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【焼肉が嫌い】消防士時代の話

秋の夕暮れ

段々と赤くなる空に対抗して

目の前では家が真っ赤に燃え上がっている


消防を退職する決意をし
次の企業に合格をした次の日

あと数日しかない勤務だなぁ、、、
いつ職場には辞めること言おうかな、、、

なんてことを思いながら心ここに在らずで
いつも通りの業務を行なっていた

雪が積もる前に市内の消火栓が正常に
作動されるかどうかの点検を実施する

その日は1日中その点検だった

大きい消防車を運転しながら次から次へと
消火栓を回っていく
のんびりと退職のタイミングを考えていた

たまに1人じゃ開けられない消火栓がある
そんな時は車の外から後輩が呼んでくる

「千葉さん!出番です!」

出来れば運転してるだけがいいのだが
そう思い通りにはいかないようだ

10月とはいえ日中はじんわり汗ばむ程度に
外は陽が暖かい

出動に備えて防火衣のズボンを履いていたが
上は半袖で作業をしていた

「これ出動なったら面倒だな」

って内心思いながらも汗だくで
衣類が濡れる方が嫌だと思っていた

年末年始に勤務の人たちは実は夜に
ジンギスカンだったり鍋をみんなでやる

そんな時に千葉は
「今出動あったらどうしますか?笑笑」
なんてフラグを立てていた

先輩は
「まずガスコンロ消してそれから出動をしないとな!!笑笑」
なんて笑っていた直後に火災指令がなった

半袖で点検をしている時にこの出来事を
ふと思い出した

あれ?今心の中で俺フラグ立てなかったか??

