なしたね

もう10年以上前。TSUTAYAでアルバイトをしていた頃のことである。ある日、レジカウンターで入荷してきたDVDのパッケージを見て、僕は「やー、ケイト・ベッキンセイル、キレイなひとっすね」と、つぶやいた。
すると、隣にいた男性社員のMさんがこう言った。
「なしたね」

「え?」
僕は聞き返す。なんとおっしゃった?
「成した」
「え?」
「神は成した」
「え?」
「神の御業としか思えないレベルの美しさだね...ってさ」
「なるほど!そういう意味だったんすね!」

神は成した!...なんと素敵な言い回しなのだろう。なかなか出ないパワーワードだ。しかも、敢えて半端に「成したね」から切り出すのが実に小粋である。僕はなんだかやけに感じ入ってしまった。Mさんは自分で言っといて少し照れくさそうにしていた。

発端になったDVDがなんだったのかちゃんと覚えていないが、『アンダー・ワールド』のシリーズだろうか。俳優の見た目について思うことは色々思えど、わざわざ声に出して言うのは我ながらかなり珍しいことだった。ところがこの日この時はとても素直な気持ちが口を衝いた。おかげでこの至高の賛辞「神は成した」を聞くことができたのだ。これも人ならざる力に導きだった、とでも言うのだろうか。言って良かった。
以降、ケイト・ベッキンセイルを見かける度、そのお美しさについての思考を追い抜いて、Mさんの言葉が蘇る。

そんなわけで、誰かを最上級に褒めたいとき、僕はドヤ顔でこう言う。
「なしたね」
だいたいみんなおかしな顔をするので、フフフと説明を加えるのだが、今のところウケは良くない。

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