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[#1.焼尻島]復活した幻の羊肉と命がけのウニ漁

「北海道にめちゃくちゃ美味いラムがある」

本プロジェクトを立ち上げるに当たって、
日本のどこに訪れようかとチームメンバーで考えていた。
僕が上げた候補が北海道の「利尻島」と「焼尻島」だ。

例年7月は、ウニ漁が開始されるシーズンであり、採れたての生きているウニを現地で食べたいと考えていた。過去にまだ動く生きたウニを食べたことがあるが旨味や新鮮さが全然異なる。

焼尻島はウニだけでなく、良質なわかめなどの海藻類(ウニの主食)や帆立も穫れるし、以前話を聞いていたサフォーク羊もこのタイミングで行きたいと考えていた。

サフォークとはイギリスのサフォーク州に由来していて、顔や足の毛が黒い見た目の羊である。臭みが無いため、ジンギスカンにするまでもなく塩で食べるだけで旨味がすごい、という話であり今回の旅中にぜひとも食したいと思っていた。そのサフォーク羊のめん羊牧場があるのが焼尻島である。

今回の北海道旅程においては、一悶着ありながら(利尻島は飛行機が欠航、代わりに積丹・稚内を巡った)も4日目の朝、ついに焼尻島へ入ることができた。

飛行機と船で乗り継ぎ10時間

羽幌港から焼尻島への船は1日4便

羽田空港から千歳空港へ、その後稚内空港へと飛び、稚内駅で車を借り走らせること3時間。さらに羽幌港より高速船に乗り35分、ようやく焼尻島へと到着した。確かにアクセスは悪く、簡単には行けない。東京からの総アクセス時間は約6時間ほどだ。これは各移動の接続時間を無視したものであり、余裕を見るなら行くまでに半日以上はかかるだろう。

焼尻島へ向かう船乗り場では事前に宿の手配可否を求められ、宿が決まっていないと乗船自体できなくなる。後で聞くところによると焼尻島には2024年現在2つの宿しかないらしい。7月は隣の天売島で野鳥の撮影をする渡航者が多く、乗り継ぎになる焼尻島の宿も埋まる可能性があるという。僕たちは事前にゲストハウス「やすんでけ」を予約していたため、首尾よく島へ渡ることができた。ちなみに、同ゲストハウスで既にサフォーク羊のBBQプランを予約していたため【幻の羊】を食べるのは確定だ!

高速船で焼尻につくと、まずは自転車を借りる必要がある。島での移動手段は、自転車と車と、ガイドさんによる送迎がある。フェリーで来れば車で移動することは可能だが、僕たちはあえて自転車を選択した。

船着き場では、電動自転車と普通の自転車の2種類をレンタルしている。大量の機材もあるので電動を選びたいところだが、電動自転車のレンタル時間は4時間と決まっている。おそらく充電時間などを考慮したものだろう。となると、島中を1日中撮影したいと考える僕らとしては普通の自転車しか選択肢はない。体力には自信はあるし大丈夫だろうと、この時は高をくくっていた。

電動ではなく普通の自転車をレンタル

まず、ゲストハウスへ向かう途中の坂がえげつない。全員が大きな機材バックを背負い、フラフラしながら坂を自転車で登った。というよりもほぼ自転車を押して歩いていた…。

汗だくになりながらも宿につき、荷物をあずけ、早速2班に分けてロケハンがてら撮影する予定だった。宿のオーナー御夫婦に島の事情を聞くなかで、僕らの活動趣旨を説明したところ、めん羊牧場に撮影許諾を取ってくれるという。さらに、オーナー夫婦はウニ漁も行っていて、ウニ漁もぜひ撮ってほしいといわれた。その日は時化ていたためウニ漁はできなかったのだが、翌朝は波も収まりウニ漁ができる可能性が高いという。

小さな島に広がる原生林

独特な形をしているオンコの木(別名イチイ)

焼尻島の特徴として、平らな地形の真ん中に森がある。オンコの荘と呼ばれる原生林が広がるエリアが宿の近くから始まっており、その森を抜けるとサフォーク羊の牧場があるとのことで、まずはオンコの荘に向かった。

「オンコ」とは木の名前であり、別名「イチイ」という。成長するにつれ、空に突き出す木とは異なり、焼尻島のオンコは曲がりくねったり、地面近くに幹や葉を下ろそうと特徴的な形をしているという。

