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カナダ横断鉄道日記2022 #4&5日目【ついに、バンクーバー。】

最終回。カナディアンロッキーを昇って下ってバンクーバーに向かった4.5日目。クライマックスにふさわしい時間だった。

主役「ロッキー」の登場

 4日目の朝、ワクワクしながら7:00前には目を覚ました。なんてったって今日はこの鉄道の目玉、カナディアンロッキーを拝むことができる。展望車に向かうともう既に多くの人がロッキーを待ちわびていた。そして8時前、待望の瞬間が訪れる。特にカウントダウンなどはなく、森をかき分けて進む電車の前方にぬるっとロッキー山脈が覗いた。皆一斉にカメラを取り出す。

戦法に待ち構えるカナディアンロッキー

 もうすでに5月も中旬だが、山の中腹から頂上は真っ白であった。「電車とロッキー」というカナダを長時間煮込んだような写真の撮影を試みたのち、岩々しい岩壁を横目に食堂車でオムレツとマフィンを胃に入れた。ところどころ川や湖のようなものが見えたが、乗務員が氷河の解けた跡であると教えてくれた。いわば単なる水たまり。冬は一面が凍り付くらしい。今が丁度「雪が解けて川になって流れていきます」の時期だということだ。

岩山前に広がる「水たまり」

 そして9時半ごろ、ロッキー山脈の入り口ジャスパー駅に列車は停止した。外を見ると、大量のツアーバスが待ち構えていた。まるで修学旅行。列車からバスへと長い長い行列ができていた。というのも、ここまで多くの乗客と話してきたが、その大半はジャスパーで降車するツアー客なのだ。夏のカナディアンロッキーを堪能しに行くらしい。

ジャスパーで我々が得た自由時間は約1時間ほど。知り合ったツアー客たちに別れを告げつつ街へ繰り出すと、木造建築のお土産屋とレストランが立ち並んでいた。お土産には案の定"JASPER"だの"CANADA"だのとでかでかと書かれたTシャツや帽子が鎮座していた。カナダにワンポイントという概念はないらしい。観光客だけでなく、カナダ人ですら街中で"CANADA"シャツを着ているから驚きである。

ロッキー背景にジャスパーの駅前通り

昨晩充電し忘れたカメラの余命を気にしながらロッキーに向かってシャッターを切っていた時、後ろから大きな声がした。振り返ってみると、なんと昨晩相席となったイギリス人の夫婦がバスの窓から僕に手を振ってくれているではないか。一瞬で心が温かくなった。安い表現だなと思った方、本当なのだ。嘘ではない。僕の心は確かに温度を上げた。性善説、信じてみようかな。

カナダを詰め込んだような写真

カナダの「ジャングルクルーズ」

ロッキーをかき分けて進む列車のなかで、最後の昼食を取った。チキンホットパイに入ったグリンピースと格闘しながらも、窓から見えるロッキーに目を奪われていた。ロッキーでは運が良ければクマが見えるよ、なんて話を一昨日された覚えがある。今のところ我々はどうやら運が悪いらしい。これまでに見た野生の動物はせいぜい鴨と白鳥、あとは鷹とカラスくらいだろうか。羽のついていない生物は家畜しか見ていない。

展望席から、電車が通るわずかな隙間以外には木が生い茂っていることを知る。木が自然の壁となり、まるでなにかのアトラクションかのように進む道が浮かび上がっている。蛇行を重ねていることも相まって、交通手段は違えどジャングルーズに乗っている気分になった。ちなみにカナダにディズニーはない。千葉>カナダである。

列車しか通れないスペース

3時を回ると少しずつ民家と農家が線路に沿うようにして現れ始めた。土地を耕しているおじいさんが電車に向かって手を振ったり、もったいないくらいだだっ広い農園に解き放たれたただ1頭の馬が草を食べていたり、公園と見間違えるほど大きなドッグランで飼い主と犬がシャボン玉で戯れていたり。動く絵本を見ているかのようなのどかな風景。心なしか窓から見える川幅も広くなり、徐々に下流に近づいていることがわかる。

最後の夕食はラム肉。車窓の景色は河川敷とその周辺に広がる何にも使われていない膨大な土地。のみ。さすがのカナダ人も土地を持て余したのかはしれないが、途中サッカー場2つと野球場10個が突然現れた。この一帯に住んでいる人間すべてを集めても11人×2チーム×2個+9人×2チーム×10個=224人もいない気がするが。まあ何もないよりはマシという判断なのか。

ラム!!!!!!

