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目に見えない世界を信じるか否か

珍しく、書きたいことが色々ある。
それだけ、私の中でなんとなく転換ポイントに来ているんだと思うのだけれど
昨日、英語の先生と話していて
「目に見えない世界を信じるか否か」という話になり
どうしてそこに戸惑いを感じるのかとか、
なぜ目に見えるものを信じるのか、そもそも目に見えるものって何?みたいな話になった。
どうしてこういう話になるのかというと、
先生がそもそも潜在意識・自己啓発のトレーナー?講師?(たぶん)をされているからなんだけれども
私の中に「潜在意識やヨガの教え、気の流れのことなど
実際に目に見えないものを信じたいし、勉強もしたい」という気持ちはあれど
「信じるのが怖い」「なんか胡散臭いし」
「目に見えないものを信じまくってスピスピになって、
現実世界でにっちもさっちも行かなくなったらどうしよう」みたいな気持ちがある。
ただ、私の周りには昔からスピリチュアルな人だらけっていう。
ヨガの先生たちも言ってみればそうだし、友人知人に占い師多いし
…っていうか、普通にサラリーマンやってるの私くらいかも。
割とバランスよくスピリチュアルと付き合っている人がほとんどだけれども
私は「目に見えない世界だから信じた」のではなく
「信じる人の言うことを信じている」のだと思う。
まだまだ怖さの方が強い。

どうして目に見えるものしか信じようとしないのか、と考えた時に
家族がリアリストだから、というのもあったんだけれども
100%ガチガチのリアリストかというと、そうでもない…。
私の祖母に至っては、正月に会った時に
「今日のオラクル!」と言って、新聞の占いを切り抜いたのをわざわざ読み上げてくれたのには驚いた。
93歳とかそんなんの一般日本人老人女性が「オラクル」なんて単語使うー?!
じゃあなんでなんだろう…。
誰よりも頭ガチガチのリアリストなのは、他の誰でも無い私だけなんじゃないだろうか。

もしかしたら私は何よりも「踏み外す」ことが怖いんじゃないだろうか。
それが不協和音になるかもしれない。
と考えると「調和する」ことを私は何よりも大事にしているのだろうか。
誰と??
世界なのか、社会なのかわからないけれど。
でも、その「社会」だって今はグダグダだよな、と考えると信じるに値しないのではないか、とも思う。

ぐるぐる回って至ったのは
「とりあえず期間限定でもいい、目に見えない世界を
しばらく試して堪能してみればいいのでは」ということ。
それは今までの私の概念を壊す作業でもあるかもしれない。

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