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ロードバイクでの朝出勤が楽しい季節になった。

冬の間は、両足の裏にホッカイロを貼り付けても、「10時間持続」のホッカイロが30分走る頃には冷え切る。自転車乗りには辛い季節だった。


朝出勤が楽しくなったことに伴って、朝開店がしたくなる。
車のほとんどいない早朝の、広々とした道路をのびのび走りたいので、5:00出勤。8:00開店、などになってくる。

昨日喫茶店に来てくれたお客さんが

「個人のお店は、マーケティングとかいらないと思う。
 これからも、自分の言いたいことを外に向けてただ言いまくる、でいいと思うよ」

と話してくれた。

マーケティングについては勉強したことがないので、必要か不要かわかりかねたけど、後半の「言いたいこと〜」については、そうですね、と、同意した。

これからも、言いたいことを、言いたいように言わせてもらおうと思う。
やりたいことを、やりたいようにやらせてもらおうと思う。

その上で需要がなくなったら、そのときは潔く喫茶店を閉めようと思う。


「どうにかしてやろう」と思うと、どうにかならなくなるものだ。

「どうにでもなれ」と結果への執着は手放して、その上で、もっと楽しくなる未来を願い、損得勘定抜きの行動を淡々と日々重ねていると、案外なんとかなるものだ。


喫茶店を訪れてくれる人たちに、感動や至福感や、「自分」を感じる時間をお渡しできたら、それは私の喜びだけど、それすらも自分のエゴであって、世の中に必要なら残る。必要ないなら消える。
たとえ消えたとしても、私が生きているうちにやることは、果て無くある。




3月末に、風邪を引いて1週間ほど自宅で休んでいた。
その間に、また何か、身体も精神も生まれ変わったような感覚があった。

そのあと風邪が治り、活動を始めた途端に、大事にしていた陶器の珈琲カップの取手が突然とれた。それも、二つ。ほぼ同時に。
厨房に飾っていた絵が、何度貼り直しても、はらりと落ちてくる。
喫茶店の中のものが、あちこちで、ほぼ同時多発的にやたらと落ちる。

なんてことはない出来事。すべて偶然の出来事。
だけどここに、「メッセージ」を読み取ろうとする癖がある。
そのメッセージ性に、根拠はない。

だけどなんとなく、その方が楽しいから、そうしてしまうのだろう。


楽しい「予感」をそこかしこに散りばめながら、まだまだ歩みを進めていこうと思う。

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