見出し画像

【読書感想】「ずっとお城で暮らしてる」

前半ネタバレ無し
下の方に段落開けて考察およびネタバレ


「ずっとお城で暮らしてる」
シャーリイ・ジャクスン

エンタメ度    ★★☆☆☆
文の理解しやすさ ★★★★☆
ギミック性    ★★★★★
世界観の独特さ  ★★☆☆☆
読後の満足感   ★★★★★
(この辺を重視して私は本を読んでるよという目安。本によっては内容スカスカでもエンタメ度が高ければ好印象だったりするぞ)

ざっくりいうとサイコホラーなお話。
エンターテイメントでは無いんだけどクライマックス的なシーンは存在する。
文は少女の一人称で易しい語り口なので理解しやすいし、主人公が好きなものに対する描写が美しい。読んでいてストレスがない。
何気ない描写が伏線というかなんというか、一人称ということは主観的だということの構成が上手すぎる。ビビったわ。
大抵の本は読み物として楽しんだ後知識か話題として消化して通り過ぎていくけど久々に何か来た。

世間一般的には胸糞悪いラストなのかもしれない。
…が、そう一言で言い切れない。
読者は体験したことのないはずのこの感情を何となく知ってるような気持ちにさせられる…んだと思う。
人間って邪悪だよねって。
邪悪っていうのは弱さだよね。

「わかる気がする」「知ってる気がする」状態に読者を持っていける恐ろしい作品なんだ。
真っ黒だけど透明感のある余韻が残って、その上きちんとホラーを感じられる。

ここから下は本編のネタバレ













信用できない語り手メリキャットの回想により語られる物語なわけだけど、読者に対してフェアなので伏線のように情報は最初から提示されている(ここが大好きポイント)。
登場人物は主人公のメアリ・キャサリン(メリキャット)、姉のコンスタンス、叔父のジュリアンおじさん、いとこのチャールズでそれぞれの視点を想像することができるので読みがいがある。

私が「こうなんじゃないか」と思ったそれぞれの視点を語っていこうと思う。

●コンスタンス
もともと軽度の知的障害持ちな気がする。
家族の存命中もほぼすべての家事をやっていたのは、家事だけはできるように躾けられたか本人のこだわりによるものか。
無罪になったのももしかしたらそういう理由かもしれない。責任能力が無い的な。
まず自分で考えて行動してない。
作中もよーく見ると登場人物全員(特にメリキャット)の言いなりのようになっている。
「ジュリアンおじさんを施設に~」のくだりもチャールズの言葉をそのまま言ってるだけだろう。

家族が死んでしまったこと、毒殺の犯人扱いをされたことで精神がまいっている。
酷い対人恐怖症にもなっているけど、物語の始まりでは少し快方に向かっているように見える。
もうすぐ春の始まる温かい日々に心が外を向いたんだ。

三回ぐらい、メリキャットに意見してる。
怒りの感情が出てる。
自己肯定感が地に落ちている人にとって怒りはやっと出現した自尊心だと思うから切ない。

誰に対してもコニー姉さんはとびきり優しくてずっと微笑んでいたから一番マトモに見えるけど、そうじゃない。
家族と幸せに暮らしていたかっただけのコニー姉さん…

この作品で一番の被害者だよ。

毒殺の件ではメリキャットを庇っているんだよな。
メリキャットに指示されて口裏を合わせているようにも思えるけど、ここは明確には語られていない。
「お料理を作ってお掃除をして、家族と幸せに暮らしたい」以外の意思が感じ取れないから、これが全てでそれ以上のものはないのかもしれない。

●ジュリアンおじさん
まさかメリキャットが見えていなかったとは。
読み返してみたら最初からずっとコンスタンスにしか話しかけてなかったし、メリキャットの話題も出してなかった。
痴呆がすごい進んでるからその挙動に気を取られたわ。
こういう最初から伏線あったというか、堂々書いてますが?って感じなの大好きポイント。

ジュリアンおじさん、おそらくボケてないときは「コンスタンスが毒殺なんてするはずがない」と伝えたかったんじゃないかと思った。
だから「当時の状況を可能な限り書き起こしてコンスタンスの力になりたい」と考えていたのではないか。
その使命感に駆られてあんなにずっと頑張って原稿のことを気にしてるんじゃないかな。

コニー姉さん本人が否定しないのと、おじさんのボケも進んできてわけがわからなくなっちゃってるけど。

おじさんのことを考えると切なくなるよ。
コニー姉さんもおじさんのこと大好きだったしな。
火事の時、おじさんのショールを持ってきてしまったからそのせいでおじさんが逃げ遅れたらどうしよう、とかも言ってたよね。
家族愛が見えるのよね。