「地球」を感じる

夕食後のガラガラ展望台にのぼると、街と街の間のちょうどなにもない場所を走行中だった。これまでの何もなかったじゃないかと言われればその通りだが、文字通り「なにもない」のだ。家も農場も野球場も、道路だってない。視界に人工物が一切ない。うまく形用できないが「地球」そのものをみている気分になる。人間がマンモスとの追いかけっこに勤しんでいたころの地球もこんな感じだったのだろう。1億年前からほとんど景色が変わってなさそう。

カナディアンロッキーも確かに圧巻だったが、個人的にはこのあたり(カムループス付近)の景色の方が好みだった。湖のほとりの険しい崖の上に、申し訳程度に敷かれた線路を列車が走る。たまに通り抜けるトンネルも決して人工的なものではなく岩をただくり抜いたような空間。自然との共存というよりも、自然側のホームグラウンドで自然様を「見させていただいている」状態にあった。

景色の
素晴らしさを
きっと写真では伝えきれていない
川って本当に蛇行するんだな、と

銀河鉄道カナディアン

日が沈むと、入れ替わるように満月が現れて完全な暗闇を照らした。月の明るさを実感する。太陽光が当たっているだけなのにあそこまで明るいのはおかしい。ずっと疑っている。NASAがしれっと鏡でも置いてきたのではないか。列車がカーブを描く際に長い長い列車の全体像を確認することができるのだが、幻想的としか言えない光景だった。まるで銀河鉄道のように、ただひたすら暗闇を走り抜けていた。ただ、キャノンの技術をもってしてもこの月夜に浮かぶ列車を捉えることはできなかった。

月の明るさ
銀河鉄道999
部屋から。月明かりに照らされた雲。

シャワーを浴び、部屋のベッドから月とその周りに広がる雲を眺めているといつのまにか寝てしまっていた。目を覚ましたころには既に列車が停車していた。スマホを見ると午前6時、インターネットがフルで繋がっていることからバンクーバーに着いたことを察する。一時は5時間ほどの遅れがあったが、巻きに巻いて3時間以上早くバンクーバーに着いたらしい。途中ワープでもしたのだろう。

上品なイギリス人ご夫婦との朝食を最後に、列車を降りた。小雨が降るバンクーバー。この列車で出会った人たちとはもう二度と会うことはないだろう。もう誰の名前も覚えていないし、向こうも同様だと思う。だが、それでいい。むしろ、それがいいのだろう。間違いなくカナダにおける一番の思い出となった。

バンクーバー駅で。長旅お疲れ様です。

まとめ

カナディディアン鉄道4,500kmの旅はこうして幕を閉じた。この5日間で、旅行の醍醐味全てを体験できたというのが正直な感想だ。絶景、舌を巻く料理、一期一会の交流、異国情緒に非日常感、心躍る寝床、大きな大きな大陸を横断したという達成感。これ以上旅行に何を求めるというのか。

カナディアン鉄道を経験したことで自信をもって趣味欄に「旅行」と書けるようになった気がする。ここまで読んでくださった皆さんにも強くこの鉄道旅をオススメしたい。一方で、「カナディアン鉄道で一人旅した珍しい日本人」としてのポジションを失いたくない自分もいる。ただ、それ以上に感想を大いに語り合いたい。これを見てカナディアン鉄道に乗った方が現れたら、ご連絡いただければ日本全国どこでも飛んで行ってお話を聞く所存だ。

4日目1,141km
5日目362km

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