CHI2023論文裏話

この記事は国際学会であるCHI2023で私が発表したPathFinderというシステムについての裏話です。つい先日国内学会であるWISS2023の「国際学会・国際論文誌採択論文枠」で発表し、この研究について考え直す機会があったので、この研究の裏話をHCIアドベントカレンダーの記事として書きます。

この記事はPathFinder論文の簡単な概要を既に把握している方を対象としてます。概要を把握していない方のために、こちらに日本語の発表スライドを公開しています。英語の発表スライドもあります。

CHI2022のRejectからAcceptまでの道のり

WISS2023で軽く話した内容です。CHI2022にも視覚障がい者の歩行支援の内容でも投稿しました。結果は、あっけなくR&Rプロセスの最初で落とされました。多くの欠点を指摘されましたが、一番の要因は当事者を巻き込んだシステムデザインをしていないことが理由に落とされました。

"When developing systems aimed at a specific population, it is customary to involve the population in the design process to assure that the solution is not a reflection of the designers' preconceived notion of what the population wants instead of what they really desire."

Review Commentより一部抜粋

当時、私の研究室の別の方もCHI2022に視覚障がい者の歩行支援の内容で投稿して同じ理由で落とされていました。実は私の研究メンバーの共著者には全盲の研究者の方がいるため、当事者を巻き込んだデザインはしているつもりでしたが、身内のコメントなので論文では言及していませんでした。当事者を巻き込むデザインをParticipatory designと言うのですが、当時、「今後はparticipatory desginをしないとアクセプトされない」と思った記憶があります。そのため、PathFinder論文では共著者以外の当事者を巻き込み、participatory designをすることを強く意識しました。WISS発表スライドだと以下のスライドになります。

Step 1: 晴眼者による経路説明の方法を調査しシチュエーションを具体化
Step 2: 不慣れな屋内で視覚障がい者にとって有益な情報の調査
Step 3: 5名の視覚障がい者による使用を通したプロトタイプシステムの改善
Step 4: 提案手法PathFinderと既存手法Cabotの比較実験
と書いてあるスライド

その結果として、レビューコメントでは大変高く評価してもらいました。CHI2023採択の一つの理由にになったと思います。

"First off, I applaud the authors for employing a participatory design process, frequently engaging the target population for their technology during its design and evaluation - designing 'with' instead of 'for'. I think the discovery of the 'take me back' feature is a clear testament to the value of this approach."

Review Commentより一部抜粋

ただ、アクセシビリティ研究においてParticipatory designは論文をアクセプトに持っていくための一つのストラテジーですが、必ずしも必要ないと思ってます。研究室の別の方のCHI2022投稿論文は査読コメントをしっかり反映した結果、CHI2023に採択されてます。また、私のCHI2022に落ちた論文も査読コメントをしっかり反映することで、その後MobileHCI2022という学会に通ってます。

Participatory Designってどうやってやるの?

WISS2023で聞かれた質問です。回答は、私もわからないです。ただ、PathFinder論文ではscenario-based approach [1]という方法を参考にしました。要約すると、今回の研究で想定しているユーザが置かれている状況を具体的にユーザに説明して、デザインしましょうと言う方法です。

どんな方法を取るにせよ、大事なことは、(当たり前ですが)ただ当事者を巻き込んだデザインをしてレビューで点数を稼ぎにいくことではなくて、participatory designをするのであれば、研究のどの部分に当事者の意見が必要かを明確にすることだと思います。これは実は全然簡単なことでは無くて、実際PathFinderの研究を進めていく中でも、何が自分がわかっていないのかもわからなかったです。と言うのも、私は当事者の方との交流は頻繁にしていたので、最終的にどのようなデザインに行き着くかをわかったつもりになっていたためです。ただ、実際にparticipatory designをしてみると想定していなかった当事者特有の視点を多く得ることができました。レビューコメントにもありますが、例えば、"take-me-back機能"や看板の情報も紐付けた交差点での音声フィードバックの方法はこのプロセスを経ないと出てこなかった機能だと思います。WISS発表スライドだと以下のスライドになります。

インタフェースと機能の改善点の例:1. 交差点で曲がる時に看板の情報も紐づけてフィードバックする、2. 建物の入り口に戻る機能
と書いてあるスライド

これだからHCIは面白いと思います。

問題設定に行き着くまでの困難

WISS2023で話そうと思ってましたが、時間の都合上削った内容です。日本語スライドのまとめにも書いたのですが、この研究は問題設定に行き着くまで本当に苦労しました。実際、システムも建物の地図持っていなくて、視覚障がい者にとって不慣れと言う状況はつまり、ほとんど何も知らないと言うことですし、非常にチャレンジングです。研究の初期段階では、この問題設定には新規性もありますし、解ければインパクトのあるものになるとは確信してましたが、実際にどんな状況でこんな問題設定が起こりうるのかは全く分かってませんでした。関連研究や世に出回っているアプリなどがどのような場面で使われているかを整理した表を作ったり、何週間も共著者と激論を重ねた記憶があります。最終的には当事者が現状どうしているのかを調査した論文[2]を参考にしました。しれっと"[2]"とありますが、今解こうとしている新しい問題を引用文献付きで存在するシナリオと紐づけるまでが非常に困難でした。(この大変さ、伝われ!)我々が研究しているのは当事者のためなので、当事者が実際に日常生活で直面する状況を考えることが非常に重要です。WISS発表スライドだと以下のスライドになります。

"PathFinderを使用するシチュエーション:視覚障がい者が不慣れな建物の中で目的地までの行き方を晴眼者に聞き,その経路情報をもとにPathFinderを用いて目的地まで歩行する"
と書いてあるスライド

WISS2023参加後、HCI研究をやる意味を考え直した

WISSでは多くの人と話しました。特に印象的だったのが、なぜインダストリではなくHCI研究で今やっていることをやるのか・自分は何を成し遂げようとしているのか、に関する議論でした。学振申請書を執筆して以来、少しずつ自分の中で考えを整理しているつもりでしたが。WISSでお話しした皆さんはそれを大きな枠組みから出発して、その枠組みを一つ一つのご自身の研究に当てはめていて(トップダウン)、綺麗に考えをまとめられていていたので、感服しました。特に「自分は何を成し遂げようとしているのか」にはまだ明確な自分の考えをぶつけることができないので、もう一年考え直して、来年はより綺麗に答えられるようにしたいです。

最後に

この研究は私の博士進学を決定打にするものだったので、特に思い入れが強い研究です。そんな研究をWISSで発表できてとても嬉しかったです。WISS参加を通してまたモチベーションをチャージできたので、もう一年全力ダッシュでで頑張っていきたいと思います。

実はこのnoteの裏話、書きたかったことの半分も書けてないので、興味ある方がいらっしゃれば学会会場で対面議論していただけたら嬉しいです。

最後に、昨年WISSで出会ったM1の方々が今年はM2になり、来年から来なくなることがわかると、少し寂しくなりました。

[1] Sahib et al., Participatory design with blind users: a scenario-based approach.
[2] Engel et al., Travelling More Independently: A Requirements Analysis for Accessible Journeys to Unknown Buildings for People with Visual Impairments

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