宿鳳山 高円寺 -高円寺の『高円寺』-


色褪せた水色の空から参道を守るように、覆いかぶさってトンネルを作っているもみじ。その下に立って振り返る。
大きく開け放たれた門から見える高円寺の街は、初めて訪れた場所のように見えた。


JR中央線「高円寺」駅から歩いて6~7分。高円寺が「高円寺」である所以のお寺はいつも静かに建っている。

高円寺駅から歩くと少し入口が分かりにくい。
駅から「高円寺氷川神社」へ向かいそのまま道なりに下り坂を進むとお寺の門が見えるが、この門はたいてい閉まっている。お寺に入るには、そこからさらに南へ向かう。具体的に言うとそこで右折だ。
地図を見て向かうときは、「高円寺南四丁目交番」を目印にするのをおすすめしたい。

メインエントランスである門は交番のある通りよりもうひとつ北なのだけど、お寺の由緒が書かれた看板はこちらにある。
白塗りの壁があってその中は駐車場(契約駐車場のような雰囲気なので一般参拝客の駐車はおそらくできない)なのだけど、ここからお寺の敷地なのだろう。駐車場と書くのが憚られる風情があって、足元には燈籠。隣との境界面には笹のような植物がきれいな直線を並べていて、とても分かりやすい言い方をすれば「なんか京都みたい」。
紅葉のトンネルはここから始まっている。

左右各4~5台ずつの駐車場を抜け、車で通るには慣れと勇気のいりそうな道を渡ると高円寺の門が出迎えてくれる。門には大きく堂々とした「三つ葉葵」の家紋。

この高円寺の看板で初めて知ったのだが、この高円寺というお寺と「高円寺」という地名は、江戸幕府三代将軍徳川家光と縁が深いそうだ。
看板の内容をかいつまむと、「弘治元年(1555年/戦国時代、織田信長が清洲城に本拠地を移した年)に建立され、江戸時代に入ったあと徳川家光が遊猟(鷹狩りだろうなぁ)のときに休息のために立ち寄ったことで有名になった」とのこと。また当時「小沢村」と呼ばれていたこのあたりを「高円寺村」と改めるようにいったのも家光という。現在このあたりの地名が「高円寺」なのは家光の指示というわけだ。

それにしても家光、かなり高円寺がお気に入りだ。
高円寺のWikipedia(2019年12月現在)によると、「当時の住職(おそらく看板に記載の第五世耕岳益道さん)が雨宿りのためにたまたま立ち寄った家光を、将軍としてではなく一般客としてさりげなくもてなしたことが家光の心を掴んだ」という。それ以来遊猟のたびに立ち寄っていたらしい。

いつの世も、権力者に媚を売りすぎずシャンとしていたところを気に入られる、という話はつきものだ。少女漫画の俺様が、俺様になびかないヒロインをみて「フン、おもしれー女じゃねえか」と興味を持つようになるのと似ている。
確かに、私自身もついつい権力者(社長とか)を前にするとなんとなく腰が低くなってしまうし、「権力者の前で堂々としている人」というのはみんなの憧れなのだろう。

看板によると、境内にある茶園の名残も家光の寄進のものという。wikiには宇治から取り寄せ家光自ら手植えしたという「お手植えの茶の木」もあると書いてあるが、どちらもどれのことだかよく分からない。
境内には小さな枯山水みたいなゾーンがあるのでそこか?と思っていたが、今調べたところ茶園って茶畑のことらしく、ここではない気が….。GoogleMAPの航空写真を見ると、一般客が入れないエリア(本殿の東)にもそれらしい部分が確認できるからそこに生えているのだろうか、お手植えの茶の木は。今度は植物に詳しい人と一緒に来ようと思う。

そんなわけで門の扉には三つ葉葵の家紋が堂々と掲げられているし、本殿の屋根瓦にも三つ葉葵の家紋が見られる。
たしかに江戸城(現皇居)から高円寺までって今でも電車で20分くらいだし、GoogleMAPの経路案内では高円寺駅から皇居まで徒歩で2時間17分。馬に乗ればもう少し早いだろうから、ちょっとしたおでかけにはちょうど良かったのかもしれない。

ところで、お寺ってよく門の前の階段のところに木製の柵みたいなものが置いてあるが、あれって「この門は通らないでください」の意であってるのだろうか。時間帯のせいなのか私が行くときには高円寺の門にもたいてい置いてあり、門を通り抜けたことはない。
門のすぐ右横に遊歩道のような小道があり、そこから門を迂回して境内に入れる。柵を設置する意図が上記であっているのかわからないが、こちらから入るほうがリスクは少なそうだなと思っている。

薄い緑から深い緑、鮮やかな赤からこげ茶に近いくすんだ赤までのグラデーションが参道に覆いかぶさる。もみじの葉の隙間から見える空はいつもより色が薄い。もみじが緩衝材になっているのか車の音は遠のいて、なんだかわからない鳥の鳴き声が左右から聞こえてきた。ほんの数歩で別世界だ。

進んでいくと、もみじの赤の向こうにもっさりとした黄色が見えてくる。このイチョウ、けっこう大きい。木の根元に立って見上げると視界一面が黄色でいっぱいになるほどだ。子供のときに見ていた大人って、このくらいの大きさだった気がする。
葉の形を見ると雄のイチョウで、境内に銀杏の香りはない。

