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カナダ横断鉄道日記2022 #1日目【オンタリオ州】

  4月末日にケロウナという小さな街での交換留学生活を終えた。そのまま日本に帰るのも勿体無い気がしたのでイギリスはロンドンを回り、カナダ横断鉄道に乗って帰国した。人生最初で最後かもしれない長距離列車ひとり旅の5日間を書き記す。海外旅行が復活した際、読者の皆さんの選択肢の一つに「カナダ横断鉄道」が滑り込めば本望である。

  まず、周知の事実かもしれないが、カナダは広い。想像の15倍は広い。カナダ横断鉄道はその広大な国土を、トロントからバンクーバーまで4泊5日で駆け抜ける。

今回の旅程。世界で11番目に長い鉄道とのこと。
北南米&ヨーロッパでは一番

1日目 【終始オンタリオ州】

  5/11の朝9:30、トロントはUnion StationからVIA鉄道「カナディアン号」に乗り込んだ。今回僕が購入したのは"Cabin for 1"のチケット、早い話一人用の個室である。乗車段階では、右手に黄土色のソファー、左手に洗面台、そしてパカッと開くとトイレになる足置きがあった。ボックス席よりも少し広いくらいのスペースを想像してほしい。これは夜が一面ベッドに様変わりする。それはもうまるで「秘密基地」。紛れもなく男子のロマンが詰まった空間だ。

5日間お世話になった部屋。
水が高圧洗浄機のような勢いで出てくるのは玉に瑕。

幕開けから昼食

  車掌いわく「わずかな遅れ」である定刻の25分遅れで列車はトロントを経った。近隣部屋の住民と軽く挨拶を交わし、乗務員さんの説明を受けたあと、部屋のソファーで車窓を眺めていた。小さめの林や池に数件の住宅、大きな倉庫といったいわゆる「田舎」の風景。絶景までにはまだまだ時間がかかる。

  11:30ごろ乗務員さんの声を合図にして、ランチを取るべく食堂室に向かって細い通路に長蛇の列が出来上がった。性質も見た目も蟻の行列とほとんど同じである。4人用テーブルの並ぶ食堂車において、一人旅の客は当然ながら相席となる。ここにこの旅の醍醐味がある。乗車2時間目にしてもう醍醐味の登場。世界各国から集まった他の旅行客との交流ほど面白いものはない。ほぼ圏外だったこの電車で、1秒たりとも飽きる時間がなかったのはこれのおかげである。

初日は「ほうれん草のパスタ」を選択。4つのメニューの中から1つ選べる。大学生には勿体無いほどおしゃれな空間だった。

  記念すべき最初の食事はカナダ人夫婦と、中国人学生と同席となった。日本人だという旨を伝えると、このご夫婦はすぐに「新幹線」と「野球」を提示してきた。他国の名前を聞いて、すぐにその土地を特徴づける絶妙な物事がぱっと出てくるこの教養は心の底から見習いたい。「寿司」と「侍」では意味がないのだ。新幹線と野球だから価値がある。それで行くとカナダは「メープル」を避けるべきだが、小一時間考えても他の特徴は思いつかなかった。ごめん。カナダ。

カナダの「軽井沢」

  列車は一定のスピードを保つわけではなく、遅くなったり速くなったり時には止まったり、気まぐれに単線を進んでいる。この路線の序列は貨物列車>旅客列車らしく、向かいから貨物列車が来るたびに退避地点で長い長い貨物を見送ることを余儀なくされていた。

  トロントに住む人々の避暑地となっているエリアは、まさに軽井沢のような雰囲気だった。気のせいかもしれないが。。線路のすぐ脇から広がる湿地帯に、木製の電柱が倒れるようにして埋まっている。これはかつてこの地域にも電気が流れていた名残なのかと思ったが、奥に新しい電柱と電線 が覗いた。ただ役目を終えた古いものを放置していただけのようだ。どちらにせよ「名残」 や「」と名の付くものが好きな僕にはドンピシャであった。

