きられる」という、安心の涙と
「ごめんなさい」という涙。


2日目は、お腹が痛くなりました😂
いっぱい抱え込んでいたことが、抜けていっているように感じました。

肩のチカラが抜けて、
親との関係以外でも、これまで何でも「自分にできることを!精一杯!!やろうっっ!!」と必死だったのが
自然と「できちゃう」ことを、気力を残しながらゆるっとやって行こう〜〜☺️
というふうに、努力重視→才能重視で
無い物ねだりをするのではなく、自分の持っているものや、今まで積み上げてきたものも含めてこれからに活かしていこうと思えました。


それから、
今までの親子関係は、打っても打っても返ってこないテニスボールだったなぁ。とも。(別にキャッチボールでもよし。)

大好きな親きょうだいに向かって、打ってたボール。
打っても打っても返ってこなくて、

「あれ!?おかしいな?もしかして誰もいない!?
どうしよどうしよ!どうしたらいいの!??
もしかして、あたしブラックホールに向かって愛情投げてる!?」

みたいに焦って、返ってこないボール(愛情)を必死で投げ続けてきたなぁと。

やってもやっても、愛が届かない。
話が通じない。
空回り。

そんなブラックホールとのテニスは無意識に、「やっても無駄だよ。届かないし、実らないよ。」「わたしの話を聞いてくれる人なんていないよ」「人生空回りだよ」「どうせ」と。
どこか人生諦めが肝心的なきもちを生んでいました。


でも親以外のところを見渡してみたら、決してそんなに悲観することはなくて。
会話のキャッチボールもできる人たちしかいないし、
わたしの話も聞いてくれる。
愛されてると思えるし、安心できるんですよね。

親からの搾取劇場とも言えるブラックホールテニスをしていると、
会話もなにもかも、打っても返ってこない(よくて変化球)だもんだから
「わたしがおかしいのか!?」「愛し方、話しかた、間違っているのか!?」っていつも不安だったんです。
でも、わたしはおかしくなかった。

このとき先ほどお話させていただいた

「祖母は母のしあわせを願い、母は自分のしあわせを願っていた。
2人ともわたしの幸せを願っての言動をしたことはなかった」ことを
ふっと思い出したんです。

お互いのしあわせを願ってないんだから、キャッチボールなんてできるわけないよなぁ🤣って、もう笑っちゃいましたw



わたしは勝手に「親とは」「おばあちゃんとは」子どもに無償の愛を持っているものだ。だってそれが常識でしょ?それが普通でしょ??と自分に言い聞かせて、ずっと片思いをしていたようです☺️
なんだかヤケにスッキリして、一気に謎がとけたような気持ちでした。

思い切りフラれちゃったけど、

「わたしは人を、ちゃんと愛することができる人なんだ!」という自信も出てきました。

相手が違っただけでした☺️


3日目。1日ごっとり寝ました。めっちゃ自分をねぎらいたくて!




親に何ができるか。〜縁は切っても完全には切れない。

結局わたしは、長年葛藤した挙句、
親から連絡が来るだけで、自分が自分でいられなくなるような感覚に耐えきれず
縁をきることを伝えました。


でも親との縁は、切っても完全に切ることができません。
「自然と卒業」「自立」することが難しい親子関係だったからこそ、こうして少し強引に距離を置くアクションが必要だっただけで
エネルギーもつながっているでしょうし、
まして親に何かがあったときには、どこかしらから連絡がくるわけで。


ただこのアクションは、親に甘えることが許されなかったアダルトチルドレンが
親にできる、最後の甘えとワガママだと思ってもいいと思います。

「わたしは自分の人生を生きていきたい」
それって本当は、甘えでもワガママでもなく、みんなに与えられた権利なのですが
それでもアダルトチルドレンにとって、そう宣言しなければ現状を変えることは難しいことでもあるから。



毒親とアダルトチルドレンの関係性は、
親に健全に愛された人たちにとっては、とても不思議なものがあるのだろうと想像します。

だからこそ、

「それって後で後悔しないの?」
「自分が同じことされたらどう思うの?」
「たまには実家に帰ってあげたら?」
「話し合えば分かってもらえるんじゃないの?」
「和解できない親子なんているはずない!」「子を思わない親はいるはずがないから」

などなど美談や常識的なアレコレが
私たちを傷つけることもあるかもしれない。


でも、そういう美談や常識的なアレコレを自ら抱えて生きてきたからこそ
アダルトチルドレンはずっと親をかばい、
「1人の人として生きる喜び」を放棄して生きてこざるを得なかったことに
真正面から向き合う必要があります。


美談や常識や正論が私たちを傷つけるとき、
それはいじめを受けている子に、いじめられる方にも問題があるとか
セクハラされるあなたも悪いとか、
そういう「傷つける人を守ろうとする変な戦い」が
人の、そして自分の意識の中にもあるということを知っておいた方がいいです。



わたしが今思うのは、
自分の心を守れるのは、自分だけだということ。

「あなたの大切」を守れるのも、あなた自身だということ。


そしてわたし個人的には、

わたしが親と離れることによって、
わたしと関わる機会をなくすことによって、
親を「毒親」にする時間も同時になくなったわけだから、よかったと思っています。

お互いに、自立です。



親御さんに対して「ノー」を言うことは
本当に、震えるくらい勇気のいることで
まだ若い子たちから、
30代
40代、50代60代になっても、
または親御さんが亡くなられた後もなお、親御さんの呪縛の中にある方々を
わたしは知っています。


わたしのように決別するのは、本当に最終手段かと思います。
できればそこまでせずとも、
1人でも多くの「親に搾取され、傷つけられる子どもたち」が減り
自分の人生を清々しく歩んでいけるように願っています。

みんなに、パワーを送ります!!!




ちえぼぅ








あたたかいサポートにいつも感謝しております🙏💕✨ 記事をよろこんでいただけたら、とても嬉しいです! くださったサポートをエネルギーに、今後も楽しみながら発信しまーす:.* ♡(°´˘`°)/ ♡ *.: