(50)日のエヌー

スーパー銭湯での入浴を終えたC子とN男は、激安スーパーに向かった。激安スーパーはC子も大好きだ。安くて美味しいお惣菜も、缶のお酒も好きだし、彼氏とのスーパーでの買い出しも楽しい。そんな普通の事がC子は幸せに感じるタイプなのだ、本来は。

だけれど、既にお会計の事を考えるとC子は憂鬱だった。ここも割り勘にされたらどうしようか。さすがにテンションが下がり過ぎて、地面にのめり込むかも知れなかった。
レジでC子はさり気なさを装って、財布を出した。「来てもらったから、ここは出すよ」とN男。
ここはってなんだよ?と思いながら、C子は心からの笑顔で「ありがとう」と答える。「大丈夫だよ」とか「いらないよ」とか他に言い方はあるだろうに、何で上から目線なんだろう。
それでも、基本的に大らかなC子は、割り勘の事は、まだ心底イヤではなかった。女性と一緒の場合のお金の払い方に慣れていないんだろうな、ゆっくり気付いてもらうようにすれば良いかとのんびり考えていた。

N男の家はS駅からはめちゃくちゃ遠かった。最寄りはS駅じゃないなと土地勘がないC子にもわかる。ここってH駅からバスだなぁと昔の営業先を見つけて思い出す。H駅よりS駅のほうが都会っぽいのはわかる。でも、そもそも市が異なるのは反則じゃないだろうか。くだらない上にどうでもいい事に嘘をつく男は、好きじゃない。メッセージのやり取りのうちは、プライバシーを気にするタイプの人間もいる。C子も乗り換え路線の多いO駅を最寄りとして伝える事もあるが、それはわかりやすさのためだ。90%の人が知らない駅名を伝えるのは気が引けるだけだった。車で行ける範囲を最寄り駅とするのとは全く違うと思う。来ればわかるから良いだろうってという事なのだろうか。

この時点で、まだC子がN男を嘘つき野郎と判定しなかったのは、息を吐くように嘘しかつかない男に数年に渡り騙されていた過去があるせいでもある。小さい嘘は、男性なら見栄をはるためについてしまう事もある。そう解釈するようにしていた。その程度にゆるくしか考えないC子自身にも、頭が弱い部分があるのは否めない。

目的地のN男宅は、可愛らしい外装の一軒家で、猫の額ほどの庭もあった。築10年程度という事で、新築感もまだある。
C子は祈る。どうか中身はシンプルで何もないお家でありますように…と。その願いは、玄関を空けて2秒で打ち砕かれる。間違いなく人生で最も最低最悪なお宅訪問だった。

「𝐖𝐞𝐥𝐜𝐨𝐦𝐞 N Y」

玄関で真っ先に目に入った、全てが百均素材で作ったのが丸わかりのうえ、ダサさこのうえないウェルカムボード。亡くなった奥さんYさんなんですねーっという要らな過ぎる情報と破壊力。C子の心は銃で撃ち抜かれた。信じられないほどに、無神経な男とその家のセンスのなさに。

C子は家に置くものも着るものにも全てにこだわりがあるタイプだ。C子の基準はたった1つ。「かっこいいかどうか」それが、C子の唯一のルールで絶対だった。どんなに可愛くても部屋とリンクしないものは置かない、キャラクターグッズは統一してまとめておくか、本やDVDを並べてるラックに置く。家具はアイアンウッドで統一して、置いて良い色はブルー、ホワイト、差し色のイエロー、観葉植物のグリーン、それだけ。風水も意識して、運気が下がる家具の配置は避けてもいた。

そんなC子にN男の部屋は、とてつもないほどの居心地の悪さだった。夫婦どちらかの実家から持ってきたか、リサイクルショップで揃えたとしか思えない、重厚感があり過ぎな不揃いな家具の数々。角が剥がれたテレビ台、家族向けの大きいテーブル、食器棚だけ何故か白。広い新築の一軒家のリビングをここまで台無しにできるのが、逆にすごい。転々と置かれて悪目立ちするディズニー土産のお菓子の缶は、キャラクターまで全部別々。点在するリラックマのグッズ。壁にかかったトトロの時計。プーさんとミニーちゃんのトースター1台ずつ(なんでやねん)、ソファがあるのに、コタツもある。そして、テレビだけは立派に最新型だった。

1人暮らしだから、コタツに座椅子は1つだけ。C子は座椅子はN男の特等席だと思い、何もない固いところに座った。N男からは、クッションを用意したり、座椅子と交換してくれる気配もなかった。おしりが痛い。

「絶対にここには住みたくない」
「できれば、もう2度と来たくもない」

C子の率直な感想。というよりは、叫びに近い心の声だ。ディズニー土産なんて、夫婦2人でディズニーに行ったのに決まってるのに、そのまま置いておけるN男の神経がC子は理解できない。C子側にこんなにも気を遣わない・気付もないのは、最悪だ。この何の統一感のないダサい家を構築した私より6つしか違わないはずの亡くなった奥さん、どんだけセンスねぇの?とC子は思う。むしろ生きててもC子のほうが歳上なのに。この家は、まるで昭和の狭小団地にお邪魔したように錯覚する。

翌週にN男が温泉旅行を提案してくれていたが、LINEで「1人1万円」と言われたので、支払えという意味だと思い、C子は用意していた小綺麗な封筒に包んだ1万5千円を丁寧にN男に手渡した。5千円多く包んだのは、後から交通費やガソリン代、現地での飲食代を割り勘にされたくないからだ。もちろん裏切る事なく、当然のようにN男はそれを嬉しそうに受け取り「後からで良かったのに〜!」と言った。5千円多く渡した事への御礼や、5千円が戻ってくる事も一切なかった。

C子が手を洗いに洗面所を借りたら、真冬にも関わらず真水だったし、タオルは臭かった。トイレを借りたら、便座はウォシュレット付きにも関わらず、冷たかった。C子なら仮に普段はどちらもスイッチをオフにしていても、お客様が来る時は忘れずにスイッチは入れておいただろう。タオルもボロボロじゃなくて、家で1番キレイなものにしていた。水周りがキレイなのは、まだマシだが、洗面所のゴミ受けは何故か嵌められていなかったので、今日慌てて掃除をしたに違いなかった。掃除なんてしなくていいから、奥さんの存在を消したり、部屋の模様替えをしたりに気を遣うべきだし、スーパー銭湯程度のチケット代はN男が払うべきだとC子は腹が立つ。

おまけにトイレは、風水では悪しとされるキャラクターづくしだった。ホコリを被った可哀想なトトロのキャラクターたち…。トイレは不浄だから、キャラクターを置くと持ち主の対人運が下がるのだ。いや、もうN男のそれは、既に下がっている。大学から変わらない人間関係、大人の男とは思えないお金の使い方、アプデートがない日々がその証拠に思える。

その夜、N男から永遠にYouTubeのエガちゃんねるを観させられ続けた。C子もエガちゃんねるは好きだし、チャンネル登録もしてある。付き合いたてのカップルの週末が、付き合って3年目のそれなのはC子は少しだけガッカリだった。でも、環境は最悪だが、N男と笑ったり話しながら過ごす時間はとても楽しかったのだ。だから、お土産に買ってきたお菓子を袋のまま放置されても、温かい飲み物が用意されなくても、おしりが冷たくても、部屋着が捨てろってくらいボロボロでも、C子は不満を言えなかった。

読んでくれてありがとうございます。
N男どケチエピソードは、まだ続きます。

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