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微笑みの向こう側

世界三大ほほえみの国をご存じだろうか。
いわずと知れたタイ、セネガル、そしてミャンマーである。
長らく鎖国が続いていたこの国で、シャクヤクの花がふわっと咲くような微笑みにふいに出くわすと癒されてしまう。
ホテルでも街角でもお寺でも。

「家族の集まりがあるから一緒に来ない?」

と知人がいった。ちょっとそれどころではといいかけたが、次の一言で翻った。

「明日から尼さんになるの。」

ミャンマーでは成人までに男性は二度ほど托鉢の経験をするが、女性の尼さんも珍しくない。心をすっきりさせたいときに瞑想に入るようだ。街で頭を剃った女性をみかけてもそれはアニー・レノックスではない。

日本ではしっかり者のママで女社長の彼女は、5人兄弟の真ん中で唯一の女の子。おばあさまを囲んでニコニコする姿は、すっかり娘の顔だ。兄弟全員、そのお嫁さんまで日本語を話すという。

「日本酒がだーい好きなんだけど、こちらでは高くて飲めないの!」

ろれつの回らない声でほがらかに笑う女性は、ロンジ―でおめかししたおばあさんの面倒を見ているという。隣の甥っ子に話しかけたら、

「ソーリー! 日本語は分からないんだ。」

と流ちょうな英語で返ってきた。
本日の主役の彼は土木工学の最終学年。シンガポールで高校、サービスを経て、大学で学ぶという。サービスでは月何千ドルも得られるようだ。インスタントカメラを手にした彼は、おばあさんと5人の子供、伯父さんと従弟たちを写真に収めていく。その場で出てくる手のひらサイズの写真に、

「この方がノスタルジックじゃない?」

米国の卒業写真のようにきっちり口角をあげて笑った。よその国の兵役をするってどんな気持ちなのだろう。
いつの世も、若者にチェキが人気なのは、いまこの瞬間がうたかただとどこかで感じているからかもしれない。

「FDIはとても重要だよ。この国からいい会社が去ってしまって本当に悲しいんだ。」
彼は口角をあげたままいった。

「ほんとうに。だから我々は再開するの。
駐在員にもミャンマーの人にも、必要な分野だからね。」とあいづちをうつと、

「アリガトウゴザイマス!」

彼はうれしそうに笑った。
大人たちはジョークと笑顔が飛び交い、なごやかだ。お酒はどんどん進む。この家系には酒豪が多いようだ。

「カラオケに行きたいといっているよ。みんな元気だねー」

ジャスミン茶を飲みながら明日は尼さんの知人がいう。そろそろおいとましなければ。


まだ宵の口。週の始まりにもかかわらず湖を臨むテラスは満席だ。お孫さんがおばあさんを支えながらゆっくりと階段を下りていく。

「今日はいろいろ話せてよかったよ。」
彼は手を差し出した。
コロナ後の握手の挨拶はちょっとひるむが、
「グッドラック in シンガポール」
と応援した。

Thank you!と返って来たのは、
ミャンマー人らしい微笑みだった。



Annie Lennox
https://youtu.be/H-4zhsVDRL

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