エッセイ─塾講師のアルバイト 【部員A】 

 僕は去年の夏くらいまで、小学生と中学生を対象にした大手集団塾で働いていた。今までの僕にとってのアルバイト経験はその集団塾とその一年くらい前に勤めていた個別塾だけなので、塾講師というアルバイトが他の業種と比べてどんなメリット・デメリットを持つのかは正直よく分からないところがある。たとえば、ある知人Aはファミレスでひたすらハンバーグのタネを整形し続けるバイトをしていたというし(焼くのは別の人の担当)、中学の友人は野球場でファールボールが飛んでくるたびに警笛を鳴らすというなんだか楽しそうなバイトをしているのだけれど、彼らの職業的な苦悩みたいなもの(たとえば、延長線になると帰りが遅くなってキツイ、とか)は僕には分かりかねる。ちなみに「警笛鳴らし」をやってる友人は並行して探偵のバイトもやっているらしいのだけれど、これに至ってはちょっと想像もつかない。
 話を塾講師に戻すと、塾講師のいいところとしてはまず給料が比較的良いこと、それと人前で話す経験を積めること、あとは子供と接することができること、なんかがあると思う。さっきも書いたように他のアルバイトの経験を引っ張り出して比べれるわけじゃないけれど、大方間違っていないと思う(少なくとも「警笛鳴らし」よりは人前で話す機会は多いはずだ)。
 まず給料だけど、僕は集団塾勤務の時は1コマ=55分で二千円強もらっていた。個別塾だと同じ1コマで1200円くらい。まあ集団なら時給換算で二千五百円近くになるので、これは全アルバイトの中でもトップクラスの時給なのだろうけど、どの求人でも当然のように授業準備の時間に給与は発生しない。それはもう、世界の普遍真理のごとく発生しない。これがベテランの先生なら授業準備の時間なんてものはあっという間で、下手すりゃ(というか、「効率よくお仕事なさる」なら)ざっとテキストを一目だけ読んで授業に向かえる先生もいるのだが、採用されてすぐの先生たちはかなり時間がかかる。僕の場合は最初の頃は1授業1時間くらい普通にかかっていたし、同じ職場に1授業で3時間くらいかかる、という人もいた。僕も最初の頃はこんなの真面目にやればやるほど損じゃねえか、と思って内心不満に思っていたのだけれど、逆に塾は僕ら先生たちが授業前とか就業ミーティング前のスキマ時間にやることなく校舎をプラプラとしている時間──たとえば壁に張り出された合格実績を意味もなく十分くらい眺めて続けているような時間──にも給料を払ってくれているので、まあお互い様といえなくもない。それに、僕も多少は「効率よくお仕事する」ようにはなっていった。
 塾講師というのは個別塾にしろ集団塾にしろ基本的には授業中は喋りっぱなしの仕事なので、いやでも対話、ないしは人前でのスピーチのトレーニングになる。僕は特別しゃべるのが得意でもなくてただ人に勉強(自分の場合は数学)を教えるのが好きで塾講師を選んだのでこの点は結構苦労したのだけれど、二年の経験を経て人並みくらいにはなったんじゃないかと思う。それとこれは塾講師を初めて気がついたのだけれど、自分より一回り年下の子供と接することが多いというのも、塾講師のメリットだと思う。僕は基本的に子供と接するのはあまり得意じゃないし(さっきから得意じゃないことが多い気がするけど)、実際に塾講師の二年間の中では小学三年生に筆算を教える授業が一番キツかったのだけれど、小学生とか中学生と会話すると刺激を受けることが結構ある。自分の小中学生の頃とは全然違うんだな、とも思うし(今は当たり前のようにみんなYouTubeを見てる)、なんか楽しそうな毎日を過ごしてるじゃねえか、とも思うし、いや、大学生も結構いいぞ、とも思うし、仮にも先生という立場である以上責任重大だな、とも思う。
 と、そんなこんなで塾講師というのはなかなかやりがいのあるアルバイトだと僕は考えているし、夏場の忙しい時期が過ぎたら三度目となる復職も密かに考えている。でも僕は野球観戦を数少ない趣味の一つとしていて、しかも件の野球場から自転車で十分くらいの近場に住んでいるので、単発なら例の「警笛鳴らし」の仕事もちょっとやってみたいな、と思ったりもしている。
 
 

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