応答せよ
再放送を繰り返すテレビが過去をさかのぼり、
文字のない歴史をたどりきって、
ついに、人類以前の記憶を映し出す。
ぬるく湿った風が吹き始めれば
心浮き立つような夏が一晩限りでやってくる。
Tシャツの皺を伸ばして五分間の散歩
すれ違う電柱の影
こちらを見つめるつつじの花
息を潜める側溝の水
人間はどこへ消えた?
わたしたちがかつて住んでいたのは
夜が訪れても蝉が泣き止まないネイション
わたしたちがかつて住んでいたのは
コンクリートと雨水に覆われたネイション
電気を光や風や熱に変えて使いながら
あっという間に夕方へと時計は進む
北半球の日光がたまに差し込む
船底のようなワンルーム
だとしたら、
その船の漕ぎ手は、
わたしではないような気がしている
そろそろ夜間航路へ船出する時間
このままどこへ行く?
わたしたちがかつて住んでいたのは
夜が訪れても蝉が泣き止まないネイション
わたしたちがかつて住んでいたのは
コンクリートと雨水に覆われたネイション
わたしたちがかつて住んでいたのは
自己責任と自罰と他罰のネイション
わたしたちがかつて住んでいたのは
民主主義を知らない為政者が治めるネイション
わたしたちは、
人間はどこへ消えた?
質問を変えよう、
人間は、まだどこかにいるか?
まだいる────確実に。
遺跡を掘り起こす必要がある。
この街にかつてあった文学はどこだ?
この街にかつてあった音楽を探せ。
災いを恐れる心から
人々が語り編み上げた物語があった。
燃え立つような日差しの中で
人々が身体を揺らしたリズムがあった。
わたしを、あなたを、他の誰かを
決して権力と金銭のもとに明け渡さなかった
証としてあった、
言語と音声を見つけ出せ。
すれ違う電柱の影
こちらを見つめるつつじの花
息を潜める側溝の水
人間よ、
応答せよ、
応答せよ、
応答せよ。
(2020.05.22)
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