宿から5分ほど自転車を走らせ、オンコの荘に入るやいなや、色や音が大きく変化した。空と海の青から、多様な種類の草木が入り乱れる緑に。海の音から鳥の鳴き声に。ガラっと景色が変わり歩いているだけで気持ちがいい。早速自転車を置いて機材を取り出しドローンを飛ばした。

オンコの木は至るところにあり、地面すれすれまで枝を伸ばし大きな影を作る。どれも変わった形をしていて同じものがない。間違いなく原生林を一風変わった風景にしている木だ。オンコ以外にもミズナラ、イタヤカエデ、キハダ、シナ、ホウ、ナナカマド、ハン、樹齢300年を超えるアカエゾマツなど約50種の樹木がある。

原生林の中には自然にできた溜池もあり、森を豊かにし、さらにはその恵みが海に流れ海藻に栄養を与えているという。溜池近くに行くと鳥の声もかなり増えた。2,3度撮影を試みたが、この原生林の全体像を把握するには足りない。後ほど別班に分けて再訪することにした。

森を抜けた先にあるサフォーク羊牧場

サフォーク羊を撮るメンバー志賀さん

オンコの荘を南に抜けると、海をバックに羊が姿を表す。わずか百頭ほどの羊がひとかたまりになっているため、牧場がとても広く見える。海のミネラルをたっぷり含んだ草を食べ、さぞ美味しいお肉なのだろうなと夜のバーベキューを想像した。

宿のオーナーが既にめん羊牧場に連絡を入れてくださったため、まずは屋外の牧場から撮影した。羊がびっくりしないように撮影するも、やはり大人の羊は反応してしまう。2,3頭が動くとそれにつられて全頭固まって動く。過去にモンゴルでも羊を撮影したことがあるが、その際も、羊は卵型に窮屈な群れを作り、先導する個体がいたのを思い出す。国が羊種が違っても動きは一緒のようだ。

屋外での撮影をほどほどにして、羊舎へと向かった。
羊舎には生後半年前後のサフォーク羊たちが、ちょうど餌を食べている時間で食後の落ち着いた時間に羊舎内を撮影させていただくことにした。

生後半年前後の子羊たち

ちなみに僕が最初に自作マイクロドローンを飛ばした際には子羊たちはほぼ無反応。「なんか変わった鳥が飛んでるなぁ」みたいな反応でえらくおとなしい。ドローンに反応して逃げる親羊と違い、そもそもドローン自体を認識できていないように思える。

過去に何度も牛舎の取材に伺ったことがあるが、羊舎がとてもきれいで不快になる匂いがまったくない。尋ねると、町営から民営に変わってから飼育方法や運営方法が変わったという。

2023年に突如、牧場の閉鎖決定

焼尻島のサフォーク羊の牧場は、慢性的な赤字や人手不足から、2023年に廃止が決定となった。良質な羊肉や羊毛で評判となっており、観光資源としても注目されていたサフォーク羊の閉鎖決定は道内外に衝撃を与えた。

焼尻島めん羊の歴史をたどると、1962年に不漁に対策すべく、めん羊が開始。1969年にサフォーク種の羊100頭がオーストラリアより導入された。この島の気候や環境にあっていたのか、いつしか焼尻のサフォークは食通が訪れる有名ブランドになった。指定管理者制度を経て一時的に民間経営に変わったが、新たな指定管理者の応募がなく、2019年に再び町営に戻る。

近年においては慢性的な赤字が続いており、人手不足も相まって2023年6月に町議会で閉鎖が報告され、8月末にはすべての職員が退職となり、閉鎖となったという流れだ。

観光資源となっていたとはいえ、規模の経済や競争原理が働きにくい島において、町営牧場を継続的に採算をあわせていくことは簡単ではなかっただろう。

救世主現る。幻のサフォーク羊の復活

閉鎖のメディア報道を受けて、道内外からの問い合わせが相次いだという。めん羊をを引き取りたいという声、島民の様々な想いもあっただろう。その中で「牧場を継承したい」会社が現れ、2023年10月下旬にめん羊牧場の継承が決定された。今回僕らが訪れた羊舎がそれだ。

実際に世話をするスタッフと子羊たちのいる空間にご一緒したが、とても暖かみを感じる空間だった。

サフォーク羊のお味はいかに!?

