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『致知別冊「母」2022』発刊に込めた編集長の思い

2019年6月、弊社から刊行された『致知別冊「母」』。
子育て層のお母さんたちを読者対象とした致知出版社初の試みでしたが、おかげさまでシリーズ累計50,000部を突破と、大変ご好評をいただいています。そして、令和5年6月、シリーズ5冊目となる『致知別冊「母」2023』が発刊されます。本書の企画から販促、イベント開催までを一手に担ってきた『母』編集長 藤尾佳子の『致知別冊「母」2022』「発刊に寄せて」をお届けします。


先日、子どもの小学校の運動会がありました。

一年生は初めての五十メートル走。我が子の出番を待つ中、ある光景が目に飛び込んできました。 一人のお母さんが、走り終わった自身の息子さんの近くに来て、満面の笑みで「やったね」と両手をグーにして顔の前でポーズをしていた。マスク越しにも伝わる目じりの下がった優しそうな笑顔と、控えめだけれど気持ちのこもったジェスチャーで、一等になった息子さんを讃えている。そしてその息子さんも、恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに笑顔を返していた。無言だけれど信頼し合っていることが伝わってくる。そんな親子のやり取りを見て、なぜか急に涙があふれてきました。

お母さんの子を思う心からの気持ち、そして、愛されている安心感を空気のようにまとった子どもの嬉しそうな顔。ごく普通のやり取りの中にも、大きな愛と信頼が感じられる。何と美しいのだろう。そう思うと涙が止まりませんでした。そして、この、愛されている安心感が、子どもにとって大きな大きな心の力になるのだと感じました。

 しかし、いま日本では悲しいニュースも後を絶ちません。

児童虐待件数は三十年連続で増え続け、二〇二〇年度は過去最多の二十万五千二十九件になった、と言われています。二十万人を超える子どもたちが虐待に苦しんでいるということ。また、いじめの件数も五十万人を超えています。いじめる側の子も含めると、この少子化の日本の中で、ものすごい数の子どもたちの心が不安に満ち、愛を渇望している。その子たちの気持ちを思うと、涙があふれて仕方がありません。この子たちの心、そしてその子どもたちの周囲の大人の心が、愛と感謝で満たされたなら、どんなにか幸せな社会になるのだろう、そう思います。

 少し話は転じますが、先日、この『母』の母体である『致知』初代編集長からこんなことを教わりました。

 「人間の運命はどこから来るのか。運命は外から来るものではない。毎日自分の心の中で育っている。では心は何が育てているのか。それは『意識』である。人間は、どういう意識で生きているかで運命が決まる。そして、意識には二つの意識がある。一つが『主人公意識』。もう一つが『被害者意識』。被害者意識で生きている人は、運命が発展していかない。主人公意識で生きる、すべてを自分の責任と考えると、そこに知恵が生まれる。それが運命を発展させていく」

この言葉を聴いて、相田みつをさんの「いのちの根」という詩が思い起こされました。なみだをこらえて/かなしみにたえるとき/ぐちをいわずに/くるしみにたえるとき/いいわけをしないで/だまって批判にたえるとき/いかりをおさえて/じっと屈辱にたえるとき/あなたの眼のいろが/ふかくなり/いのちの根が/ふかくなる

『にんげんだもの』文化出版局 ©相田みつを美術館

人生の中では、幸せに満ちた時だけでなく、悲しく苦しい出来事に出遭うことも必ずあります。その時に、出来事に振り回されない人間になること。それがよい運命をつくることになる。この詩は、そのことを表しているように思います。

どんな時代にも共通することですが、親は子どもの人生にいつまでも伴走することはできません。子どもたちは、自分の足で、自分の力で、人生の荒波を乗り越えていく必要があります。その中で、親が子どものためにできることは何でしょうか。それは、人生の艱難辛苦をも乗り越えていく「心の才能」を身につけさせてあげること。それしかないのではないでしょうか。

 私ども致知出版社は、「人間学」という一貫したテーマのもと、四十四年間出版活動を行ってきました。人間学とは何か。「過去にも未来にもたった一つしかないこの尊い命をどう生きるのか── それを学ぶのが人間学」と、これまでのシリーズでもお伝えしてきました。

もっと噛み砕いてお伝えするならば、「命の当たり前でなさを知り、当たり前の中にある〝有り難さ〟に気づく心を養う学び」が人間学であると言うこともできます。また、人間力とは「当たり前の中にある〝有り難さ〟に気づく心の力」だと考えています。命の尊さ、ありがたさ、当たり前でなさを忘れずに、いまここを生きている奇跡に感謝する心を軸に、親も子も、自分の「在り方」を整えていく。子どもという、日本の、地球の、未来の宝を、一番近くで育てるお母さんたちに、【人間学】を知ってもらいたい、それがきっとお母さんたち、お子さんたちの幸せに繋がるのではないか。そんな思いで発刊し続け、今回が第四弾となります。

今回のテーマは、「子どもの心の才能を伸ばす子育ての人間学」。読者の皆様と、周囲のお子さんたちのより幸せで心豊かな人生のヒントを掴んでいただければと願い、ここに発刊いたします。

令和4年6月吉日

『母』編集長 藤尾佳子