イチョウの木の正面に本殿がある。本殿の手前にもいつも柵があって近寄れないが、これは私が来る時間が悪いのだろうか…少し遠くから手を合わせて参拝。
表の看板によると本殿は昭和28年に建立(再建)されたものとのこと。確かに上部の石の積み方などは新しそうというかどことなくビルっぽさがあり、昭和に建てられたものなんだろうなぁと思う。扁額の木彫り龍などは立派で、チープな感じはもちろんない。
本殿の屋根の上、それもけっこう手前の部分になにかの彫刻が乗っているように見えるのだが、なんだか分からない。次こそ望遠鏡を持ってこようと思うのだけど、いつも忘れてしまう。鳥のようにも見えるし…なんなんだろうか。
本殿に向かって左にはひときわ鮮やかな赤色に染まるもみじの木がある。紅葉真っ盛りのもみじの赤色って、なんともいえない透明感。ガラス細工のような。飾り気のない佇まいの本殿とのコントラストが繊細で力強い。
同じ紅葉でもイチョウの黄色はどこか暖かいのに対して、もみじの赤は凛とした冷たさがあるなぁと思う。

もみじを見ながらさらに左へ進むと、高円寺の見所のひとつである石鳥居「双龍鳥居」がある。東京都内には双龍鳥居が3つあり、「東京三鳥居」と呼ばれているそう。あとの2つは、わりと近所の馬橋稲荷神社(阿佐ヶ谷南)と、ちょっと離れた品川区の品川神社。
石の鳥居の両柱にそれぞれ1匹ずつ龍が巻きついており、端的に言ってカッコイイ。鳥居の向こうは稲荷社で、狛犬やお稲荷さんはいないが2匹の龍にしっかりと守られているように見える。よく見ると鳥居の根元の部分には左右で一対の狐も彫られている。また左側には亀、右側には富士山?のような彫りもあり、縁起が良い感じ。
鳥居の根元を見ると、建てられたのは「昭和八年九月」。「石工 田中西蔵」という名前もあり、三鳥居のうちのひとつ阿佐ヶ谷の馬橋稲荷神社の双龍鳥居にも同じ名前が刻まれているそう(wikiより)。反対側の根元には「納主 關口林之助」という文字。
看板によると高円寺は4度の罹災にあっており、一番最近のものが昭和20年ということなので、たぶんだけど戦争による火災なのかなぁと思う。だとしたら、本殿が焼失した戦火でこの鳥居だけは残ったということだ。

この鳥居の左側にも大きなイチョウ木が2本ほどある。ちなみにそこが境内の西側の境界線で、氷川神社からまっすぐ進んだときに見える通れない門の内側がそこだ。門の屋根の上にイチョウの落ち葉が降り積もっていて良い風情。

鳥居の真後ろに枯山水のようなお庭があって、その奥に小さなお堂がある。なんの案内もないので分からなかったが、wikiによるとこちらは「開運子育地蔵堂」。たしかにお地蔵さんのような像があった。天井から年季の入った千羽鶴が下がっていて、なんのお願いの千羽鶴なのかなぁと考える。
このお堂へ行く小道の脇に、たぬきのようなユーモラスな像があって心が和んだ。

以上が「宿鳳山 高円寺」の境内。全力で急げば3分くらいで見て回れるが、じっくり楽しめば30分くらいか。1時間以上いるには他の参拝者の方の視線を気にしない心が必要だ。ちなみに境内にベンチなどは一切ない。

今更だが、こちら曹洞宗のお寺。禅宗のお寺なので余計な愛想がないのは納得だ。私の家の宗派(父方)が曹洞宗なのでなんとなく親近感が湧く。
看板によると、本尊は観音菩薩像。室町期の作と伝えられる阿弥陀如来像も安置されているという。


高円寺に住んでいる人は、心のどこかで「高円寺には”高円寺”がある」ということを誇りに思っている気がする。少なくとも私はなんとなく自慢だし、うちのアパートの大家さんもよく宅配便の人に自慢げに話している。
地名にはもちろんそれぞれ由来があるが、地名の由来にすぐ「行ける」というのは、なんとなく嬉しい。自分が産まれるはるか前から高円寺という街が「高円寺」と呼ばれていたというのは自分も歴史の一部なんだなぁという気がするし、アイデンティティを支えてくれる。
それに、友達が遊びにきたときに「高円寺の”高円寺”行こうぜ」と言えるのは、やっぱりなんとなく自慢だ。中央線トリビアと化している「吉祥寺には”吉祥寺”がない」に少し勝てたような気がするし、話の種になる。

冒頭にも書いたように、初めて「宿鳳山 高円寺」に来たとき、境内から門を通して見えた高円寺の景色が知らない街のように見えた。
なぜか分からないが門の向こうに海がある気がして、俗世から離れた境内の雰囲気に飲まれたのか「あれ私、瀬戸内海のどっかの街に旅行にでも来ていたっけ」と思ったほど。
高円寺は、そんなお寺がある街である。


ちなみに境内ぐるりと回ったが「御朱印受付」の文字は見つけられなかったので、御朱印集めがライフワークの方はご注意を。
高円寺の御朱印だと「高円寺氷川神社」が有名なので、そちらにお立ち寄りいただけると良いかと思います。
「高円寺氷川神社」の話は、また別の機会に。


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宿鳳山 高円寺(高圓寺)
東京都杉並区高円寺南4-18-11
宗派:曹洞宗
本尊:観音菩薩像
参拝可能時間:明確な表示はないけど、冬季節でも16~17時くらいまでは入れる印象


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