消火栓から水がやっと出せた時に消防車から
指令が鳴った

出動指令は2回鳴る
1度目はざっくりとしたものだ
出動する地区と出動種別がまず流れる

例えば
〇〇地区 火災通報入電中
とか
〇〇地区 救急通報入電中

みたいな感じ

地区によっては出動しない地区もあるが
千葉は建物火災や救助出動の時は全地区が
管轄だった
火災は火災でも野火なんかは出動しない

指令から聞こえてきたのは遠い地区の
火災通報入電中という内容だった

秋というのはよく草が燃える
その地区で建物火災なんてものは
滅多に起きない

きっと野火だろうなんて呑気にしていた
野火の時は出動しないためゆっくりと消火栓を
点検継続していた

2回目の指令が鳴った
建物火災指令 〇〇地区 
出動車両 〇〇〜

どちゃくそ出動該当だった

過去1急いで上着を着直し、防火衣を着て
とりあえずサイレンを鳴らし出動した

指令の場所は急いでも30分はかかるほど
遠い場所だった

そんな遠いところなのに何呑気にしてたんだ
退職するからって気を抜きすぎた
なんて思いながらも通報内容を聞く

「家が燃えているとの隣人からの通報。なお、〇〇宅には1名居住しているとのことだが在宅かどうかは不明。」

隊長がボソッとつぶやいた
「千葉少し急げるか?多分中に人居るぞ」

7年消防に勤めて何十回も火災出動してきたが
一回も人が亡くなったことはなかった

むしろ中に人が居るなんてこともなかったが
日々訓練では人が居る場合に助けるため
訓練をやってきていた

そんな状況で人を助けるために消防士になったのだが、いざその場面に直面するとハンドルを握る手が震え、アクセルを踏む足がふわふわとしていた

隊長の一言でのんびりしていた気分から
一気にビリビリとした雰囲気になった

例えるなら元カノとの話を今カノにしてしまい、それどの女の話してんの??
って言われた時と同じような心境になった

もしかしたら外出してるかもしれないし
中にいるのかどうかもわからないから
まずは焦らず現場に着いたら状況確認しよう

そんなことを打ち合わせながら現場へ
向かっていた

消防署から5キロほど離れたところから
出動していたので、他の消防車よりも
遥かに遅れていたはず

気がつくと消防署から出動した隊に
追いついていた

今思えば少しやんちゃな運転だったと思う

そうこうしてるうちに現場に近づくと
青く澄んだ秋晴れの空に一本の黒い柱が
それ高く伸びていた

それを見て千葉は後ろに乗る後輩に言う

「焦んないで〇〇。もう…」

その先の言葉は言わなかった
喉元まで無理だという言葉が出ていたが
それを口に出してしまうのは消防士として
失格だと思い留まったのだ

何回も火災現場に行っていると煙の上がり方で燃え方がわかってくる

空に伸びる煙を見てもし中に人が居たとしても
もうすでに厳しい程燃えていることはわかった

現場付近になると先に着いた隊の無線が
激しく飛んでくる

水が足りないとか
もっと向こう消火してくれとか

そんなことよりもまず中に人が居るのかどうか
それを知りたかったが、それは叶わず
現場に辿り着いた

現場に着くと救助隊は至急要救助者の検索を命じられた

付近住民の話だといつも出かける時は玄関にある自転車で出かけているという話を聞いた

だから自転車があればまだ中にいる

しかし建物は激しく燃え玄関はすでに崩れ
近くでは必死に若い後輩隊員が
放水活動をしている

そのヘルメットを見ると表面が溶けていた

中に人がいるかもしれない
なんとかしなければ
そんな思いが彼を前に前にと動かしたんだろう

しかし危ないので少し離れるよう伝えた
そして放水の仕方や火の消し方をその場で
レクチャーしつつ、崩れた玄関から自転車を探した

まだ2階の外壁は残っていて次いつ崩壊してくるのかわからない
一刻の猶予も残されていなかった

多少火に炙られようがなんのその
ひたすら崩れた外壁を掘り進めて行くと
自転車のカゴが見えた

隊長に無線を入れる
「自転車ありました。中に人います」

中に人がいることが確定した

しかし建物の中は火の海だ
入ることは許されない状況

建物の周りから開口部を覗き探すことしか
出来ない

その開口部からも消防士を近づけんとばかりに火が噴き出している

救助隊としてそんな中でもひたすら人を探した
隊長と後輩は熱画像直視装置という機械で
開口部から人が居ないか探していた

どんな煙の中でもその装置があればクリアに建物内を見ることができるのだが
室内の温度がどこも高すぎてただ真っ赤な画面
なにがなんだかわからない状況だった

その2人がその機械で確認したあと千葉が
肉眼で確認して行った

建物の裏側
とある開口部

そこは吸気側になっており
煙や炎が噴き出ることはなく、少し覗き込むことが出来た

ふと覗くと燃え盛る火の海の中に
マネキンのような白いものが横たわっていた

ん?と思っているとまた火の海でそのマネキンは姿を消してしまった

近くで放水していた後輩から放水ノズルを奪ってその開口部に放水していく

やはりマネキンのようなものが横たわっている

間違いない

無線を入れる

「至急至急。千葉から現場指揮。要救発見。」

先行していた救助隊長と後輩が駆けつける

隊長がどこにいる?というので指差して
場所を教えると
「あぁ。そうだ。あれは人だ。」

一度も焼死体を生で見てこなかったので
確証は持てなかったが、先輩もそれが人だと
判断した

よく見つけられたと思う
駆けつけた他の隊員もそれが人だと認識するまでに時間がかかっていた

助け出したい気持ちは山々だったが
火の海の中に居て、尚且つぱっと見でもう
手遅れというのはわかるほど焼けていた

四肢は焼け切れ
全身は焼かれ白くなっている
頭は白骨化し顔は見えない

本当にマネキンのようになっていたのだ


警察や現場最高責任者と協議し
その方を外に運び出すのはもう少し火がおさまってからということになった

運び出されるまで付近の火が燃え広がらないよう放水し、これ以上その方が燃えてしまわないようにしていた

いざ運び出す時
ほんのりと焼肉の匂いがした

人から焼肉の匂いがするなんて経験
2度としたくない
今後焼肉をするたびに匂いでその方を思い出す

生々しいがお腹は燃え切っておらず
内臓がタプタプとしていた
その汁が千葉の手や服に溢れてくる

強烈すぎた


退職が決まった次の日に
一度もなかった死者火災
さらに発見までするという

先輩や後輩みんなから色んな質問が来る
どうやって見つけたのか
なんで人だとわかったのか
状況や匂いはどうだったのか

辞める前に残せるものは全て残すべく
この経験をみんなに伝えた


午後3時頃に出動して気がつけば帰ってこれたのは日付が変わる頃だった

夕飯を食べられておらずお腹ぺこぺこで署に戻り、その日はお弁当を頼んでいたのでその弁当を後輩から受け取る

焼鳥弁当

食えるかこんなもん

って思うかもしれないけど意外と食べれた

気にしないように食べていたが後ろで後輩が

「焼肉の匂いしましたよね!人からあの匂いするなんて思わなかったです!」
と興奮気味に話していた

確かに初めての経験だし人が中から見つかるなんて何年に一度しかないような地域だ

少し興奮するのもわかる

いやでも耳に入ってくる会話

気にしないようにしていたがその会話を聞いた瞬間から焼鳥を見ると焼死体を思い出してしまい流石にその日はお弁当を食べきれなかった

いまだに焼肉の匂いを嗅ぐとその時のことをふと思い出す

だからあんまり肉を焼いている周りに千葉は
居ないようにしてる

何回か焼肉に出くわす場面はあったが
焼き台から少し離れたところ

そこが今の定位置

いつか克服します、、、

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