CLOUDS ART+COFFEE -イトウハジメ原画展「ぼくとちいさな怪獣たち。」-

女の子の初恋の相手は、かなりの確率で「叔父さん」なんじゃないかと常々思っている。


Instagramでよく見ていた作家さんが原画展をやるとポストしていたので、ほう、と見てみたら場所が高円寺だった。せっかくだし見に行こうと思ったのがたしか10月半ばごろ。

Instagramでイラストを見る習慣はなく、まして私は子供好きでもないためちいさな子供を題材にしたイラストに興味はない。普段見かけても、なにも思わないか「かわいいな」と思って通り過ぎる程度。
そんな私がイトウハジメさんの絵を好んで見ていたのは、インスタで公開されていた作品が”姪っ子”を描いたものだったからだ。

子供にとっての叔父・叔母というのは、人生で最初に出会う大人なんじゃないかと思う。少なくとも私にとってはそうだった。
最低限のマナーは教えてくれるだろうし、身の安全も守ってくれる。だけど、叔父・叔母というのはどこかわたし(ちいさな子供)に対して無責任だ。程度の差はあれ、親は子供に対して「こういう子に育ってほしい」「きちんと育てて責任を果たさなくては」という荷物を背負っているように見えて、大人というよりはやはり「親」だ。叔父・叔母にはそれがない。かといって祖父母のように甘やかしてくれるかというとそうでもなく、わたしと同じ目線で遊んだり喧嘩したりしてくれる。
特に兄弟姉妹のいなかったわたしにとって、叔父と叔母は初めて出会う「年上の人」であり、「年上の友達」だった。

イトウハジメさんが姪っ子「ふみさん」を見ている視線にも、同じようなものを感じている。
怪獣のように泣いたり、ふしぎな言葉を話したりする姪っ子を見る視点はどこか遠く、他人事だ。まじまじと観察して、それをあとで絵に書いているんだからなんとも無責任。子供の言葉をゆるキャラに変換して描いたりと完全に面白がっている。
もちろんそこには「姪を見る叔父」という視点だけじゃなく絵描きさんとしての観察眼もあるのだろうけど、私はこの「姪を見る叔父」の距離と温度差がある視線が好きだ。
きっと、出来上がる作品がまったく同じものだったとしてもこれが「娘を見る父」の作品だったら私は好んで見ていないし、原画展に行くこともなかっただろう。

絵の展示を見に行っておいてなんだが、私は絵画の「美」をそのまま素直に感じる感性に乏しい。イトウハジメさんの絵のざっくりとしたワッフル生地のシャツみたいな線は気持ちが良いし、美大卒・教師という経歴から人体の構造について正確なんだろうなぁと思うけど、それ以上のことはよく分からない。これは世界的に有名な画家の絵を見たときも、近所のスーパーに貼ってある「子供が描いた母の日・父の日の似顔絵」を見たときも同じ。
そんな私でもイトウハジメさんの絵が好きなのは、絵から得られる絶妙な量の情報が楽しいからだ。
原画展に展示してあった一枚の絵。「ねこっ毛」と題されたそれは、お昼寝中のふみさんの様子と、起きたときの髪の毛の立ち上がりの変化を描いたもので、それだけでも微笑ましい。だけど私が好きだなぁと思ったのは、寝ている最中はふみさんの周りに散乱していた脱ぎっぱなしの靴下や絵本、おもちゃが、起きた時の絵には描かれていないこと。それだけで、周りの大人たちがふみさんを起こさないよう気をつけながら、そーっとおもちゃや靴下を片付けている様子が想像できる。そういう、周りの大人たちが子供を大切に見守っている風景と、その中で育つ子供と、それを少し離れた視点で見ている絵描きさん、という世界が優しいなぁと思う。

展示会場であるCLOUDS+ART COFFEEには、この日初めて行った。アートの展示やイベントを開催する目的で作られたカフェのようで、展示スペースとなる壁は一面まっしろ。だけどクロス貼りではなく塗りの壁なので温かみがあり、カウンターや椅子が木製で統一されているので、けっこう幅広い作風のアートを展示できるんじゃないかなぁと思う。
椅子の座席は3つほど。店内はそんなに広くなくて、一度に10人もお客さんが入ればちょっと周りに気を遣うかな、というくらい。
このあたりはあまり行かないエリアなのだけど、帰り道に見てみると周りには同じようなギャラリースペースや個人のクリエイターさんの作品を展示・販売するお店がいくつかあって楽しかった。今度またゆっくり来ようと思う。