夕方のバーベキューで、まずは大きな帆立が登場。柔らかくジューシーで旨味がすごい…。零れ落ちそうな汁一滴も無駄にしたくない程うまい。その他、焼尻島で採れたワカメや海苔もいただいたが、シャキシャキの歯ごたえであり、風味がすごい海藻類。こんな旨い海藻を食べているウニはより美味いのだろう…と想像するも、その日は時化ておりウニ漁はやっておらず無し…。残念!

島の食材を堪能しているとついにサフォーク羊が登場した。炭で炙り、メイラード反応後、ちょっと塩をつけて食べる。これだけでウマイ…。肉の旨味が出てきて噛むほどに味が出る。羊肉の独特の匂いが嫌だという人は多いが、お肉の臭みというのは餌の品質や脂の酸化などによって大きく変わる。豊富なミネラルたっぷりの草と広い大地でストレス無くのびのび育つプレサレ・サフォーク羊たちは嫌な臭みが無く、美味しい肉だった。

ゲストハウス「やすんでけ」のBBQプランでサフォーク羊が味わえる

屠畜場は旭川にあるらしく、輸送に時間もかかるし、流通に制限が出ているのが現状らしい。もうちょっと大きなポーションでかぶりつけるくらいのサフォーク羊も今度は食べてみたい。

たくさん自転車をこいで島を2周回し撮影しまくった。
そして、その後に飲むビールとBBQは最高だった。
たっぷり焼尻島の恵みを堪能した。

しかし、僕らにはやることがあった。そう、ドローン映像の編集である。

撮ってすぐに編集し上映する即興スタイル

せっかくなので、ゲストハウスのオーナーや他の宿泊客に採れたての映像を見てもらおうと案内し、メンバー全員に取れた映像を編集してもらった。

僕らは誰に頼まれるわけでもなく、もちろんお金をいただくわけでもなく焼尻島をひたすら撮影した。初夏において焼尻島に訪れた人たちの中で最も焼尻島の多面的な視点で記録できたと自負している。そして撮影するだけでなく、それをその場でわずか数人に見せるためだけに編集し、ミニ上映会を行った。

メンバーが各自の撮影した映像を即編集して行うミニ上映会

撮れたて映像を見て各々素敵な感想をいただいた。10年島にいる彼らでも見たことのない視点を提供できた。僕らの持つ視点はある種「人間を超越したもの」であり、やや動物の視点に近い。だからこそ、観光PVやプロモーションムービーのような作り込んだ”人目線”とは一線を画すはずだと思っている。

採れたてのウニ漁は朝4時から始まる

空から見る焼尻島の海は海藻もウニも丸見えだ

バーベーキューを食べ、ミニ上映会を行った6時間後、僕らは目覚め、機材準備をし始めた。

ついに今年始めての焼尻島のウニ漁が開始されるという。僕らが訪れた日の翌朝が初漁なんてタイミングが良すぎる。ぜひそのウニ漁の風景を見て撮影したいと申し出たところ、快く承諾いただいた。正直、ウニ漁については全くの事前知識がなく、そもそも一人用の小舟に乗ることすら知らなかった。(複数人で乗れるものだと想像していたため、「僕も一緒に船に乗れますか?」などと質問していた自分が恥ずかしい。)

島にモヤが立ち込める朝4時、2つの港に分かれ約10船ずつ、漁の準備が始まった。僕らも2班に分かれ各漁のスタートを待っていた。独特な静寂さの中、5時30分になると同時に一斉に港を出発する。

ウニ漁は一斉にスタートし各自の漁場を探しもとめる

レースさながら我先にと船が沖へと進んでいく。前日の潮の流れや当日の海の状況を考慮して、まずは自分の漁場を探すのだという。西に行ったと思ったら東へ引き返すなど船ごとに目的地は異なっていた。

風が少なく雲の動きはもちろん、波も無く、きれいな凪状態。漁師たちは各自持ち場を確認しながら6時のウニ漁開始まで静かな海の上で待機していた。

徐々に雲間から太陽が姿を現しだした6時にウニ漁が開始。
常に動いてしまう船の位置を片足のオールで調整しながら、箱メガネを装着した顔を海面につけウニを探す。さらに両手を使って竿を持ち、狙いを定めてウニを一つずつ掴んでいく。そして船底に取り付けられた袋に獲ったウニを丁寧に放っていく。まさに全身を使ったウニ漁だ。