軽井沢に見えるでしょうか。見えなければ、無理矢理にでも見てください。
湿地8割埋まった電柱。
あのターミネーターのラストシーンを思わせる哀愁がある。

  ちなみに暇な時間は景色を見ながら紀行文を書くか、他旅行者との会話、読書で時間を潰していた。読書と聞くと聞こえはいいが、読んでいた本は"How to be a Canadian"なるコメディ本である。雰囲気の欠片もない。興味があれば調べてみてほしい。ちなみに"How to be a British"もある。Japanese、書こうかな。

  列車には大きく分けて5種類の空間がある。最も多くの車両を割いているのが、部屋があり多くの人が寝泊まりする寝台車両。僕が先ほどまでいた場所もこれに分類される。そして一日に 3度訪れる食堂車。さらに天井がガラス張りの 2階を備え、1階にはソファーのある展望車両。ファミレスのような机と椅子が並び、無料のコーヒーや紅茶、お菓子が楽しめるラウンジ車両。最後尾にはファーストクラスの人びとが集う贅沢なパノラマカーがあり、午後 4 時以降は我々スリーパークラスの人間も入室が許可されるらしいがまだ訪れていない。なんせこの列車は約 25 両で、全長は 1km にも及ぶらしい。揺れる車内の細い通路を歩くのは試練に近い。

展望車。初日はあいにくの曇りかつにわか雨もありほとんど何も見えず。

  夕飯は煮込んだ牛肉。昼と同じご夫婦と、フィリピン出身でカナダ在住の社会人と同席。彼は日本を訪れたことがあるらしく、日本人のことNice and Respectfulだなんていっていた。留学中も含め、他国の人による日本人評はだいたいこんなもんである。ほぼステレオタイプに従った社交辞令なのだろうが、言われて悪い気はしない。微妙な顔しつつ「そう願うよ」とでも言っておけばほどよい謙遜をしつつそれなりの笑いが起きるのでおすすめ。

夕飯の牛肉。メインが写真の中心にないのは左端のUBCのマスクを写そうとしたから。交換留学でも堂々と留学先大学のグッズを使う。これが「図々しさ」です。

長距離列車の夜

 満腹の状態で展望室に向かうと、乗車後初めて空席があった。あいにくの曇り空で日の入りは見られなかったが、食後の休息には格好の場。アホ面で景色を眺めていると、左斜め前の席から"Excuse me, are you a Japanese?"と聞かれた。聞くと彼も日本人らしい。まさか遠く離れた国の寝台列車で自国民と会うとは。

 日が暮れてから、ランタンのように電気が揺らめく薄暗い自分の部屋のベッドに寝っ転がった。一番最初のnoteにも書いたが、留学の裏目標として「自分に酔う」を掲げていた。実践の場はここではないか。「長距離列車×秘密基地のような部屋×広大な夜の景色」これだけの条件が揃っていて酔えない人間は今後一切酔えない。意気込んでApple Musicの再生ボタンを押すと、SEKAI NO OWARIの新曲が流れてきた。"大人の俺が言っちゃいけないこと言っちゃうけど説教するってぶっちゃけ快楽"。

  なんというか、そうじゃない。かれこれセカオワのファンになって10年は経つ。この曲ももちろんよく聞いている。ただ、間違いなくこの場面に求めているのはこれではない。間違っている。間違いなく間違っている。もっと、こう、最近の言葉で言えばチルめの曲を欲してたのだが。僕は酔えない星の元に生まれたのだろう。諦めることにした。

ベッドが登場した部屋はこんな感じ。The寝台列車。日本に寝台列車ってあるんだっけ。

 1日目はオンタリオ州を抜けることはなかった。天気も相まってあまり「良い景色」は見られなかったが、今後4日への期待が大きく膨らんだ。

この途方もない長さを見てほしい。我らが総武快速より長い。

  1日かけても1つの州すら横断できない。カナダの狂ったような広さがわかってもらえるだろうか。ちなみに、夜でも電車の音はさほど気にならず、爆睡することができた。飛行機で寝られない厄介な耳を持つ僕にはありがたかった。

1日目の進捗。まだまだ序盤。

 続く。

  

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