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たかが恋愛なんて③

街中ですれ違った人の香りが彼の匂いに似ていると、なんだかぎゅっと懐かしくて切ない気持ちになる。思わず振り返って、人混みに消えていく他人の後ろ姿をみながら「なんだぜんぜん似てないじゃん」、と小さく呟いた。別に別れているわけでも、遠距離なわけでもないのに、わたしはこういう時になんでこうも悲しい気持ちになってしまうのだろう。いつか、ほんとうにいつか、二人が離れてしまった時、わたしはこうやっていつでもどこでも彼を追いかけてしまうんだろうか。恋愛映画のエンディングのワンシーンで、綺麗な金髪の女の子が寂しそうに公園を眺めているように。わたしは全く金髪の美少女でもなんでもないんだけれど、なんとなく彼女の気持ちは分かるのだ。いつも歩いている道も、よく行く銭湯も、毎日寝ているベットも、わたしが見る全部に彼の面影が、香りが残っている。それは、とっても愛おしいことで、無くなることなんて考えられないんだもの。そんなふうに彼に話したら、「俺と別れるつもりなの?」と声を上げて笑っていた。そう言われると、私は安心して、なんでそんなばかなこと考えてたんだろう!、とすぐに開き直る。でもしばらくするとまたどうでもいいことを考えて、少し哀しくなるのだ。

別れてもいないのに別れたことを考えて悲しくなるくらいには、わたしは彼のささいな仕草を気に入っていた。例えば、ご飯を食べにいくと、店員さんの説明などに必ず大きな声で返事をするところだったり。これは最初は恥ずかしくて仕方がなかった。「こちらのメニューは鯛のカルパッチョになります。ソースはお好みでおかけください。」という一言に対して、まるで店員さんが上司かのように、「はい!」と返事をするのだ。なんでそんな大きい返事をするの?恥ずかしいよ、と何度もしかめっ面をして怒った。それでもきょとん、とした顔をして、「そうかな?」なんて言うのだ。彼はすらっと背が高く、決して痩せているわけではないのだが顔の頬の部分がすこし削られているので、なんだかクールな印象に見える。というよりすこし近づきがたい。そんな彼がはい!なんて大きな声で言うのだから、向こうもびっくりしてしまうし、やめたほうがいいと思うのは当たり前だろう。それに、せっかくのムードのあるレストランの雰囲気が台無しだ。だが、彼はその後もはい!というのを止めなかった。そのかわり、日を増すごとにそこにいつもより笑顔が追加されていった。目を細めてくしゃっと笑って、はいっ!と大きく返事をするもんだから、なんだかよくわかないなあと店員さんも思わずふふっと笑ってしまう。そんなこんなでわたしも色々と諦め、一緒になって笑ってしまうことにした。そうすると不思議なことにサービスしてもらったり、言葉をかけてもらうことが増えた。彼のそういう人懐っこい礼儀の部分が、誰かのささいな気持ちの表れに繋がるのだろう。わたしはそういうなんてことない小さな部分が好きに変わっていき、自分も少しずつ変化していることに気がついた。

小さいことを言えばまだまだある。ペットボトルの蓋をきつく締めすぎたりするところも癪に触った。これも最初は、やめてよ、と小さく怒った。 「わたし、力がないから開けられなくなっちゃうよ。困るよ」と。だって、家で一緒に飲む大きなサイズのペットボトルもきつーく締めるのだ。開けられなくて、彼が帰ってくるまでお茶が飲めなかったこともある。でも、結果的に彼のそれに助けられていた。おっちょこちょいで、色んなものをこぼしたり無くしたりするわたしは、彼の"しっかりしめる"、が1番できていなかったのだ。たまにヘマするわたしをみながら、「あきちゃん、しっかり締めすぎる俺も悪いけど、ゆるすぎる君も君だよ。」と彼は笑って言っていた。

こうやって書いていると、少しずつ悲しくなってきた。彼がこんなにもわたしに与えてくれたあったかい想いを、私は忘れたくないし、手放したくない。俗に言うメンヘラ、とかいうものではなくて、少しずつ彼への想いが連なってきたのだろう。そう、メンタルを崩すよりもっと後に、その先に、この不安は存在する。それは恋ではなくて、愛に変わってきたからだろうか、、なんて考えたりした。





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