今回の展示では入口入ってすぐ左側にカラーのイラストが数点展示されており、ふだんインスタでは鉛筆描きモノクロの絵しか見ていなかったので新鮮だった。この中の1枚「ママもう怒ってないよ」が特に好き。ぷううと膨れたふみさんのほっぺと青いカーテン、お庭の土、それにタイトルがこのあとの時間の”平和”を見せてくれて、子供の頃の気持ちに戻れたような。子供ながらに「見守られているかんじ」を察知して、気恥ずかしいような嬉しいような気持ちになっていた頃を思い出した。思い出して、とはいえ大人になった今でもたまにそういう時あるなぁと思う。私は未だに子供だ。


冒頭で、女の子にとっての叔父さんはかなりの確率で初恋の人、と書いた。「初めての憧れ」といったほうが近いかもしれない。
わたしに対してまるで責任を持っているように見えないし、ご機嫌取りをするように優しいわけでもない。なにをしているのか分からなくて、「なにしてるの?」と聞くと教えてくれるけど、教えてもらっても分からない。パパやママはわたしに分かるように話してくれるけど、叔父さんはそうじゃない。パパやママ、おばあちゃんはダメっていうけど、叔父さんはちょっと悪いことも教えてくれる。夕飯前のお菓子とか。それで叔父さんが私より怒られてて、どうにも「親」とはちがうひと。
ふみさんにとっての初恋の人が誰になるのかは分からない。それでもきっと、ちいさな自分をずっと描いていたイトウハジメという叔父さんのことは死ぬまで大好きでいると思う。絵を描いてたり、たぶん普通の大人とは違う不思議なものを持っていたりする叔父さんは、ちいさな女の子にとってどれだけ特別に見えているだろうか。そう考えながら、「ぼくとちいさな怪獣」の原画を見ていた。

ところで、「女の子にとっての叔父さん」は血縁関係によって4パターンに分類される。
①父の兄
②父の弟
③母の兄
④母の弟
このうちとても個人的に一番初恋度が高いのが④母の弟、だと思っている。初恋度で順位を付けるならたぶん④③②①だ。イトウハジメさんはふみさんにとって③母の兄 なので、惜しい。
どうしてこうなるかというと、まずちいさな女の子にとっては父親より母親のほうが心理的距離が近い(と思う)ので、母方の叔父のほうが自分に近い。ただ母の兄、だと、叔父にとって一番大切にしなきゃいけないかわいい存在はいつまでたっても妹=自分の母親、なので、最初から失恋状態なわけだ。イトウハジメさんが妹さん(ふみさんママ)を溺愛していることからもよく分かる。
その点で1位が④母の弟、になる。母よりも自分に年が近く、たいていの場合弟は姉に頭が上がらないし、どこか姉に守られている。もちろん弟にとっての姉が守るべき大切な存在、という面もあるだろうが、兄と妹とはだいぶ雰囲気がちがうだろうと思う。だから叔父にとっての庇護エリアの最優先事項になりやすく、初恋度が高い。この④母の弟の叔父については、『ルームロンダリング』(映画・ドラマ/2018)においてオダギリジョーが演じた「叔父さん」が完璧なのでぜひ参照されたい。

ちなみに私の大好きな叔父は③父の弟 だが、そんなことは関係なく、私の叔父がこの世界において一番の「叔父さん」である。

きっとふみさんにとってのイトウハジメさんが、世界で1番の叔父さんであるように。


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イトウハジメ原画展「ぼくとちいさな怪獣たち。」
イトウハジメさんInstagram
場所:CLOUDS ART+COFFEE
   東京都杉並区高円寺北2-25-4
アクセス:JR高円寺駅より徒歩4分
日時:2019.11.26~2019.12.15
   13:00~19:00まで。月曜休館


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