「妻が美しかったと書くつもりだよ」
このセリフにこれでもかってくらいおじさんの悲しみが込められている。
かつての日常のなんでもない事やどんな家庭でもありがちなちょっとしたいさかいについて振り返って、それでも愛していたんだというのが伝わってくる。

●チャールズ
これだから男はこええんだよっていうリアリティがすごい。
外面と頭がよくて弱者に強く出るやつ本当に嫌い。
でもね、こいつは主要人物たちの中で唯一SAN値が0じゃない。
メリキャットの主観で追ってると共感してチャールズに殺意沸くけどさ。

多分コニー姉さんのこと、好きになっちゃったんだろうな。遺産も狙ってるけど。
話してるうちに、毒を盛るような人じゃない、という風にも思ったのかもしれない。
メリキャットが異様だから…証拠は無いけどメリキャットを疑い始めてたのかもしれない。
チャールズから見たコニー姉さんは、つきっきりでボケ老人の介護をし、その手伝いも家事もやらない妹の面倒を見ている全肯定botの美人だからな。

あの屋敷からコニー姉さんを助けたかったのは本当なんだろう。

屋敷が燃えてしまったのを自分のせいだと自責する台詞がある。
責任から一度屋敷に戻ってきたけど、あそこから出すってことはこれからずっと罪に向き合って二人の面倒を見なきゃいけなくなるわけだし。
二人があそこから出なければ罪は明るみにならない(周りの人にバラされない)し面倒を見なくていいし。
強行手段を取らなかったのはそういう打算もあったんじゃないかな。
生々しい心の弱さを感じたよ。このシーン好きなんだ。

まぁ、火事になったのチャールズのせいじゃないんだけどね。
性格はクソだったけど、お前に罪はなかったんだよ……

●メリキャット
お前さあ………
ジョジョの作者が言ってるこれを余すとこなく体現したな。
”「悪い事をする敵」というものは「心に弱さ」を持った人であり、真に怖いのは弱さを攻撃に変えた者なのだ。”

お前さ、妄想と魔法とおまじないで何も考えないようにしてるけど本当は全部わかってるだろ?
魔法が無いと認めると、家族に毒を盛ったという事実だけが残るから。
メリキャットに優しくしなかったことで何らかの天罰が下ったことにしないと、もう自分を保てないんだよな。

怒られてお仕置きされた腹いせに、ちょっとみんなを懲らしめようとしたら死んじゃったんだよな、きっと。
コニー姉さんだけは怒らないからお砂糖に入れて、その結果コニー姉さんが犯人扱いされちゃったんだよな。
自白しろよ!
コニー姉さんが傷ついたのはお前のせいだぞ。
それとあれだ。村に出さないようにしてたのは、コニー姉さんが村人に真実を言うことを恐れたからなのか?

火事の件も……今度は自分がやったって追求されにくいやつを選んだな。
怪しまれても知らないで通せる。だって火元はチャールズの部屋だから。

お前、考えて行動してるよな。

………………………………………………………………………………………………………

読み終わったとき、心の弱さの物語だと感じた。
究極まで自分の弱さに向き合わず、好きなものだけで周りを固めようとすると周りを不幸にするんだな。
ずしんと来た。

村人もね、強い人の勢いに乗せられて参加しちゃった人達が罪悪感から償いをしようとしてる。
償いって言えるほど立派な物じゃない。
ここにも心の弱さを感じる。強い人に逆らうのは無理なんだな。こそこそ食べ物を届けて謝るだけ。
賠償しろよ。

ブラックウッド家はあの村で罪の象徴のようになった。
まさに都市伝説が生まれる瞬間とも言える。

あとがきも読んだんだけどそこでメリキャットが髪ボサボサでボロボロの服を来た汚い姿をしてたって気づいた。
文章が綺麗だし一人称では自分のことを描写しないから気づかなかった。コニー姉さんくらいきれいな映像を当てて読んでた。
最初から「嫌いなことは身体を洗うこと」って言ってるし、土と草の上で一晩寝ても平気だし、「コートの裏に苔を縫い付けたらきっと温かいわ」とか言ってる。

衛生観念が死んでんだこいつ。

だから、貞子みたいな女が突如私の視界に現れたんだ。
全部ホラー映像に塗り替えられてビビった。
そりゃチャールズも話を聞いてくれない。女性扱いもしてくれないだろうよ。だって怖いもん。
その状態で睨んでくるし、食事中に毒の話をしてくる女だぞ。

いやーすごい叙述トリックだな。推理小説じゃないのにね!

一人称視点の言葉が幼いのも事件があってから他人と交流しないから精神が育ってないんだろう。
書き方が上手すぎる。

久々にすごい話を読んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?