全身で船を操りバランスをとりながらウニを獲る

太陽が出てきて、海に光が差し込むと、以下に透明度の高い海かを見せつけられた。海中ではオレンジ色の海藻と青緑の海。ドローンでも少し近づけばウニの在り処がわかるほどだった。

常に揺れ動く船では転覆の可能性も当然ながらある。バランスをとりながらも、海中を見つめ片足のみで船の行き先を調整するウニ漁は想像以上に危険を伴うものだという。

実際にこの時期、別の島におけるウニ漁では不幸なことに船が転覆し、死亡事故が起きてしまったという。その当時、現場の天気は曇りで、北の風1.7m、波の高さは1.5mだった。

命の危険と隣り合わせでウニ漁が行われている事実を知らなかった。今食べているものがどのような人の手で作られ、流通し、実際に食しているのか、ほとんどの人が知らない。さらに一歩踏み込んで、なぜ、小舟を使うのか?なぜ、一人乗りなのか?なぜ、機械を使わずに手作りの竿を用いるのか?自然に配慮した伝統的な漁業がある意味はなんなのか?利便性が上がり効率化が進むほどに、そういったことを想像する余地が無くなっていく。

空中から焼尻島を見て思うこと

一面に広がる海は凪

結果的に焼尻島の滞在時間は1泊2日の24時間ほどだ。たった24時間だが、ドローンのおかげで広範囲に多面的に島を観察できた。

・島に残る太古の原生林と自然にできた溜池
・雪や強風により変形したオンコの木
・森を抜けた先に広がるサフォーク羊牧場
・かわいい子羊のいるきれいな羊舎
・東西南北で異なる景色と風の吹く場所
・ゲストハウスで味わったBBQと交流
・穏やかな海で行われる命がけのウニ漁

50種以上の木々が生い茂る原生林の中を歩くと、鳥のさえずりが頻繁に聞こえる。夜になると蛙の声が町中に響き渡る。森のエキスが海へと流れ、海藻に栄養を与える。その海藻をウニは食す。昔ながらの伝統漁法で自然と対話する人々が海の恵みを拝借する。島を囲む海の潮風を豊富に含んだ草を羊が食べる。すべてがどこかで繋がっているはずなのだ。

終わりに

聞くところによると初のウニ漁は収穫があったようだ。僕は朝10時の高速船で帰路につく予定だったため、漁に出た船の帰りを出迎えることができなかったのが心残りだった。(別班は残って撮影を行った)

丸一日使い続けた自転車を返し、北海道とはいえ少し汗ばむほどの気温の中、船を待っていた。乗船手続きをしているその時、漁に出ていたゲストハウスのオーナー夫婦が走ってこちらに向かってきた!

両手に袋をもっており、もしや…と思ったら採れたてのウニを持っている。嬉しいことに穴の空いた流通できないウニをお土産にと持ってきていただいた。感謝!高速船スタッフに注意を受けつつも、ギリギリで船に乗り込み、先ほど撮影したばかりの採れたてウニを船の中でありがたくいただいた。

採れたての生きているウニ!

訪れるのに確かに骨の折れる焼尻島だが、”アクセスの悪さ”とは必ずしもネガティブな要素ではないと思い至った。飛行機や電車がなく、自動車の通行が少ないという事実がある。観光客が多いということは、それだけ宿泊施設を建てる必要がある。つまりは、近代化し利便性を上げることは、今ある自然を少なからず失う要因になりうるのだ。

このキアロスクーロプロジェクトは、「Not Promotion」を一つのテーマとしている。自治体や国、企業からの資金提供をうけ、様々な人間の思惑を投影した観光PRを行う気は一切ない。撮影手法はドローンしか用いないというルールも設けている。可能な限り人間の視点を排除し主観が入り込む余地を減らすのが理由だ。プロジェクトのコンセプトの詳細は別の機会に改めるが、一見、光の当たっていない地こそ、僕らが鳥の視点で捉えるべきだと今回の旅で強く感じた。

焼尻島の映像作品の本編は、今後上映会を実施してオフラインで視聴できるようにする予定だ。なるべく大きなプロジェクターと音響設備を用いて見ていただき、僕らがどう焼尻島を捉えたのかをリアルに伝えたいと考えている。

ショートバージョンの映像は以下よりご視聴ください。
■焼尻島の雲丹漁】

Chiaroscuro Project : Yokota Atsushi

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